コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.572 )
- 日時: 2015/01/17 18:57
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)
あの人にとって、わたしの存在は特別なもの。これは、自分の自惚れも含まれているけれど、揺るぎない事実でもあると考えている。
あの人には、家族が居ない。
お母さんはいるけれど、お母さんは彼を愛さない。彼を憎み、傷つける。
『恋人』以上に大切な『家族』が、あの人にはない。
ただ、それだけのことなのに。わたし以上に大切なものが、あの人にはないのだ。
他のことに興味がないわけじゃない。
友達を大切にしている。芽衣子さんを頼りにしている。懐に入れた人は後生大切にする性分だと思うし、そうじゃなくても、困っている人は見過ごせない。そうやって、人との出会いを増やしていくことは出来る癖に、どうしても自分を表現できない。
こんなにも、あの人の周りには頼れる人が居るのに、本当の意味で彼を知る人は、今のところわたしだけ。
あの人が自分のいいところ、悪いところを自覚して、それを言葉や行動で表現できるようにならない限り。あの人の大切なものは、いつまでもわたししかいない。
その純粋さが、悲しかった。
他の人なんていらない、そんな風に一途に想ってくれる心に、嬉しいと素直に喜べない自分が、悲しい。
普通なら。自分を表現できる機会を作るのは、ありのままの自分を受け止めてくれる役目は、最初は親が受け持つはずなのに。彼の母親は、それを放棄した。
でも、少しずつ、彼は自分の足で進んでいった。
頭がいい彼は、自分だけが嘆いているわけじゃないと理解した。
これから時と経験を重ね、自分のことを知っていくようになる。それを見ていきたいと思った。一緒に受け止めていきたいと。
わたし以外に大切なものが増えるといいな。
夢とか、希望とか、なりたい職業とか。好きな物、嫌いな物、そういうものを持ってくれたら。
初めて会った時の、死を決した時とは違う、生き生きとした姿を見ていきたいと思った。
でも、もし、わたしが死んだら?
彼は、独りになってしまう。
千代ちゃんの身代わりになって、陰陽師に「バケモノ」と認定され、この世から消されたと知ったら。彼は怒るし、泣くだろう。
でもその感情は、誰に向けられるの? わたしが死ぬのと引き換えに生きながらえる千代ちゃんに? でも、彼は千代ちゃんだけが悪いわけじゃないことを知っているはず。
じゃあ、この朔君に? でも、この子じゃなくても、別の人が千代ちゃんを狩りに来ることも考えられたはずだ。
陰陽師全部だとキリがないし。一体、誰に向けられる?
答えは、すぐに出てしまった。
……もしも、もしも、わたしの考え通りなら。
あの人は、あの人自身を責めてしまうんじゃ————————。
「……ねえ。考え直すなら早めにいってね」
朔君の声が、疑惑や不安でぎっしりと詰まっていた頭に、すっと入る。
動揺も恐れもなく、真摯に彼の言葉を返した。
「考え直しませんよ。わたしは、随分頑固な人間なので。一度いったことを曲げられません」
「頑固っていうか、融通が利かないんじゃない。それ」
「世の中、主張したことをコロコロ変える人間が居るから何時まで経っても平和にならないんじゃないですか?」
「……名言だね」
棘がある言葉を返してしまった。相手は陰陽師といえど、わたしよりも若くて、子供なのに。
それぐらいのことが考えられるくらいは、わたしは今余裕がある。
あれだけ怖かったのに、二人っきりになった途端、わたしたちの距離は随分と縮んでいた。
「君は聖人を気取ってるの? 本当に死ぬ気なんて」
「聖人でもなんでもいいなさい。非難されることをした自覚ぐらいはあるんで」
「……何言っても聞かないって感じだね」
そう。非難されることをしただけある。
『瀬戸君を一人にしないで』
千代ちゃんに向けていった言葉を頭の中で繰り返した。
どの口がいうのだろう。今から、一番一人にしてはいけない人を置いて行くのに。
わたしは、最も大切な人を傷つけるのだ。それが判っていながら千代ちゃんを庇う。
たったそれだけのこと。
それでも、今からわたしは、そのちっぽけなことを行うのだ。
ヒーローは、カッコ悪い
(意地になって守る物なんてたかがしれている)
(だからこそ、守るのかもしれない)
(凄く小さいモノなら、守れるかもしれないから)