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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.553 )
日時: 2014/05/01 22:15
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: Q.36Ndzw)


 それらの二つは、だんだんとエスカレートしていった。

 最初は電話相手の名前ぐらいだったのに、「随分と長話だったね」「どんな話をしていたの」と、喋っていた内容をすべて白状させられるようになった。

 行為も、……怖くなって、最近じゃ産婦人科にいって確かめたほどだ。結果は白だったけれど、それでもついお腹を押さえてしまう。ここに、ワタシと違う、別の何かがいるんじゃないかって。


 どちらも、何度も抗議をした。
 ワタシのプライバシーを侵さないでって。もうちょっと、ゆっくりとした時間を過ごしたいって。
 そうしたら、帰ってくる言葉は何時も一緒。



「やましいことをしているのか」
「僕のことが好きじゃないのか」



 嫌いなわけない。
 嫌いな人に、ここまでワタシが心を許すわけがないでしょう。
 両親に振り向いてもらえずに、悶々と日々を過ごしていたワタシの心を埋めてくれた。

 そんなあなた以外に、好きになれる男の人は、きっといない。


 けれど、会えば会うほど、ワタシは次第に、山田さんといるのが苦痛になっていった。
 山田さんが好き。だけど、あの人と話すと疲れてしまう。けれど、あの人以外にワタシを理解してくれる人は居ない。
 葛藤を抱えて、何度も別れようと思うたび、心は痛んだ。
 山田さんと別れた時、自分はどうなってしまうんだろう。もう二度と山田さんと顔を会わせることは出来なくなる。そうなったらどうなるだろう。虚無感に苛まれるか、孤独を弄ぶか。

 想像すればするほど、自分で首を絞めていく。けれど、考えなければ、考えなければと思った。

 ワタシは何かに追いかけられている。逃げても逃げても、それは追いかけてきて、やがてそれはワタシを食らうだろう。それが恐ろしくてたまらなかった。
 このままだともっと苦痛な出来事が起きる。けれど、山田さんと別れたいとは思えない。



 ワタシはもう、山田さんのことしか、考えられなくなっていった。
 嫌な意味で。







 日に日に顔色が悪くなっていくワタシを、ハツは気遣ってくれた。
「何かあったの?」と聞かれたけれど、思い出したりするだけで、ワタシは吐き気を覚え、口を噤んでしまう。けれど何度もハツが、「相談してよ」と訴えてくれたお蔭で、恐る恐る口に出すことが出来た。


 口に出していくたびに、ワタシはハツに期待していく。ハツなら何か上手い解決策を考えてくれるんじゃないかって。

 ハツはワタシの親友だ。だから絶対、見捨てたりなんかしない。ワタシの味方でいてくれる。ハツは何時だって、クヨクヨしているワタシの心を明るくさせてくれた。だからきっと、今回も。

 食い入るようにワタシはハツの口元を見ていた。
 ハツの口が動いた時、ワタシの期待は頂上まで高まった。


















「別れた方がいいよ」



 キッパリと返って来た言葉は、死刑判決。
 ストン、と期待は落されて、遅れて絶望がじわじわと胸に染みこんだ。


「それは、性的虐待だよ。別れた方がいい。
 ハツがそんな男の為に尽くす必要なんて、全然ない」



 考えたら当たり前のこと。ワタシだって考えなかったわけじゃない。寧ろ、何度も何度も考えたことで、その度に何度も傷ついた。
 隠したかった腫物を指摘された時、人は冷静ではなくなる。




 アンタ、美人なんだから。代わりぐらいまた見つけられるって。





 茶化すようにいったハツの言葉が、引き金だった。
 ハツが何かをいっているが、ワタシは何も聴こえない。
 何も聴こえない空間で、勢いよく言葉を破裂させた。




「ハツは、本気で人を好きになったことはないの?」




 正論だとは思ったの。それ以外に何も言えないとも、判ってた。
 だけどハツの言葉は、ワタシにとっては凄く冷たくて、残酷で、他人ごとのようで。
 親友だと思っていたのに、ワタシが望む方向へとは逆の方へ連れて行った。
 怒りと悲しみと衝撃が、ワタシに取り憑き、ワタシの口を勝手に動かす。




「かけがいのない人とか、代わりがない人とか、そんなのを見つけたことはないの?
 ああそっか、ないよね。だってハツ、ワタシじゃなくても友人なんて沢山いるんだから。男なんて作っては別れるんだから。そりゃ、代わりが居たら、幾らでも捨てることが出来るわよね。いちいち心を痛める必要なんてないよね。——ワタシは違う!!」




 代わりなんていない。
 一番愛して欲しかった両親は、これっぽちもワタシの望みを叶えてはくれない。きっとこれからも、ワタシの気持ちに気づくことはないだろう。
 それでも、両親への飢えと渇きは、ハツと一緒に居ても、山田さんと一緒に居ても、満たされることはなかった。


「親友って、嘘よね。代わりが居る親友なんて親友じゃないわよね」


 山田さんは、ワタシの期待を返してくれた。ワタシの想いに気づいて、報いでくれた。
 ハツとは真逆で、ワタシが何もいわなくても、ワタシが望むことをくみ取ってくれたの。
 それがワタシとって、凄く嬉しくて、幸せだった。



 だけどね、ハツ。
 アンタのやさしさも、代わりなんてなかったんだよ。
 何時も一緒に居てくれる、異変があったら聞いてくれる、励ますために茶化してくれるアンタの不器用なやさしさが、とても好きなんだ。



「結局、ワタシがアンタの嘘を真に受けてただけなんだ。ずっと、間抜けなワタシをバカにしてたんでしょう!!」



 ねえ、気付いて。
 こんなのワタシじゃない。
 確かに、アンタには沢山の代わりが居て、ワタシにも代わりが居ると思ったら、凄く悲しいのは確かだけど。だけど、そんなところも含めて、そんな風に割り切れるハツの強さが、ワタシはとても好きなんだ。




「いいわよね、代わりが居る人間は——何時も気楽そうでさ!」





 こんな風に言葉にするのは、ワタシじゃないんだよ。
 ねえ、——止まってよ、この口!