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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.562 )
日時: 2014/07/18 14:49
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)

「どうして、なんで、口裂け女に……」
「何らかの強い想い、その土地の霊気、時間、いろんな要因で突然、人は妖怪になることがある。ただ、彼女の場合は、『怪異』じゃがな」


 ……それは、どう違うのだろうか?
 幽霊と妖怪の違いは流石に判る。でも、妖怪も怪異も、同じものじゃないのか?



「妖怪というのは、わしのように、独立した意志を持っておる生き物……何者かの噂にも振り回されず、超越した力を持っているモノのことじゃな。
 その代わり、土地に縛られていたりするんじゃが……簡単にいうと、わしは学校のトイレでしか活動できん、ということじゃ。河童は川に出てくるのと同じように」

「なるほど……それで、怪異というのは、人の噂によって成り立つということか?」



 確認の為聞いてみると、花子さんが頷いた。
 何となく判って来た。

 つまり、怪異とは、怪談や都市伝説など、「噂」によって生まれたもの。

 河童が川以外に出てこれないのと同じように、怪異は「噂」以外の行動を取ることが出来ない。

「噂」によって、活動及び、生きることが出来る。ということだ。
 ソフトを入れていないパソコンと同じことなんだろう。



「区別しづらいじゃろうがな。もっといえば、『妖怪』になりそこねたものを『怪異』というんじゃ。
 『妖怪』はある程度の地盤を持ってる故、誰かに忘れ去られても存在は消えぬし、自分の領域ではないところでも生活は出来る。鬼がまさにそれじゃな。人の中でも暮らしてゆけるし、山の中でも暮らしてゆける」



 わしもこの学校の中なら、トイレ以外の所でもいけるしな、と花子さんはいった。



「じゃが……怪異はそんな例外は認められぬ。
『噂』が消えれば、自然に存在は消滅し、自分が取るべき行動以外はとれぬ。
 ただ、後者は例外がある。千代のように、元々は人間であったり、幽霊だったりする場合じゃ。地盤がしっかり固まっていた時期の貯金があったから、噂ではなかった行動を取ったりできた」



 花子さんは、フウの方を見る。



「フウ、お前にも心当たりはあるじゃろう」
「……」



 この学校の怪談の一つ。
 『屋上で飛び降りた女子高生の幽霊が、屋上に来た生徒を突き落す』。
 その幽霊がフウだった。
 けれど、フウは一度も生徒を突き落したことなんてないし、フウがまだ生霊だった頃も、怪談にはない行動を沢山とっていた。



「お前の場合は色々例外じゃが、まあそういうことじゃ。
 千代は、千代という人格を持っておった時期がちょびっとあったから、怪異になっても自我と理性を持っておった。
 けれど、それはあくまで貯金じゃ。時間が経てばその貯金は尽き——やがて、『噂』通りの『化物』と化する」



 それは、千代が千代ではなくなるということ。
 なにもできなくてオロオロしたり、素直じゃなくてつっけんどんな態度を取ったり、笑ったり怒ったり泣いたりすることが出来なくなるということ。



 ……このまま、人を殺していくのだということ。
 頭ではまだ、実感が湧かないのに、身体がとても寒かった。



「その前に消滅する、ということも考えられるんじゃが……無理じゃろうな。

 死ぬのは、誰だって怖い。

 怪異とは、人が噂で魂を縛ったモノじゃ。意思を持つ魂は、消されたくない一心で噂に従う」


「噂に従うことが——生きることそのものだから……?」



 フウの問いに、花子さんは答えない。
 無言ということは、恐らく、肯定の意だ。



 恐怖と涙が、一緒に出てきそうだった。



 救いようがない。救う手立てがない。
 このままだと、千代はまた人を殺す。けれど、それを止めたら、千代は消滅する——死ぬ。

 千代が千代じゃなくなる。そしたら、俺たちのことも、——瀬戸のことも忘れて。




 無暗に近づいたら——今度は、殺されるかもしれない。

 もう既に口裂け女の噂に従って、人を殺めているのだから。
 残虐事件とか、殺人事件すら、目の前で見たことがないくせに、俺たちが千代に殺される姿がリアルに想像できた。








