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Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.573 )
日時: 2015/03/14 21:15
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: PboQKwPw)

 口裂け女の初めてのデート

 化け物になると、同じことを繰り返すようになるのかもしれない。
 逃げる為に全力で走るなんて、一体何度目だ。
 生憎、この身体になってから、わき腹が痛くなることも、足が疲れることも、息がキツクなることもなくなったけど。
 化け物になってから、痛みというのとオサラバした。痛い目に遭うこともないので、反省しなくなったのだろう。同じことを繰り返すのだ。


 なのに。この胸の痛みは何だろう。
 脳裏をジリジリと焼き付けるように、フウコの姿と、千歳の声を思い出すのは何故だろう。
 焼き付けるような後悔、羞恥。
 それが、私の足を進めさせるのと同時に、引っ張った。


「逃げちゃだめだ」というように。
「フウコを見捨てちゃだめだ」といっているように。

 でも、要のことも、忘れられなかった。
 傍に居たい。彼の元へ。彼の隣に。彼の痛みに触れて、彼の傷を癒したい。愛されたい。愛したい。誰かに強く想われて、誰かを強く想いたい。
 ワタシは、こんなバケモノになっても生きたかったのだ。何を犠牲にしても。みっともなくも。

「千代ッ!!」

 ——あなたのそばで、生きていたいと、想ってしまったんだ。

 電柱の光を頼りに田んぼのあぜ道を走って来た。
 ワタシの名前を呼んだのは、要だった。




「千代!」


 その次に呼んだのは、健治。


「(あ……)」


 すぐさま、フウコを思い出した。
 健治と諷子は、二人で一つ。夫婦のようなにおいを持たせるほど、本当に仲がいい。仲がいい二人しか見てこなくて、そんな二人を呆れながらも、ずっと見たいと思った。
 憧れだった。二人が二人とも大事に想っているのがわかったから。……だけど今なら、その気持ちがわかる。この激しい気持ちが。一緒に居たいという気持ちが叶えられない時、その後の自分が想像できないぐらいの激情を。だからこの二人は一緒に居たのだとわかった。

 そうだ。ワタシは、フウコを身代わりにしただけでなく、今からこの健治も悲しませなければならないんだ。


「……あ……」


 説明しなくちゃ。言わなくちゃ。告白しなくちゃ。謝らなくちゃ。
 口が渇いて、べったりと口内がくっついて動かない。

 要がこちらに向かって走ってくる。雨が降っていたんだろうか。あの世界ではあんなにも夕日が血のような赤に輝いていたのに。ぬかるんだ土が、走る度に要のズボンの裾を汚す。そんなことは気にしない要。多分本気で走っている。でも、ワタシの目には、ゆっくり、ゆっくり、手の振り方から足の踏み出し方まで、はっきりと見えた。

 ワタシは動けない。指先は凍り付くように。首を少し降ることも出来ない。
 どんどん、距離が縮まってくる。
 縮まって、縮まって、縮まって————。


 その距離は、ワタシと要の身体がくっつくほどに、近くなった。
 ——いや、距離なんて、なかった。