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- Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.561 )
- 日時: 2014/06/01 20:18
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)
その例えがポンと頭に浮かんだ時、皮膚が凍ったように感じた。
それでいて、身体の中は、燃えるように熱かった。
「世間体を気にする夫婦だったから、捨てられなかったのがせめての救いだったのか。寧ろ公に問題をバラしてくれた方が、姉弟にとっては穏やかな未来が待っていたかもしれない……」
目を伏せた花子さんは、儚げに見える。何をおもっているんだろう。優しい花子さんは、きれいとはとてもいえないこの話を、どんな想いで喋っているんだろう。
聞いている俺たちでも、こんなにも苦しい。
儚げな表情には、怒りとも悲しみともとれなかった。けれど、無表情ではないと思った。
花子さんは別の古い新聞を開く。
「そして、この悲劇が起こったんじゃ。——ここからの話は、しっかりと聞いておれ。間違いなく、おぬしたちには関わりのある話じゃ」
そういわれた今度の記事は、これはまた、最初の一面に大きく載るほどの事件。
しかもそれは、そう昔のことではない。そして、その事件は、俺が知っているほど新しく、大きな事件。
とある宗教団体の、一般人を巻き込んでの集団自殺。
廃墟ビルを使って立てこもり、警察と交渉が決裂したその後、時限爆弾で爆死。
その団体の名前は——。
「……ケンちゃん、これって!!」
フウがなぜそんなに取り乱しているのか。俺も同じだったから、フウの気持ちが嫌でもわかる。
この名前は……上田妹が、夏休み疾走した時、怨霊みたいな何かが、上田妹に襲い掛かって来た。
後から心当たりのある人物の話を聞き、それを調べた時、たどり着いたのがこの集団。黒魔術のように、生贄をささげて神を下ろすことを目的として動く、極めて悪質な宗教。
上田妹を追いかけていた怨霊——山田と呼ばれた男も、宗教団体の目的を沿うために自殺している。
「おぬしたちには心当たりがあるはずじゃろう。わしも、夏休みの件に関しては耳に入っておる。……赤ん坊の姉、千代は、その宗教と関わりがあったんじゃ」
とはいっても、彼女自身が宗教的なことを行ったことはない。
ただ、……騙されていただけだと、花子さんはいった。
「どうやら、千代とその集団の一人が、恋仲であったらしい」
…………。
え。
ピシリ、と石化したのは、俺だけではないはずだ。
「本当にそやつが千代のことを好いておったかはしらんが、千代の方は随分入れ込んでおったそうじゃ」
千代に、恋人………?
しかも相手がヤバイ犯罪者? え? いやその前に————恋人がいたのかよ!?
当初あった時の態度を思い出せば、彼女は花子さんの比にもならない男嫌いだったと思ったが……いや、それよりも!
それって……説明しづらいが。
コイツ的に、まずくないか?
(本心をいうと見たくなかったが、)恐る恐る、瀬戸の様子を見てみる。
瀬戸は放心——なんてことはなく、案外冷静に聞いていた。よかった……。安どのため息をこっそりつく。
だが、そんなのほほんな気持ちは、あっという間に消え去った。
花子さんが語る千代の過去は、まだまだ、凄絶なものだった。
「しかし聞くところによると、千代は今でいうデートDVを受けていたようで、徐々に不信感を抱いていたようではあった。が、彼女にとっては初めての男だったみたいでな、千代はその男から離れようとしなかった」
「……」
「とうとうある日、宗教の手が千代にかかった。千代は必死に逃げて逃げて逃げまくり、交番まで逃げ込んで説明した。結果、その男および宗教団体に関わっていた人間はあっさりと逮捕されることになったが——千代は、両親に、隠していた交際のことについてがばれてしまった。
娘はこうあるべき、という理想を持っていたからだろう。結婚する前に身を汚した、大八木の恥と、父親は千代を責めたてていった。
宗教の手が伸びた時、愛する恋人に裏切られたと判ってしまった千代は、もうボロボロだったというのに……」
「そんな、いい加減過ぎですよ!!」
フウが目一杯叫ぶ。
嗚咽が邪魔をして、そんなに大きな声にはならなかった。けれど、聞くだけで胸が張り裂けそうだった。
「今まで自分は、娘を放置してたくせに! 親に放置されて、千代ちゃんはどれだけ悲しかったか、どれだけ望んだか、裏切られた後、お父さんたちにそんな風に責められて、どれだけ………………そんな、……そんなんじゃ……」
ポタポタと涙が零れていく。
「そんなんじゃ、誰だって、わたしだって狂っちゃうよッ……!」
顔をくしゃくしゃにして、すぐフウは手で覆い、嗚咽と一緒になった、くぐもった声で訴えた。
「——狂ったんじゃよ」
花子さんは淡々とした口調で綴る。
「狂って、精神が壊れた千代は…………手元にあった鎌で、両親を引き裂いたんじゃ」
新聞を見た時、うっすらと、予感していた事実が。
だからこそ、一番聞きたくない事実が、花子さんの口から発せられた。
「彼女は両親と、お手伝いさん数名を切り裂き、そして自分の口元を自ら切り裂いた。
……その後のことは」
急に声が掻き消える。
花子さんは躊躇うそぶりをしてから、グ、と唇を噛んだ。
まるで、なにかをいうことを、耐えるかのように。
「その後のことは、どうなったかはわからん。警察の方では、容疑者になりつつも、彼女の行方を掴めずにいたのじゃからな。……そして唐突に、千代は先月現れた。
通り魔の正体も、千代で間違いない」