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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.565 )
日時: 2014/08/06 17:05
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

「……ご丁寧にどうも。宮川諷子です」


 ジロ、と睨まれて、少し罪悪感を感じたわたしは、男の子——朔君を見習って自己紹介をした。
 頭を下げた時、花子さんの言葉を思い出す。


 芦屋家。
 あのかの有名な陰陽師——安倍清明の好敵手、芦屋道満を始めとする陰陽師一家。



『今では公に出ることはないが、裏の世界でひっそりと権力を拡大させている。その力は人によってピンキリではありが、何十年に一度か生まれる子供には、神を降ろすことも世界の理を変えることも世界を滅亡させることまで出来る子が産まれる。——とかなんとか、胡散臭い話が多い一族じゃが、神殺しを許されている一族は、芦屋家のみじゃ。それほどまでに、とても強い力を持つ』


 神殺しというのは、その名の通り、神を殺すこと。
 それが禁止されているのは当たり前のように聴こえるかもしれないけれど、祟り神も神様なので、どれだけ人が迷惑こうむっても、殺すことは出来ない。

 神に、人は太刀打ちできない。
 ただ、例外がある。ある有力な術師の中では、神殺しを認められているのだと。
 その一つが——芦屋家。


『いいか、相手が芦屋家を名乗ったなら、すぐに逃げるんじゃぞ!! あいつらはおっかなすぎるからの。怪異に近づくイコール祓うか利用するかだけじゃ!! 絶ッッッ対、逃げるんじゃよ!!』


 説明にプラスされていた花子さんの忠告を思い出した。
 ……が、もう時すでに遅しです、ごめんなさい花子さん……。
 けれど、わたしが祓われることはないでしょう。昔は幽霊を名乗っていても、今は普通の生身の人間ですし。
 ——寧ろ、祓われる危険性があるのは……。


「……何か、ご用ですか」


 両手を広げて、千代ちゃんの前に立つ。
 顔を険しくした朔君を見て、ああやっぱり、と思う。
 この小さな陰陽師は——千代ちゃんを、祓いに来たのだ。


「……その様子だと、知っているんだね。そこに座っている女が、どんな化け物か」
「化け物なんて呼ばないでください。千代ちゃんは千代ちゃんです」


 口調を強くしてわたしはいった。


「今巷の口裂け女であろうが、千代ちゃんは化け物じゃない。わたしの」


 大切な友だち。
 そういいきった時、もう、迷いはなくなっていた。


「……友だち」


 友だち、ね。
 フウ、とため息をついて、朔君はいった。
 その姿はバックに夕日を受けているので、妙に渋さを引き立てている。
 ……いや、さっきから思っていたのですが……。


「……ねえ。朔君、あなたわたしより若いのだから、そんな哀愁漂うため息はちょっと……もう少し若い子っぽく振舞った方が、生き延びる感じがするよ……?」
「え、何それ。僕が老けて見えるってこと!?」


 その場の空気にはそぐわない発言を思わずしてしまった。けれど、それに反応する朔君の姿が子供らしかったのでホッとする。



「老けてるってわけじゃないですが……こう、瞼を閉じたらあっという間に消えてしまいそうなぐらいには儚く見えて」
「そこまで僕ヤバイ人じゃないよ!! ちょ、目閉じないで!! お願いだから目を開けて、ねえ!!」
「……」
「え、何、急に目を開けられても怖い」
「いえ……随分反応がよろしいなあって」
「僕からかわれてただけッ!?」



 意外と反応が良い子だった。
 さっきのアンニュイで哀愁漂う雰囲気とは打って変わっている。
 最近流行りの『ギャップ萌え』とはこういうことなのでしょうか。いや、可愛いとは思うんだけど。いまいち『萌え』というのがわからない今日この頃です。

 ……って、思いっきり話が逸れた。


「……それで、わたしたち今すぐ帰らなきゃいけないんですけど」
「いいよ。帰って。その化け物は置いてもらうけど」
「だから化け物っていわないでってさっきいったでしょう」


 押し問答だな。
 わかっていながらも、わたしは訂正を求めた。
 ハア、と朔君がため息をつく。


「……押し問答だね」
「奇遇ですね。わたしも同じことを思ってました」
「じゃあさ、無意味なことはせず、こっちに引き渡してよ」
「いやですね。千代ちゃんもわたしも、待っている人がいるんです」


 そろそろ区切りのいいところ。
 そう思ったわたしは、後ろを振り返って、千代ちゃんを見る。
 俯いていた千代ちゃんの顔を、長い髪が覆っていた。


「千代ちゃん」


 わたしはつとめて普通に声を掛けるようにして告げた。



「帰ろう」


 手を差し伸べて、優しく微笑んで。
 千代ちゃんがこの手を掴んでくれることを期待して、わたしは彼女が顔を上げるのを待った。







「————帰るっていったって、何処に帰るのさ」



 帰って来たのは、無情な問いだった。
 けれどそれは、千代ちゃんがいったんじゃない。


「育て親を殺して、家もなくして、たった一人の弟はお前を覚えてはいない。
 お前の弟に会ったよ。お前より歳を食った容姿をしていた。仕事場を見に行ったけど、料理はおいしかったし、部下に慕われていたし、お客さんに好かれていた。優しい人だったよ。
 いやあ、苦労したと思うのにねえ。あんな良い人に育っているなんて。——お前のことなんか、覚えていなかったのが、せめてもの救いだったんだろうね」


 ……ゆっくりと後ろを振り向く。
 彼は一歩も動いていなかった。よく見て見ると、彼が乗っているのは食器棚で、ガラスが張られた扉は、木の枠組みが折れていた。
 ガラスも、明らかに人為的に壊されている。