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- Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.559 )
- 日時: 2014/05/20 08:40
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: eH196KQL)
「……え?」
「いやだから」
花子さんは、特に表情を変えずにこういった。
「男もいるのに、女子トイレで話すのはマズかろう? じゃから、わしが作った異空間でゆっくり話をしようかと……」
「女装し損かよッッ!!!」
バン!! と、思いっきりカツラを床に叩きつけた。
気合を入れて女装した自分が恥ずかしい。恥ずかしすぎて、後ろにいるフウと瀬戸の顔を振り向いてみる勇気なんて、ひとかけらも持っていなかった。
第六章 少しずつ忍び寄る
ウワアアアアアア、と思わず呻き声なのか叫び声なのか自分でも良く判らない声を上げた。二人の視線を意識すると思わず喉をガリガリと引っかけた。痛い、二人の視線が。何を思って向けているのか、気になるけれど知りたくない。
「何でだよ花子さん、アンタ男が嫌いっていう設定じゃなかったっけ!?」
憎悪やら羞恥やら絶望やらが混じった思考を振り払うために、俺は無駄に高く大きな声で花子さんにツッコミを入れた。
すると花子さんは、真顔で、
「いや、おぬしもわしには女子と偽っておる設定だったじゃろ?」
「フラグ立ってましたぁ! バレてるフラグばっちり立っていたもんね!」
読んでみろよ、第三章!!
と、いっていると、後ろに控えていたフウと瀬戸が、苦笑いで、
「……二人とも、メタネタはやめた方が……」
「というかこれみやっち視点じゃろ? 花子さんがそうだと思っているって証拠が……」
「ええい!! 第三者は口出すなああああ!! あとあの時いなかった瀬戸がそういうこというのもギリギリだからな!?」
振り返りたくなかったのに振り返ってしまった。その際に、脳の冷静な部分で感じ、思う。苦笑いの顔が似てるわこの二人。
叫んでいるうちに、だんだん自分が何をいっているのかわからなくなり、疲れてやっと口を閉じた時、少しだけ興奮が収まり、冷静になったところで、さっきもの倍の羞恥心が膨れ上がる。
……何叫んでるんだ、俺。死にたい。死んで消えたい。
恥ずかしさと疲労で、ガックリと膝をついた。その時、後ろで誰かが、ポンと肩を叩いた。
振り向くと、背丈は俺の腰ほどしかない花子さんが、膝をついた俺を見下ろしていた。そして、慈愛の微笑んでこういう。
「取りあえず落着け。ケンコよ」
「それ女装時の名前だぁぁぁぁ!!」
えぐるな、笑うな、最早触れるな。人の心の傷を。畜生、ここには悪魔しかいないのかよ!!
■
「いや、わし確かに男はどちらかというと嫌いじゃが、真面目で礼儀正しい男に対して過度の敵対心を持ったりはしないぞ?」
バカやるのがどちらかといえば男が多いだけで、と花子さんが付け加えた時、俺は心底、タイムマシンが欲しい、タイムマシンを使って、最初に女装した時に戻りたいと切に願った。
今俺たちは、花子さんが作ったという、異空間の中にいる。異空間、といっても、満ちの世界が目の前で広がっているわけではない。どこにでもある一戸建て、今はその家の一室である和室の縁側で三人並んで座っている状態だった。
湯呑を片手に持った花子さんは、細い足をブラブラとさせている。こうしてみると、昭和時代の小学生のようだ。
「それに、瀬戸のことは知っておったからのう」
「え、俺?」
「この学校に住み着く妖魔たちの間では、色々噂になっておるんじゃよ」
「おぬし、良く学校の清掃の仕事を受け持つじゃろ?」花子さんがいうことは、俺も記憶にある。
そういえば、一年生の秋から冬にかけて、放課後に廊下やトイレを掃除している瀬戸の姿を何度か見かけたことがある。
思えば俺は、瀬戸のことを、あの頃から知っていたのだ。
フウと、出会ったあの頃から。
「学校となると、結構行き届かぬところが多いからの。埃まみれでもわしたちは生きてはいけるが、綺麗な方が、気持ちも穏やかになるし。助かっている妖魔にはモテモテじゃぞ、おぬし」
「モテモテ……?」
「モテても、妖魔なので、見えないから残念ですね、瀬戸君……」
元この学校の幽霊、フウが乾いた声で笑った。
……口裂け女の千代といい、フウといい、妖魔といい、花子さんといい。瀬戸は人外に好かれるスキルを持っているんだろうか。何だそのファンタジー小説の主人公みたいなスキル。
「(あ、千代で思い出した)」
そうだった、千代のことで聞きに来たんだった。その為に瀬戸を連れてきたんだから。
無駄話をこれ以上していると、当初の目的を忘れてしまう。
「あの、花子さん……」
「……まあ、おぬしとは、知らぬ仲ではないしの」
本題に入ろうと花子さんに呼びかけた時、重なるようにして、花子さんの独り言が、綺麗な形をした口から漏れた。
「……え?」
俺の声と重なって、しかも小さかったから、全部は聞き取れなかった。
けれど、俺には、「花子さんと瀬戸は知り合い」という意味のような言葉が、聴こえた気がする。
「ん? なんじゃ?」
それを聞いてみたかったけれど、花子さんが、特に何も気にしないような声調で聞き返してきたので、それ以上は聞けず、当初の目的を口にするしかなかった。
……瀬戸と、花子さんは、知り合いかどうかはわからない。
瀬戸は初めて会ったようだし、花子さんのあの独り言も小さかったので、俺の聞き間違いかもしれない。
でも、と。
ふと、思った。
俺とフウは知り合ったあの頃に、俺は、図書室の近くのトイレで、清掃している瀬戸を見かけた。
なら、この学校に住み着いていたフウは、瀬戸を見かけたことがあったのだろうか——?