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Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.571 )
日時: 2014/10/26 18:07
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

「……諷、こ」
「ほら、行って。早く」


 なんで。
 なんで、そんな。そこまでしてくれるの。
 ワタシのせいなのに。ワタシがしでかしてきたことなのに。なんであなたがそれを被ろうとするの。
 ワタシは、あなたに何にもしてないのに。
 何もしてあげてないのに。——あなたは、ワタシに命をくれるの?
 このまま、諷子の言葉に甘えて逃げる?
 ワタシは、無関係な人を殺しておいて、友達に罪を擦り付けて逃げるの?




 この臭くてガラクタだらけの場所で、無残に倒れた諷子と、それを見ているワタシ——そして、後々から来た健治や要。ふと、そんな状況が頭の中で浮かんだ。そんな中の皆の表情が、安易に想像できた。


 ゾワっとした悪寒と、妙に生ぬるい汗がふいた。
 さっきまで感じていた嬉しさは、もう無くなっていた。




「……出来ない!!」



 恐ろしい考えを取り消そうと、ワタシは叫ぶ。
 感情のままに口を動かした。


「早くやってよ陰陽師!! この人は関係ないッ、ワタシを倒すためにあなたはここへ来たんでしょう!! だったらこの人は関係ないから、ワタシだけを、殺してよ!!」
「千代ちゃん!! ——瀬戸君はどうなるのッ!!」


 ス、と。
 諷子の言葉が、心に刺さる。
 それはいとも簡単に、アイツの能天気そうな笑顔を思い出させた。


「瀬戸君、心配していたんですよ。千代ちゃんが急にいなくなったから、心配して傷ついて悲しんで怒ってるんですよ。それぐらい、瀬戸君は千代ちゃんが大事なんだよ。瀬戸君には、千代ちゃんが必要なんだよ!」


 大事? 必要?

 諷子の言葉が理解できない。
 要は、ワタシが居なくても料理が出来る。洗濯物を畳める。掃除できる。
 アイツは、ワタシが居なくてもなんだって出来るし、一人で生きていけるでしょ?

 何度もアイツの足を引っ張った。
 何時も迷惑ばっかかけてしまった。
 そればかりじゃなく、あんな純粋な存在の傍に、汚れたワタシが居ていいはずがない。

 ワタシが居ない方がいいはずなのに。良いハズでしょ——?



「千代ちゃん、お願い。——瀬戸君を一人にしないで!!」



 ——諷子の言葉は、そう言おうとしたワタシの言葉を封じた。






『行かないで』


 夜、うなされている要の口から漏れた寝言。
 置いていかないで。
 置いて行かれた要が、切実に願っていること。

 一人でも平気? そんなはずがない。


『出て行ってしまうと?』


 ワタシが「もしもワタシがここから出て行く日があったらどうする?」と質問した時に、アイツは、とても悲しそうな顔をした。
 友だちが帰って行ったあと、寂しそうな顔をしているところも、一緒に暮らしてきたワタシは隣で見ていた。
 だから決めたのだ。置いていかないと。

 一度、大切な弟を置いて行ったワタシは、そう思ったのだ。







 ……最低だ、ワタシは。
 結局、要を言い訳にして、ワタシは友達を裏切ったのだ。




            ■


 随分時間は過ぎたはずなのに、夕日はまだ沈んではいなかった。
 生物もいないし、風もない。
 ただ単に、侵入者を拒むだけの結界だと思ったけれど、ひょっとしたら、この結界の中は、わたしたちが住む場所とは違う、異世界なのかもしれない。花子さんの家が、そうであるように。

 真っ赤に燃える星は、『よだかの星』を思い出させる。

 確か、主人公であるよだかは、口ばしが耳まで裂けているんだっけ。まるで千代ちゃんみたいだ。


 よだかは、醜いといわれ、鳥たちに嫌われていた。
 ある日、『自分の名前に似ているから』といって、鷹がよだかに名前を変えるように命令した。よだかは一生懸命拒んだけれど、鷹は『お前を掴み殺す』といって、聞かなかった。
 明日までに名前を変えなければ、あさっての朝によだかは殺される。その猶予の中、よだかは自分の罪を知った。


 罪のない虫を食べていたこと。


 ……そんなのは、罪でも何でもない。
 生きる為に出来上がった因果。けれど彼は、それを罪と思った。
 もしも、それが罪だというのならば、この世で生きている生物は、皆罪まみれなんだろう。


 沢山の人を斬殺した千代ちゃんも罪人。
 千代ちゃんの代わりにわたしを殺そうとする朔君も罪人。
 ……何が正しいか判らなくて、無謀なことをしているわたしも罪人。

 わたしが死ねば、わたしを大切に想ってくれる人たちが悲しむ。

 耕作さんと芽衣子さんは、息子さんを失くしていて。だけど、わたしを娘として受け入れてくれた優しい人たち。
 わたしの大切な友達。愉快で楽しい人たちばかりだけど、皆心の底で、深く暗いものを持っている。

 そして——……一番愛おしくて、一番大切だと思える人。
 わたしが居なければ、彼はダメになってしまう。その事実に、わたしは気づいていた。


 前者の人たちの傷を深くすることになるかもしれない。でも、あの人たちは、立ち直ることが出来る。
 そういう強さを持っていることを、わたしは知っている。だから、安心できる。


 でも、彼はダメだ。ダメなのだ。


 あの人は、わたしの知っている中で誰よりも脆い。
 きっと、わたしじゃなくても、誰かが消えてしまえば、どん底まで落ち込んでしまう人。人の痛みは、他人の痛みと割り切れない人。
 泣いている子供が居れば、同じように悲しんでしまえる人。
 それは長所であって、だからこそわたしは、彼のことが好きになった。

 でも、その長所は時に、どっぷりと彼を依存させる。

 泣いている人につられて泣くだけじゃダメなのだ。
 一歩前を歩いて、支えてあげなければダメなときがある。それは決して薄情じゃない。人を鍛える為に必要な「厳しさ」だと思う。
 それが、あの人はちゃんと理解できてない。