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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.560 )
日時: 2014/05/29 20:22
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)




 縁側いっぱいに古い新聞が開かれる。
 日付を見ると、今から二十五年ほど前の新聞だった。本当に古い。


「……これを見てくれ」


 小さな手で、そっと指さされたのは、そこそこ大きい見出しがついた記事。
 そこには、『資産家一家、虐殺』と書かれていた。
 穏やかではない記事に、ゴクリとつばを飲み込む。


 千代の話で、千代の情報を集めてくれた花子さんが、この記事を持ってきたということは。
 もう既に、この時点で判ったようなものだった。


 わかっていても、読まなければならない。
 多分、そうじゃなければ、話は進まない。







 被害者は、その家の夫婦と使用人。
 鎌のようなモノで斬られており、頸動脈を滅多切りにされていた遺体もあったそうだ。
 唯一、生き残ったのはまだ一歳にも満たなかった男の子のみ。



 そして、なによりも。




「場所は京都……被害者は大八木……大八木!?」



 その被害者の名字は、大八木。
 ……それは、瀬戸の先輩のような存在である、千歳さんと奇しくも同じ名字だった。




「……大八木さんって、文化祭の時来てくださった、バーの店長さん!?」



 フウも驚きと、ほんの少しの青い色を混じらせた表情を浮かべて、瀬戸に関しては、ただただポカンとしているだけだった。



「なんじゃ、知りあいかえ? ……では、この続きを読むのは、酷じゃろうな」



 そういって、花子さんは古い新聞紙を折りたたんで、隅へ追いやった。
 佇まいを正して、ゆっくりと息を吐くように、言葉を紡いだ。



「……京都の花子さんの話によると、生き残った赤ん坊には、姉が一人おったそうじゃ。ただ、生活に窮した夫婦の子供を、中々子供が出来ない大八木夫婦が引き取ったので、血は繋がっておらん。……随分、美しい娘だったようで、良くも悪くも目立っていたらしい。個室で一人、髪をズタズタに切られ、汚水を掛けられて、泣いている姿を小学校の花子さんが見ているそうじゃ」



 フウの息をのむ気配がした。
 俺は、頭が真っ赤になった。
 小学校で、そんな侮辱的ないじめが? そんなことが、漫画や小説だけじゃなくて、現実でもあるのか? いや、そういえば星宮もそんないじめを受けていたと、文化祭でいっていたな。
 幼いからこそ、軽々しく、残酷なことをやれるのだろうか。
 けれど、あんまりだ。あんまりすぎる。酷すぎる。



「中学でもそのようじゃったみたいでな。けれど、その頃にはもう上手く立ち回る術を持っていたみたいで、学年を重ねるごとにそこまで酷いいじめはなくなっていったようじゃ。……じゃが、それは、彼女の心を深く傷つけたじゃろうな」

「……それで、高校は」

「物を隠されたり、逆に悪口や罵りが書かれた紙を入れられたぐらいじゃと。おまけに、高校に入ると男子は発情するからな」



 発情とか直接的な言い回しはやめてください。
 あえていいかえしも否定もしないが、聞いている俺はとっても複雑です。



「痴漢や、直接的なわいせつはなかったようじゃが、それでも、舐めまわされるようにジロジロと見られるのは、さぞかし年頃の娘にとっては苦痛じゃったろう。その苦痛は、多分誰にも理解してくれないものじゃったろうし」



 裸にされるならまだしも、ただ見ているだけじゃ、セクハラと訴えることはできんじゃろうしな、と花子さんはいった。それに、内容が内容なだけに、そうそう口に出せるものでもなかったのだろう、とも。


「更に、大八木夫妻は、その赤ん坊を産んだ後、まるっきし育児をしなかったそうじゃ。その娘も、同じようにお手伝いさんに育てられたが、娘の時と違って、その赤ん坊を世話する良心的なお手伝いさんが一人もいなかった。姉である彼女がほぼ一人で、面倒を見ていたらしい」

「……まだ、高校生でしょう……? なんで全部任して……実の親だったら、事故に遭わないか不安に想ったりとか、娘には自分の好きなことをやりなさいとか、なによりも、自分の子供がかわいくなかったの!?」

「……子供は、彼らにとって、世間体の評価を取る為のものじゃったそうじゃ」




 ポロリ、とフウが涙を零す。
 花子さんの言葉は、父親に「生まれなければよかった」と面としていわれたフウ、母親から憎まれる俺にとっては、他人ごとと割り切れることは出来なかった。そのまま事実を知った衝撃が、身体を揺さぶる。
 親は子供を無条件に愛すという。けれど、俺は、それを素直には受け止められない。


 親と子供は、血は繋がっていても他人だ。
 他人同士では、まず言葉を通わせない限り、心を通わせることは出来ない。
 ましてや、血が繋がっていないということを知っていた彼女は、一体その事実をどんな思いで受け止めていたのだろう。



「確かに、姉弟は両親に『可愛がられた』。しかし、『愛された』わけではないのじゃ」



 可愛がることは出来ても、可愛いと思うだけじゃ、愛情は生まれないと俺は思う。
 子供でも大人でも、人は、醜いところ、汚いところ、黒いところがあるから。それを見た時、それでも「可愛い」と思える人間は、どれだけいるのだろう。
 その人の本質を見た時、人は、その人の一部分しか見ていなかった故に描いた理想が、音を立てて壊れていく。


 きっと大八木夫妻は、子供に対し、異常な「期待」と「幻想」を抱いていたんだ。
 大きな会社の務めだったら、何時かエリートに、とか、子供の輝かしい未来を想像したかもしれない。ただ単純に、子供は天使のようなものだと思っていたかもしれない。
 その幻想が、子供が生まれた途端、現実を垣間見て崩れたのだ。



 まるで、見せびらかして自慢するために、ペットショップで買った小型犬。
 そして、世話に飽きて、果ては捨ててしまう。