「……それでも、連れて帰る」



 今まで黙っていた瀬戸が、ハッキリといった。



「千代っちと、約束したんじゃ。置いていかないって。
 その約束を破らせるわけには、いかんのじゃ!」


 迷いのない顔だった。
 どういったって、揺らぎそうにない、しっかりとした口調で、瀬戸は花子さんに頭を下げる。


「お願いじゃ、花子さん。千代っちの場所、知っとるなら、教えてください……!」


 怪異と、人間。
 少女と、青年。
 正反対のモノたちが、目の前に立っている。

 その姿が、かつての俺と、あの美しい雪女そのものだと感じた。



 ……そうだ、知ってる。
 千代がどんな気持ちで逃げ出して、どんな気持ちで街中をさ迷ったのか。
 置いて行かれた瀬戸が、今どんな気持ちなのか。

 今の千代と瀬戸は、かつてのフウと俺だった。
 今のトイレの花子さんと瀬戸は、かつて助けてくれた雪女と、助けを求めた俺だった。







「……これでいいのじゃろう」


 未来ある子供たちを、化け物のところに向かわせた。
 こんなのでよく、この学校の守り神を名乗ることが出来るな。花子は自嘲した。
 本来なら、いや、例え守り神じゃなくとも、止めるべきだった。
 動くのが彼らではなかったら、花子は神通力を使ってでも止めただろう。

「……しかし、何とも残酷な話じゃ。彼らはわざわざ自らの目で、化け物と化した大切な存在を見なければならぬとはな」


 化け物になってしまった怪異を、もう止めることなどできない。
 枯れた木々を吹き返すように、死んだ生き物が生き返ることと同じように、それは不可能なことだ。
 だが——憐憫だけは決して彼らの前に見せてはならない。彼らは真っ直ぐ、身も蓋もなくいえばバカだ。一直線に進む猪だ。
 実際に現実を肌で感じない限り、納得して前に進めない。けれどそれは、ある意味一番、人間として大切な物だと花子は考える。だから決して、彼らは可哀想ではない。例えばそれが、救いようのない最悪な終り方を直視することになってしまっても。


 ……しかし、ちとマズイかもしれぬ。——京から、芦屋家の陰陽師が来てしまった。
 安倍清明の好敵手と呼ばれた芦屋道満。その子孫。

 あれらは、怪異や妖に容赦はしない。

 例え、千代の延命を瀬戸たちが願っても、きっと聞き届けはしない。……それで、引き下がるような相手ではない場合、陰陽師は手を出すだろう。
 命に関わるような怪我はしない。しかし、相当キツイ怪我を負うことにはなる。
 芦屋家の陰陽師は、必要なら一般人の暗殺すらも許されている。勿論、必要でない限りは違反であるが。

 しかし、フウのことも気にかかる。
 あれは人間だ。まごうなき人間。だが、八十年も姿を変えなかった人間を、あやつらは人間ととらえるか。



 それも——彼らにとっては、禁術といわれている術が掛かっている彼女を。





「……あれは、何を見ているのかの」


 本当に。長いこと友人をやっているが、あのモノの考えだけは、サッパリわからない。

 今回、花子が瀬戸たちに千代の情報を提供したのは、ある友人の頼みだからだった。

 花子は直感している。今動いている事態は、恐らく、彼女の作意。

 聡明な彼女のことだから、何か理由があってのことだろうが。何も知らぬこちらから見ると、ただ、若者を引っ掻き回して弄んでいるように見えてしまう。


「……芙由子。お前は、何を考えているんじゃ?」


 呟いた時には、何処からか来たのかわからない風のせいで掻き消えた。


           終わりは刻々と刻んで

(花子は願う)
(せめて、あの子たちが思うように動けたらいいと)

(贅沢をいうならば、この世の理がひっくり返る奇跡が起きることを)