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Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.594 )
日時: 2015/08/24 17:50
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FInALmFh)




「これは別離じゃないの。つかの間の睡眠。一緒の寝床に居ても、同じ夢は見られないでしょう? そういうことなの」
「意味不明です!」


 ……この間髪入れずの所が、要によく似ているんだわ。フウコはそのことに気づいているだろうか?
 指摘したらどんな顔をするだろう。その考えが過ったけれど、やめた。今はそんなことをしている暇はないし、そうしてやる必要もない。ワタシの胸にしまっておいても、それはそれで面白い。


「なんで……なんでそんなに平気な顔をするんですか」


 フウコはわけがわからない、というような表情で聞いた。
 迷子になった、小さな子供のように。それが、なんだかとっても可哀想で、なんとかしてやりたくなる。
 思わず、フウコの身体を、千歳を抱き上げるように抱きしめてしまった。
 嗚咽交じりに、フウコは必死に言葉を探す。


「わたしだけが、幸せになって、あなたは、いいんですか。千代ちゃんは、千代ちゃんも幸せになりたいと、なんでわたしだけ幸せになるのかと、責めないのですか」


 ワタシは驚いてしまった。
 フウコがそんな風に考えているなんて、思いもよらなかった。


「そんなことを、気にしてたの?」
「だって、だって……」


 言葉にならず、代わりに涙が零れていった。
 フウコは、怖かったのだ。ワタシがフウコを妬むんじゃないかって。それは取り越し苦労なのに。


「あなたは何も、悪いことしてないじゃない。ワタシは悪いことをした。でもだからって、幸せな時を奪われるわけじゃない。罪を償うことは、何も自分を犠牲にすることじゃないのよ」


 だから妬むわけがない。ワタシはなにも奪われてはいないのだから。
 だから気にしないで。出口へ向かって。


「フウコの気持ちは嬉しいけれど、こんなことはしちゃダメなの。ワタシにとってこれは始まりに過ぎないけれど、フウコにとっては終わりになってしまう」


 どうか、生きてほしい。生きて、幸せになってほしい。
 ワタシの大切な友人。ワタシの為に、なにかをしてあげたいと思ってくれた。その気持ちが、ワタシを救ってくれた。
 要も、フウコも、ワタシに前を向く力をくれた。だからワタシは、後ろからあなたたちの背中を押す役目をするの。


 思いっきり、ワタシはフウコの背中を押す。
 彼女の義足は、彼女の意思関係なく踏み出した。


「千代ちゃん——!」


 絶叫に近いフウコの声。けれどその声が、表情が、どうしても愛おしい。

 ワタシも昔、あんな風に泣いたのだろうか? ハツに裏切られたと思った時、山田さんに裏切られた時、両親に最悪の裏切り方をされた時。ワタシも、あのように悲鳴を上げたのだろうか?

 だとしたら、どうして自分自身を慈しむことが出来なかったんだろう。

 きっと本人は、それどころじゃないからだろう。自分を支配する感情があまりにも大きすぎて、それはただの絶望だと思わずにはいられないから。



 だけど、どうか気づいて、生きているあなた。それが、大切な宝物だっていうことに。


「どうか、元気で——」


 ワタシはフウコを不安にさせないように、精一杯笑って見せた。
 だけどどうしても、涙が止まらなかった。

 今まで自分を許せなくて、それが悲しくて悔しくて何度も泣いた。
 更に泣く自分も許せなくて、必死に涙を流さないようにした。そうしてまた惨めになった。
 でも要と出会ってから、自分は嬉しくても泣くことを知って、少し自分を許せるようになって、ワタシはワタシを好きになれた。
 それは、一番良かったこと。



 ふっと、『よだかの星』を思い出した。
 醜いよだかは、最後は願い通り星になった。けれどあの時、ワタシにはこの物語の真意が判らなくて。ただの、不幸な話にしか聞こえなかった。
これがよだかの幸せなのかな。判らない。一緒に過ごしたいと願っている弟たちを振り切って、死にに行くなんて。そんなにも、名前を変えることは耐えきれなかったの? それとも、自分の醜い姿に? または、自分の生きてゆく為の『罪』に辟易していたの?

 ワタシには、良く判らない。
 もし、そうなった時。ワタシに、判るだろうか。何時の日か、きっと——。



 判った。今わかった。
 判ったから、こんなにも幸せ。
 生きている上で、一番幸せになれた。


         よだかの星になった少女


(炎は燃えていく。口が裂けた『少女』を燃やし尽くすために)
(それを見ていた元幽霊少女は、力が抜けたように座り込んでいた)


(彼女を支えていた義足は、『少女』と一緒に燃えていった)