コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.551 )
日時: 2014/04/08 20:24
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: 3mln2Ui1)




       口裂け女のひとつの過ち  その2





「こんにちは。人殺し。……ああ、全部忘れていたんだねぇ。ダメでしょぉ? 人殺しがこんなカタギと一緒に暮らしたら。……いや、人殺しじゃないな。——バケモノって呼ばなくちゃね」




 この人間ハ、一体ナニヲいってイルノだろウ?
 夕日を背中に向けて笑うその人間は、あどけない少年の顔をしていた。

 多分、年の頃は十から中学に入る前。それぐらい幼い少年だ。



 何故こんナ幼イ少年が、バケモノのワタシと対峙しているんだろうカ?








 山田さんに誘われて来た仕事場は、とてもお洒落な喫茶店だった。クラシックで、ぼんやりと明るい店内、外にはアニメ映画に出てきそうな草木が植えられてある。

 錆びた商店街の隅っこに、こんな場所があるなんて。地元の人間のハズなのに、驚くワタシがそこに居た。


 ここで働いているのかと聞くと、そうじゃないよ、という問いが帰ってくる。
 この喫茶店の主人が自分の知り合いだから、場所を貸してもらっているとのことだ。


 その喫茶店には、山田さんの友達がたくさんいた。化粧が濃かったりする女性や、チャラそうな男性、普通っぽい人、色々居たけれど、みんな優しかった。


 暖かかった。


 その後、度々何度か遊びに行き、やがて一人でその場所に行くことになって。
 最初は昼だけ行っていたけれど、だんだんと夜に通うことも多くなった。夜の方が、会える人が多い……というか、山田さんは夜でしか会えなくなったから。人と会って、くだらないことを喋るのが楽しくて嬉しくて、仕方がなかった。



 すっかりワタシは、山田さん中心にしか考えられなくなったようだ。
 我ながらなんて単純、けれど気分は悪くない。
 山田さんのお蔭で、ワタシは居場所を見つけた。友人を作ることが出来た。少し、笑顔を作れるようになったと思う。愛想良く出来るようになったのだ。




 今日もまた、十一時に家に帰る。散々皆とカラオケで歌いまくったから、喉も痛いし身体中どこも痛い。

 部屋は真っ暗で、もう既にお手伝いさんは寝てしまったようだ。千歳の方を見ると、ギャンギャンと泣いている。

 最近放置することが多くなったから、また盛大に吐くんじゃないだろうかと疑念を持っていたが、今ではもう吐くことは無くなった。凄く嬉しい。やっぱり、嘔吐物を処理するのは精神的にキツい。

 しかし、何故泣いているのだろう。というか、こんだけ盛大に泣いているのにお手伝いさんは良く寝れるな、まだ十一時だというのに。


 粉ミルクは減っているようなので、多分飲ませたんだろう。
 と言うことは、この泣き声はオムツを替えてと訴えている声だ。


 ……勘弁して欲しい。何で花の高校生が、赤ん坊の大便を処理しなければならないんだ。

 とか心の中で悪態をつきつつ、オムツを替え、だっこしてあやす。



「はいはい、よしよし。良い子だねー」


 殆ど棒読みだ。勿論、すぐにこの頑固の弟が泣き止むわけがない。
 ……今日は眠れそうにないな。疲れ切った体に鞭を叩き、徹夜を覚悟する。


 傍から見たら、面倒見のいい姉に見えるかもしれないが、殆ど流れ作業になってしまったその行動には、弟への愛情も何もない。

 あるのは、弟の面倒を見たら、両親が振り向いてくれるという打算。


 やがて、スヤスヤと規則正しい寝息が耳元で囁く。珍しい。今日は随分と言うことを聞くものだ。
 無防備な身体は、急に重くなる。千歳は寝たら随分と眠るから、夜泣きすることはもうないだろう。良かった、今日はちゃんと眠れそうだ。



 ……山田さんと言う存在が出来てもまだ、ワタシの中を占めているのは、やはり何もしない両親だった。

 酷い姉だという自覚はある。でも結局、ワタシとこの子には、同じ血が流れていない。ワタシにとっては、赤の他人なのだ。



 赤の他人と思わないと、ワタシが大好きなお父さんたちの血を引いている、この子を殺してしまいそうで。
 今、こんな風に、真っ暗闇の中、月の明かりだけが頼りと言う心細い空間で、安心して眠る弟を見ると、このか細い首を絞めてしまいそうで。そうなる前に、ワタシは出来るだけこの子に関わらないほうがいい。


 だからこの子を抱きしめるなんてことは、絶対に、出来ない。







「……えええ!? 八歳年上ぇえ!?」


 相変わらずリアクションの良いハツだ。見てると思わず笑いがこみあげてくる。



「ちょ、ちょっとそこで笑うのナシ!!」
「ゴメ……ちょ、……ツボがッ!!」
「何呼吸困難起こすぐらい笑えるの!?」


 お笑い好きのハツのツッコミの鋭さは、趣味と言おうか好みと言おうか、そういうのも影響しているのだろうか。何せ絶対『笑点』をリアルタイムで見逃さない子である。間に合わなければ職員室に乗り込んで見るぐらいに笑点廃だ。
 そのレベルは、多分某ワンでトップが取れる。相方が居ないと無理だろうけど。ちなみにワタシはごめんだ。ボケることができない。


 ……何故ワタシは、友人の『笑点』廃度数に関して、心の中で熱弁してるんだろうか。いや違うだろ。会話の本質から離れてるだろ。