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Re: 臆病な幽霊少女【登場人物更新!】 ( No.55 )
日時: 2012/10/29 20:32
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)

間章、または序章



 わたしは、生きている間、何人ものの人を傷つけました。

 それは、直接傷つけたことも、間接的に傷つけたこともあります。

 わたしの存在のせいで、何人ものの人が傷つきました。


 それから、わたしは死にました。でも、天国にも地獄にもいけませんでした。

 生きている人間のような姿を保っていても、誰にも気づかれることはない。

 寂しかったけれど、幸せでした。

 誰とも関らないからこそ、傷つけることもありませんでした。



 けれど、弱いわたしは、ある日とうとう関ってしまいました。

 その人は、優しい人でした。

 そんな人を、わたしは騙しました。傷つけました。



 わたしはどうして、ここに存在しているのでしょう。

 生きていないのに、生きているようにこの世界に存在する。

 善人じゃないから天国に召されることが出来なかったでしょうけど、ならばわたしは、地獄にでも落ちてしまえばいい。

 地獄にも落ちれないわたしは、どうすればいいのでしょう。



 このまま、消えたい。消えてしまいたい。




 ……そこからわたしは、意識が途切れました。



                 ◆


 あれから、何年経ったでしょう。

 わたしは、暗闇の中に居ました。



 暗い、暗い。

 寒い、寒い。

 けれど、何だか、安心できる闇でした。

 何もない、不思議な空間でした。







「……何をしているの?」


 真っ暗な暗闇の中、声が聞こえました。

 何もないはずなのに、声が聞こえました。


「こんなところで、何をしているの?」


 鈴を転がしたような声とは、まさしくこんな声でしょうか。

 柔らかく、それでいて凛としている声は、とても聞き取りやすい声でした。恐らく、少女の声だと思います。

 けれど、その声は、長い年月を見守ってきたような、威厳ある声でした。


「……判りません」


 わたしは素直に返します。


「どうして、自分がここにいるのか。どうして、死んだくせにこの世に留まっているのか。

 ……どうすれば、消えることが出来るのか、わたしには判らないんです」

「消えたいの?」


 その問いにわたしは、はい、と返しました。


「それなのに、消えないの?」


 また問いがきました。わたしは、はい、はい、と答えました。

 この問答が無意味と感じるわたしは、機械のように頷いていました。


 声は、うーんと唸ったようにして、


「……どうして、消えないのかしらね。貴女は、あの少年に嫌われたくないから、消えたはずなのに」

「……知っているのですか?」


 大して驚きはしませんでした。

 この声の持ち主なら、わたしのすべてのことを知っていてもおかしくないと思ったからです。

「ええ、知っているわ」案の定の台詞が返ってきました。


「あの日、貴女はあの少年の前から消えた。そして、現世から逃げる想いで、この空間にたどり着いた」

「……ごめんなさい」

「どうしたの?」

「わたし、あの後、何が起こったか判らないんです」


 正確には、覚えていない。


「あの日、彼に幽霊だとバレたあの日。

 真っ先にわたしを襲ったのは、『嫌われるかもしれない』という、恐怖でした。

 頭の芯がしびれて、手足の、指の先までしびれて、ワケ判らなくなって。

 意識が遠くなって、ケンちゃんの必死にわたしを呼んでいる声が、うっすらと聞こえて。


 ああわたし、消えるんだな、と思って聞いていました。

 ……気付いたら、この闇の中に居たのです」


 わたしの説明に、ふうん、と声は返しました。


「どうして、嫌われるかもしれないと思ったの?」

「……嘘をついていたから、騙していたから」


 気まずいわたしは、か細い声でいいました。


「ケンちゃんは、わたしを人間だと思って接してくれました。わたしは嬉しかった。けれど、怖かった。……彼にまで、無視されたらどうしようって。そしたらわたし、これから一人で耐え切れるの? って」

「それが、幽霊だということと、嫌われるかもしれないっていうこととは関係ないんじゃ——」

「わたしは、死んでいる人間です!!」



 綺麗な声を、ガサガサになったわたしの声が掻き消しました。



「わたしは、本来ここに居ちゃならない存在なんです!! だから、本当はあの時、求めちゃならなかった!! わたしが求めたいものは、生きているものしか赦されないんです!!」

 今まで閉まっていたものが、あふれ出しました。

 どうして、自分は幽霊だという自覚を忘れてしまっていたのだろう。

 どうして、自分はあの時、彼と話したいと思ってしまったのだろう。


「本当は、関るべきじゃなかったんです! 死者なら死者らしく、傍観しておけば良かった!」


 ……そもそも、止めたのがいけなかったんだ。

 あの時、自殺を止める権利なんて、わたしにはなかった。

 彼の痛みを全く知らないわたしに、止める権利なんてなかった。


「自殺を止めたのも、ただのワガママだったんです!! わたしの、押し付けがましい偽善だったんです!!」



 ……これから、彼は沢山辛い目にあうでしょう。

 悲しい目になるでしょう。寂しい目にあうでしょう。

 あの時まで沢山辛い目にあっている彼を、誰が、どの口で責めることが出来ますか?