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- Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.547 )
- 日時: 2014/03/19 22:01
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: 3mln2Ui1)
それでもまだいい方だ、とワタシは思う。
酷いときには帰ってきても、その時は忘れ物があったり、必要なものを取りに来るだけで、ワタシと顔を会わせずにまた会社に戻っちゃうんだもの。家で食べたり寝たりなんてこともしない。会社かホテルかに泊まっている。あの人たちにとって、家というのは必要最低限のものでもないのだ。
それでも、家を捨てないのは、ワタシと千歳が居るからで。
もしも、ワタシたちがあの人たちにとって必要最低限でもなかったら、当に家を捨てているハズだ。……あの人たちにとって、ワタシと千歳は、それよりも上に優先順位があろうとも、取りあえず必要だとは思ってくれているのだ。
それだけで、感謝すべきことだと思う。
——ワタシにとって、家とは、自分の価値を確認する為のモノなのだ。
生活することよりも、生きることよりも、ワタシは、あの人たちに価値を認められないことが、とてもとても、悲しくて辛くて仕方がない。生きても死んでも、ワタシが『あの人たちの娘』という価値があるだけで、それさえ認められればそれでいい。
キン、と頭痛がした。
クワンクワンという音が頭に直接鳴っている。すると、キン、キンと頭痛も酷くなってきた。
まるで、「そんなの嘘だよ。本当は寂しいんでしょ」と、身体が語り掛けてくるように。
(嘘なんて、いってない。この頭痛は、気のせいだ)
寂しいなんてことはない。
お父さんとお母さんに会えなくて、辛いということもない。
ない。絶対に。ありえない。
そんなワガママな感情、許されていいはずがない。
これ以上、何を求めるというのだろう。
ワタシは、充分生きていけるのに。
ご飯が食べれて、寝れる場所があって、着る服もあって、高校にも行けて、お金にも困ってない。他の人には、ハツにないものがワタシにあるのに、これ以上求められない。
……これ以上、求めることが出来るだろうか?
「……嘘をついたらいけないよ」
優しい、優しい声が、降ってきた。
「本当は、寂しいんでしょう?」
——寂しくなんてない。
喉までその言葉は出ていたのに、声には出なかった。
「あ……」
代わりに、熱い息が、漏れていく。
どんどん、どんどん、それはワタシの意思関係なしに、ただただ口から出てくる。呼吸も出来ないぐらい、その息は、口から出ていく。
暫くして、入ってきたのは、塩辛い液体。
一滴、二滴と流れては、口に入ってくる。それが涙だと自覚した時、やっと、呼吸が出来た。
呼吸をしたとき。
悲しいのか、辛いのか、優しいのか、甘いのか。良く判らないものが、種類それぞれに現れて、体の中を攻め寄せて、そして、胸いっぱいにこみ上げてきた。
「う…………ああああああああああああああ————!」
涙と一緒に、声が出ていく。それはもう、煩いぐらいに。千歳のように、赤ん坊のように、ただただ泣き喚く。
赤ん坊が、親に何かを要求する為に、ひたすら泣くのと同じように。
そんなの、仕事で家に居ない親が、そんなワタシの喚きを受け入れるわけがないと、幼い時から諦めていた。
それこそ迷惑で、カッコ悪くて、……誰かの邪魔にしかならないことは、やっちゃいけないと思っていた。
でも本当は、お父さんやお母さんに、こうやって泣き喚くことを赦して欲しかった。
腹痛で悩む子供のように、「助けて、助けて、お母さん、お父さん」と。例え両親にはどうしようもない腹痛だけど、それでもひたすら名前を呼んで泣くことを赦して欲しかった。
誰よりもワタシは、寂しくて仕方がない人間だった。
……そんなワタシの気持ちを、くみ取って許してくれた山田さん。
山田さんは、迷惑だろうに、穏やかな顔で泣き喚くワタシの背中を撫でてくれた。
こみ上げてくる嗚咽と呼吸の苦しみは、そんなのじゃ和らぐことはなかったけれど、それでも背中に手のひらの温度があることが、こんなにも安心するのだと判った。
どうして彼は、初対面の子に、こうも優しくしてくれるのか。判らない。
だからこそ、ワタシは、山田さんを信頼したのだ。
理由もなく、利益もなく、ただ、困っている人を助けてくれる優しい人。
いうならば、物語に出てくるヒーロー。
正義の、優しいヒーローなら、信じていいと思ったから。