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- Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.563 )
- 日時: 2014/07/26 22:42
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)
瀬戸君の家を初めて訪れた時、いたのは瀬戸君ではなく、美しい少女だった。
雪ちゃんや玲ちゃん、優ちゃんだって可愛いし、芽衣子さんや柊子さんもとても綺麗な人だけれど、その子はそんな次元を超えているように思えたのです。
魔性。
その言葉がよく似合っていた。
それでいて、少女のあどけなさ、可憐さが残っている、アンバランスのようで釣り合った美しさ。一目見たら、もう目を離すことは出来ない。
その子の名前は、千代ちゃんといった。
素敵な名前だな。わたしは彼女を一目見た時から、好きになりました。
第七章 元幽霊少女と現怪異少女
彼女は、普通の女の子ではなかった。
大きなマスクを取り外して現れたのは、サクランボのような唇。けれどそれは、耳の所まで裂けていて。
巷で噂されている、『口裂け女』にそっくり。
でも、瀬戸君と千代ちゃんが仲良くしているところを見ていると、とても、凶暴なお化けには見えなかった。
千代ちゃんは本当に瀬戸君のことが好きのようで、わたしが肉じゃがをおすそ分けした時なんか、すごく睨んでいた。
それがなんだか可愛くて、こっそり笑ってしまったのはわたしだけの秘密。
嫉妬する姿を見て、ますます『口裂け女』には見えませんでした。
彼女は記憶喪失で、瀬戸君と一緒に住んでいると知った時、一緒にいたケンちゃんは心配したけれど、瀬戸君は「芙由子さんにはもう話している」と笑っていった。
芙由子さんというのは、瀬戸君の保護者的存在の人。瀬戸君のご両親は他界していると、瀬戸君の口から聞いたことがあった。わたしはまだ会ったことはない。直接会ったケンちゃん曰く、「とんでもない人」といっていた。器が大きい人なんだろう。
……わたしの母は、弱い人だった。
母が強かったら、父はあんな風に、酒に溺れ、暴力を振るうことはなかっただろうか。
兄たちが、傷つくこともなかっただろうか。
一番悪かったのはわたし。
病気だったのが悪かった。母の弱さではなく、わたしの弱さが家族をバラバラにした。
それは、間違いではない、けれど。
守ってほしかった。
心の中にいる、幼いままの自分が、そう叫んでいる。
このまま生きていけるかとか、自分の立ち位置がどれだけ人に迷惑をかけているか、とか、ずっとこのままじゃないか、とか。
不安で不安で仕方がなかった。揺れ動いて定まらない自分の心を、守ってほしかった。
ちら、と走っているケンちゃんを見る。
今、瀬戸君が一番前を走って、わたしは一番後ろで走っている。
わたしは女だし、義足だから、そんなに速く走ることは出来ない。ケンちゃんからは、花子さんのところに居ろといわれたけれど、絶対に嫌だった。
女として、娘として、そして、長いこと生霊だったモノとして、千代ちゃんのことは他人ごとじゃないって思ったし、何よりも、友人として千代ちゃんを放ってなんか置けない。
危険なのは瀬戸君やケンちゃんも一緒だ。
千代ちゃんは化け物になってしまっているかもしれない。
でも、まだ間に合うって信じている。
二か月ぐらい彼女を見てきた。そして、花子さんから千代ちゃんの過去を聞いた。化け物になってしまうほど悲しい目に遭った千代ちゃんだけど、千代ちゃんは強い。それに耐えられる強さを持っている。そう確信していた。
会ったらどうするかなんて、会ってから考える。
危険なことになったら、どうするかなんて、たどり着いてから考えます。
大怪我以外なら覚悟しているし、わたしたちのことを忘れたとしても、何度だって思い出させて見せる。
助けてあげたい。
助け出して見せる。——だって、わたしは助けられた。
なんとかしてあげたい。
なんとかしてみせる。——だって、わたしはなんとかなった。
助けられたのはわたしだけなんて、そんなのは、寂しいよ。
廃れた工場の建物と建物の間を通った時、気が付けば、前を走っていたケンちゃんと瀬戸君の姿が消えていた。
「(はぐれた!?)」
というか置いて行かれた!?
頭が真っ白になる。流石に一人は怖いです。というか、今千代ちゃんに会っても、どうすればいいかわからない。
どこらへんではぐれたのだろうか、どのへんで置いて行かれたのだろうか……。いやでも、千代ちゃんが居る場所はこの暗い道を通ればすぐ。
置いて行かれたなら、この道を行けば合流できる。でも、もし、もしはぐれたなら……。
微かに風が吹いた。
わたしの頬に、そっと触れるように通り抜ける。
静寂が、木々の葉がこすれる音で乱された。
「……」
山の風だ。
山の神様が、行けといっている。そんな気がして、それに従おうと、わたしは一歩を踏み出した。
廃業になった工場だからだろうか。あっちこっちにゴミが捨てられている。
空き缶から、人形、わたしの腰ぐらいまでの棚、更には冷蔵庫まで。見る限り、不法投棄場所だ。
いろんなものが捨てられていて、足場が悪い。思わず西洋人形を踏んでしまった時には、背筋が凍った。
少しカールがかった髪。赤く可愛らしい唇。愛くるしい目。
容姿は全然違うのに、千代ちゃんと重ねられずにはいられなかった。
わたしはその人形を拾い、近くにあった棚の中に入れる。
踏んでしまったにも関わらず、どこも壊れていない人形は、じっと、わたしを見つめる。
「ごめんね、踏んじゃって」
わたしは人形を見つめ返して、そういった。