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- Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.564 )
- 日時: 2014/08/01 13:39
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: hAtlip/J)
勿論、人形が喋ることはない。
決して大きくないわたしの声だけが、この静かな空間を支配するかのように響いている。
「(……おかしい)」
なんでこんなに静かなんだろう?
風一つも吹いていない。さっきはほんの少しだけ、風が吹いたのに。
木々のこすれる音もしない。
夕暮れに鳴く鴉の声もしない。
秋に鳴く虫の声も、息遣いも、なにもかも。
何の音も聴こえない。
不気味で異常な状況に、わたしは唾を飲み込む。
元幽霊少女を名乗っておきながら、わたしはオカルト関係にはあまり詳しくはない。けれど、直感した。
これは、結界だ。
外界と遮断された世界。
だから鴉の声も、虫の声も、風すらもないのだ。そしてきっと、この先には、ケンちゃんたちはいない。
「(何故わたしが結界の中に入れたかはわからないけれど)」
わたしは大きく一歩を踏み出した。
グワンと景色が歪み、足元が崩れたような感覚に陥った。——と思った瞬間には、既に元に戻っていた。
一体何があったのかと目を瞬かせ、前を見据える。
景色は変わっていなかった。
けれど、付け足すように、人影が二つそこにあった。
一つは、大きな棚の上に立っていた小さな男の子。もう一つは、——廃車の上に膝をついた千代ちゃん。
「千代ちゃん!」
わたしは声を上げる。
まず最初にこちらを見たのは男の子。遅れて千代ちゃんが、こちらを見た。
艶を失った髪。
カサカサになった肌。
それでも裂けた口は、夕暮れの色よりも赤い。
悲惨な姿。でも魔性は、失っておらず。
こちらを見るアーモンド形の大きな目は、光を失っていなかった。
良かった。わたしは安堵する。
千代ちゃんは、まだ千代ちゃんだ。化け物じゃない。わたしたちが知っている千代ちゃんだ。わたしの声はちゃんと届いている。
その事実をこの目で確かめた時、無意識に入っていた肩の力が抜けた。
「千代ちゃん、無事!?」
重なる粗大ごみの上を慎重に渡って、千代ちゃんの元へ向かう。
千代ちゃんは、信じられない、というような目で、わたしを見ていた。
千代ちゃんだけじゃなかった。傍に立っていた男の子も、驚愕を隠さずにわたしを見ていた。
「そんな……何重も結界を張っていたのに、たどり着ける人間が居るなんて……」
呆然として呟く言葉に、わたしは先ほど起こった状況を理解した。
「(あの歪んだ景色は、結界に侵入した時に起こったのね)」
そしてそんなことが出来るのは、一般人では無理だ。
陰陽師、霊能力者、魔法使い……さっきの言葉だと、あの結界はこの小さな男の子が張ったことになる。
灰色と白の半袖に、半ズボン。どう見ても小学生の男の子なのに、術者。
術者と、怪異。この二つの存在が、偶然ここで佇んでいるなんてことは、流石に考えられなかった。
なぜ二つの存在が一緒の空間にいるのでしょう? 花子さんの話や、今まで聞いたり読んできた物語から、考えられるのはただ一つ。
嫌な組み合わせに、冷汗が流れた。
「……初めて、術者に会ったけれど、案外普通の姿なんですね」
幽霊だった頃、花子さんから、術者や妖怪のことについてはよく聞いていたけれど、実際に会うことはなかった。特に前者は、この目で見るのは初めてだ。
「……僕も、まさかただの女子高生に、結界を破られるとは思わなかったよ」
サッパリとした、かわいらしい男の子なのに、出てきた言葉は随分冷えていた。
また一滴、冷汗が流れる。
なんだろう。恐怖、とは違う。けれど、無邪気とは程遠い重たい声に、子供が喋ったとは思えなくて。薄気味悪いモノが、小さな体に取り憑いて喋っているような。
「この間はどうも」
「……え」
いきなりお礼をいわれた。
え、わたしこの子に何かしたでしょうか? いやその前に、この子とは初対面のハズですが。
「……覚えていないのならいいよ」
ため息をつかれた。
なんだろう。表情筋があまり動いていないけれど、呆れられているような気がする。
「えっと、ごめんなさい……」
「……いや、覚えているほうが無理なような気がするし」
仕方がないというそぶりを見せる。その仕草が、ませた子供としてではなく、さりげない仕草だったので、本当にこの子は子供なんだろうか、と思った。中身と外見が全く合わない。
「改めて——初めまして。芦屋朔と申します」
ペコリと頭を下げて、恭しく腕を胸のところへ持っていく。
さっきとは打って変わっての、芝居掛かった動きで、思わずわたしは噴き出してしまった。