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- Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.584 )
- 日時: 2015/08/07 19:19
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: KnTYHrOf)
第九章 それは何も変わらず
「——禁術って、どんなものかわかる?」
千代ちゃんが去って、どれぐらい経ったのだろうか。
決して短くはないでしょう。少なくとも、朔君とわたしの距離が拳一つ分になるまでの時間はあったはずです。
「さあ……禁じられた術ってことですよね?」
そう答えつつも、具体的に何が「禁術」なのかわからないわたしでした。お話では、人を蘇らせてはいけない、人を作ってはいけない、というのがありましたが、後は何が禁術なのかしら。
「人の寿命を変えてはいけない」
朔君はそういった。
「……それが禁術なんですか?」
「勝手に寿命が書き換えられたら、世の中の人口密度が狂って政治が上手く行かないでしょ」
「まあ……そうでしょうけど」
「人の生き死にはお金がたんまり関わるわけだからね。ご老人ばっかで、偏り過ぎないようにしないと」
「だから、わたしみたいに八十年も眠り続けて容姿や肉体が変化していない人間は消されるべきだと考えるの?」
少し意地悪な質問をぶつけてみると、朔君は苦い顔をした。
「……本当に最初は、あなたを消しに行こうとしたわけじゃないんだよ。僕らは口裂け女を退治しに行くつもりだったんだから」
……僕ら?
朔君はいった後、しまった、という顔をした。どうやらいってはいけないことだったよう。
「聞かなかったフリをしますね」
「いや……別にいいよ。僕の双子の妹と一緒に来たっていうだけさ」
「双子の妹?」
「といっても、僕なんかよりずっと賢くて霊力や術の扱いも断然上だけどね」
僕なんか下の下さ、と答える朔君。……朔君の先ほどの態度からして、双子の妹ちゃんというのはどれだけ恐ろしいんだろう。
「後は、人を生み出してはいけない。……これは最近ちょっと違う分類になってきているけど」
「?」
「今は少子化だから。不妊治療や代理出産とかが積極的になってくると、この術の使いどころもあるってこと。寿命を延ばすのは老人を増やすばっかになるけど、子供が増えるのは良い事だからね」
「はあ……今の世の中、ただ子供を増やすだけじゃ意味ないと思いますけど」
医療費、保育園の増設、教育費の負担の軽減。子供がちゃんと育てられる環境でなくてはむりでは。
「僕もそう思うけど。子供を望んで治療している人は、大抵社会的地位もお金もある人たちだから。そういう人たちの子供増やして、ある程度金が増えたら環境を作るつもりなんじゃない」
「ふうん……結構俗世よりですね」
「僕たち術師の組織だもの。お金はあるだけ欲しいさ」
なんだかずいぶんきな臭い感じがする。
俗世よりというか、政府と癒着してそうだなあ。怪しい術を使うというよりも、政策に役に立つ科学を提案しているみたい。話し方も随分現代的で論理的だし。思っていたより、随分違う。
「妖を退治するだけじゃお金になりません?」
「ならないね。本当に。僕らに関しては、報酬すら出ないし」
「仕事じゃないの?」
「仕事じゃなくて、上から命令されてしているだけだから。しなかったら僕たちが消される」
……穏やかじゃない話だ。
まだ小学生ぐらいなのに、この子がまったく無邪気な面を見せないのは、そういう大人たちしか周りに居ないことと、常に試され脅されギリギリのところで生きているからかな。
「だから、あなたでもいいっていったんだ。本音をいうと、あなたじゃないほうがよかった。罪を犯している妖の方が、まだ気楽だった」
「……気が、楽」
「本当は僕だってこんなことはしたくないんだよ。……したくないけど、しなくちゃ」
僕らは、生きていけないから。
朔君の言葉が、深く、深く、突き刺さる。