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Re: 臆病な人たちの幸福論【瀬戸君、ご乱心】 ( No.569 )
日時: 2014/09/07 22:30
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)


 親友のハツ。弟の千歳。
 荷物なんかじゃなかった。迷惑なんかじゃなかった。
 ちゃんとワタシを見て、ワタシを呼んでくれた人だった。

 愛してくれた人は、ちゃんといたのに。……ワタシが勝手に、振り払い、傷つけただけ。


 あの時、千歳を抱きしめ返していれば。
 あの時、ハツの忠告をちゃんと聞いていれば。
 こんなことにはならなかった。こんな風にはならなかった。

 両親のせいでもなく、山田さんのせいでもなく、こんな最悪な事態を招いたのは、ワタシの弱さだ。



「ねいちゃ、ねいちゃ」



 もう、戻せない。
 奪った命も、自分の人生も。取り戻そうとも思ってない。
 でも、この子は違う。……まだ、やり直せる。引き返せる。
 目は死んでいるけれど、心はまだ死んでいない。
 この子は、ちゃんと立ち直れる。




 電話したのは、二つ。
 一つは、警察。もう一つは、児童養護施設。
 ……弟の未来が、どこへ向かうかはわからない。
 物語では甘く優しく描かれる善意の塊みたいな場所は、現実でもそうだとは限らない。もっと生々しく、切羽詰まった場所の方があり得る。当たり前だ。経営しているのは何でもできる神ではなく、不器用な人間なのだから。
 だからワタシは、無責任にも願うしかない。


「こんなのに、なっちゃだめだからね。
 アンタは、ワタシとは違う。全然違うから」


 ——最後まで、ワタシは姉らしいことをしない。


「……ごめんね、千歳」


 お姉ちゃんじゃないの、ワタシ。
 血も繋がっていない。心も繋がっていない。
 そして、今日からワタシは、自分の名前を捨てる。
 戸籍上から、この世から消えるから。だからもう、お姉ちゃんじゃないのだ。

 君のお父さんとお母さんを奪ってごめん。
 君の未来を一つ、奪ってごめん。
 愛してあげられなくて、ごめん。
 抱きしめてあげられなくて、ごめん。

 でもこんなバケモノなんかより、ずっといい人に愛されて。抱きしめられて。そして、幸せになって。
 ああなんて身勝手で、偽善的で、酷く表面的な言葉。
 けれど、この気持ちは嘘じゃない。
 この、胸が熱くなる気持ちは、愛されていた事実は、支えられていた事実は、偽物なんかじゃない。
 もうそれだけでいい。そう思った。


 最後に、ミルクを飲ませて、泣かない千歳に背中を向ける。
 もう振り返らない。ここには戻らない。
 死体をふみつけないように、ワタシは慎重に歩く。
 外に出たワタシは、死に場所を探す為、一気に走り出した。
 鳥のように、速く。
 足が重くて、飛ぶことは出来ないけれど。

 その日は、とても綺麗な満月だった。



  ■


 ……そう。弱いワタシは、バケモノであることを望んだ。
 だから、誰かからバケモノだと呼ばれても、仕方がなかった。

 ワタシは、あの時死ぬべきだったのだ。
 純粋に夢を信じたまま、殴り殺されていた方が自分のためにも、世の中のためにも良かったのに。バケモノに成り下がったワタシは、死ねずにずっと彷徨い続けていた。
 身体も人じゃなくなっている。大きな怪我をしてもすぐに治って。詰まる所、不死身。
 彷徨っている時は、両親たちを殺した時のように、意識はなくて。……その間、バケモノとして、切り裂き魔として、もっと無関係な人を殺し、傷つけて。

 我を取り戻した時には、記憶をすべて失っていた。



『何してるんー?』


 まっさらな自分。純粋な自分。
 記憶を失くして、ついでに汚れた部分も捨てた先に出会ったのは、そんなワタシ以上に純粋な男だった。
 要と出会ってから。
生前では考えられないことに、幸せを感じるようになった。
 そして、色んなことを経験して、勉強した。ワタシは何も知らない出来ないおバカさんだと落ち込んだ時もあったけれど、要はワタシ以上に物覚えが悪かった……いや、悪くはなかったのだけど。極度の勉強嫌いの様子を見て、ちょっと安心した。
 心強い友人も出来た。優しい恋もした。
 何もかも満たされて、幸せだった。これからも続いてほしいと願ってしまうぐらい。


 ……バカだな。
 記憶を忘れれば、罪はなくなるのか。
 無関係な人を沢山不幸にしておいて、自分は幸せに?
 そんなバケモノに、楽しい日常が送れるわけがない。許されるはずがない。


 現に神は、ワタシを野放しにはしなかった。
 ワタシの元に、使いを送った。
 要に紹介されなくても、一発で判った。成長した千歳だって。
 残酷すぎる使い。思わず逃げ出した。でも、やっぱり神が見過ごすはずがない。もう一人の死の使いを送り込んでいた。


 とても小さな男の子。
 その子は陰陽師だといった。オカルトに詳しくないワタシでも、その存在は知っている。
 彼は、ワタシを「バケモノ」という。その通りだとワタシは思う。
 彼はワタシを祓うという。祓うというのは殺すということだろう。
 他人に迷惑を掛けちゃダメでしょと彼はいう。その裁きは受けなきゃと。


 その通りだと、ワタシは受け入れた。





「……なら、わたしが行きます」


 受け入れた、ハズなのに。


「わたしが、千代ちゃんの代わりに<生贄>になりましょう」


 なんで、ワタシの前に現れたの。
 どうして、あなたがそんなことをいうの。

 突然現れた友人は、自分へ向けられた『脅迫』に一切怖気ずに。
 ワタシを助ける為に、自分の命を掛けると言い出した。


          全部、もう遅いのに


(迷惑な人間が、また他人に迷惑を掛ける)
(もうそんなの、嫌だって思うのに。ダメだって思うのに)

(どうして、あなたたちはワタシを放っておいてくれないの)