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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.554 )
日時: 2014/05/04 21:09
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: Q.36Ndzw)

              ■

 カラスが鳴きながら、飛んでいく。
 ワタシは、走ったせいで酸欠になった頭で、いいなあ、と思った。


 鳥はあの空を飛べる。
 自由に、何処かへと飛んで行ける。
 それに比べ、ワタシはこうやって、走って逃げるだけで精いっぱい。



 バカだ、ワタシは。
 あんなことをいって、ハツを傷つけた。
 代わりが居ないだとか、気楽そうとか。
 後半は絶対にありえないのに。



『私さ、なんか物の考え方が客観的過ぎるんだって』



 かつて、ハツがいっていたことを思いだす。
 あまり気持ちを表情に出さないし、適当に相槌打って何もいわないから、「冷たすぎ」って良くいわれてさ。自分としては相手にそれなりに同情しているんだけど、他人と比べるとそうでもないみたい。
 何てこともなく笑ってそういうハツの姿に、ほんの少し胸を痛めた。

 こんな風に平気な顔で喋るのは、まだ、傷ついているんだということを、ワタシは知っていたから。
 本当に平気なときは、わざとらしく怒ったりして、ワタシに愚痴やら文句やらをバンバンいってくる。「一体その暴言はどうやって思いつくんだ」と思うぐらいに、一つの事実を表現する言葉のレパートリーを増やして増やして喋りまくるのだ。

 笑いながら話す時、ハツは口数がかなり少なかった。
 ……まだ、言葉にするには、頭の中で整理出来ていなのだ。





「……最低だ、ワタシ」


 本当にサイテー。バカみたい。
 消えてなくなりたい。いったことに後悔している。……のに。
 自責の言葉が頭の中で渦巻いているのは確かなのに、どうしてもハツの言葉が頭から離れない。



『代わりぐらいまた見つけられるって』


 声が、消えない。
 彼女にとっては何気ない励ましのはずだった。それは判ってる。だけど、どうしても、その言葉を飲み込むことが出来ない。


 許せない、というよりは。
 受け付けることが出来ない、という言葉が正しいのか。

 自分でも良く判らないような、でも表現は合っているような気がした。
 だけど、言葉に当てはめても、このモヤモヤとした気持ちが無くなるわけじゃない。


 もう許してくれないだろうな。
 こんな中途半端な気持ちで、謝ることは出来ない。だって何処かでまだ、ハツが悪いと煮え切れない想いでいっぱいだから。

 ……そもそも、顔を合わせるのもキツイ。どんな顔して、仲直りすればいいんだ。
 喧嘩なんてことを殆どしたことなかったワタシは、仲直りの方法も判らないし、もう、どうしたいのかさえ判らない。
 ハツに、あの発言のことを謝って欲しいのか。それとも、自分が喋った失言を、ハツに許して欲しいのか。
 どちらも当たっているようで、どちらも外れているような気がした。


 涙は出なかった。けれど苦い思いは広がっていって、自分じゃどうしようもできない。


 もう、ワタシには、山田さんしか残っていないのだろう。
 山田さんなら、助けてくれるはずだ。こんな気持ちを、変えてくれるはずだ。
 山田さんは、悪い人じゃない。だって山田さんは、何時だって助けてくれた。くみ取ってくれた。山田さんが悪いんじゃなくて、そういう行為に嫌悪感を抱く自分が悪いんだ。


 ワタシは、ゆっくりと何時もの喫茶店へ向かった。





 この時から、ワタシは既に狂っていたのだと思う。
 だけど、これだけでは、まだ何も始まらなかった。







 この日、喫茶店の様子は何時もと違った。
 何だか人数が多かったし、可笑しな服装もしている。白い装束に、何処かで見たことあるような文様だ。……まるで、何処かの宗教団体みたい。


「……ああ、遅かったね。千代ちゃん」


 知っている声に、嫌な予感がした。
 全身が硬直する。背筋が凍るのを感じた。そして、心臓がバクバクと、激しく動く。めぐる血が熱い。
 寒いのに熱い、という不思議な現象は、ワタシの頭を真っ白にさせた。


「……さあ。時は満ちた。君も行こう——神の世界へ」



 宗教団体みたい。
 ワタシの考えは、見事に当たることになる。
 正しくは——犯罪宗教団体だったけれど。




              親切には、裏がある



(本当にワタシは、何も知らなかったのだ)
(世の中のこと、人のこと、そして——自分のことさえ)


(『無知は罪』。……ワタシはそれを、身をもって知ることになる)