コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 臆病な人たちの幸福論【罪と罰】 ( No.598 )
- 日時: 2016/01/02 19:00
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: lOah4y4E)
終章 泣き虫な文学少年と、憂鬱な平凡少女、臆病な元幽霊少女の
終わりは始まりにすぎない。誰がそう、いっていた。
それは本当のことで、小学校が終われば中学校生活が、それが終われば高校が、更に進むと大学が、果てには社会生活が始まる。
だが、必ずしも、終われば始まるとは限らないものがある。
例えば、恋。一つの恋が終わったとしても、また別の恋が始まるなんて保証はない。それでも、大抵の人は失恋したのち、すぐに他の恋人を作っている。保証などなくても、かなりの確率で当たる出来事がこの世にはあるのだろう。そういう事実があるから、論理的に考えることをせず、行き当たりばったりで進む人間がいる。——それはまあ、とりあえず置いておく。今はその話ではない。
では、命の終わり……「死」の先には、何があるのだろう。
天国へ行くのだろうか。地獄へ行くのだろうか。はたまたは、また別の命に生まれ変わるのだろうか。
残念ながら、俺は死んだことがないので、その先のことなどわからない。
ただ、「死」を迎えた人間のことは、良く知っている。
そいつは、命を大切にしてないわけじゃなくて。
人のことをどうでもいいとか思う人間じゃ、絶対になくて。
だけどそいつには、俺が理解できない部分があった。
俺は自分の命、またはそいつの命が危うい時。どんなことをしても、その命を守る。
その原因を作っているのがナイフを持った犯罪者なら、俺は手元にある銃の引金を躊躇いなく引くし、
その原因を作ったのが津波だとしたら、俺は他の誰かがしがみついている浮輪を真っ先に奪うだろう。
俺には、自分の命とそいつの命以外、大切なものがないのだ。
だけど、そいつは違う。
例え犯罪者に、こめかみのところを銃で突きつけられたとしても、津波が来て顔がやっと水中から出るぐらいの状態になっても、そいつは犯罪者を殺すことなんて出来ないし、誰かから浮輪を奪うことも出来ない。
誰かを殺すぐらいなら死ぬ方がましだ、と考えるような奴なのだ。死ぬことを怖がるような奴じゃないのだ。
だから、誰かの命の引き換えに、自分の命を捧げてもおかしくない。
「死」を一度迎えたから、怖くないのだろうか?
……それとも、これは俺が男で、そいつが女だからだろうか。
■
今日は新月。朔の日。だから星が良く見える。
降るような星空。あまりにも美しくて、これは絵に描かなければならないと、自分の芸術魂に火が付いた。
ランプ型の伝統を照らし、色鉛筆とスケッチブックのみを持ってきて、アスファルトの上に座る。今日は父の帰りも遅い。文句をいう人がいない為、晩ご飯は後にすることにした。
冷えた外の空気。でも、上着を着るのはやめておいた。少しだけ、と自分に言い聞かせて、早速スケッチする。
秋の四辺形、アンドロメダ座、うお座、三角座、牡羊座。
隕石でも落っこちてきそう。
太古の恐竜たちが滅びたように、今すぐ世界が終わりそうだった。
何時かこの命も終わる。だけどその前に、世界が終わったらどうしよう。
明日、世界が滅びたらどうしよう。
そんなとんでもないことを、小さい頃はよく考えた。その度に不安になって、押し入れの中で泣いた。
それも昔の話だ——……そう思っていたのに。
「なんか最近、センチメンタルになってんなあ」
あたしはまだ流れる涙を拭って、一人呟いた。
少し前までは、泣くことも笑うことも、滅多にしなかったのに。
頭の中は、とにかく父の晩御飯と、無事に卒業すること、その後の就職のことしかなかった。
早く大人にならなきゃ。その為には、とにかく先のことを考えて、しなくちゃいけないことをしていかなきゃ。
未来に不安しか抱かないから、足はよく竦んでいた。その足を切りつけて脅し、馬にするように鞭を打った。傷だらけの足は一歩ずつ前に進んでいた。
今あたしが不幸なのは、過去のあたしが無思慮だったせいだ。——悪いことがあると、そう思わずにはいられなかった。あの時、ああしていればよかったのに。張りつめた神経は、あたしの心を追い詰めた。
今頑張らなきゃ、就職見つけられなくなる。そうなったら、人生真っ暗。本気でそう考えていた。
ずっと、絵を描く職業に就きたいと願っていたのに、それを心の奥に閉じ込めていたのは、絵描きという職業に未来はないと思ったからだ。少なくとも、あたしは絵を描くのが好きなだけで、仕事としての才能はないと思っていた。夢を持つのはいいことだけど、現実が伴わないなら意味がない。それよりも、普通にOLになって堅実に働くべきだと考えた。
普通。皆が同じことをする。それなら、食いはぐれる危険性も低いだろう。
残業もあって、上司からも叱られて、今以上に色んな事を考えなくちゃいけなくなるだろうけれど。皆がやっていることだもの、あたしに出来なかったら、あたしは立派な社会人にはなれない。
色鉛筆を置いて、ずっと星を見上げていた顔をおろした。
ため息をつく。我ながら、この追い詰め思考はなんなんだ、と思う。
今なら、なるようになるっていうことを知っているから、尚更だ。
今年の春。色んな事があった。ありすぎて説明を省くけれど、結局あたしは、絵を捨てきれていなかったことを知った。
だから、冷え切っていた関係であった父に頼んだ。
——あたしを、美大に行かせてください。
卒業したら、まず普通の仕事中心に生きてみる。大学にかかったお金はそれでちゃんと返す。でも、絵描きになることは諦めない。必ず両立してみせるから、お金をください。社会人になる前に、もう少し猶予をください。もう少しだけ、夢見る子供でいさせて、と。
父はその日は答えなかった。だけど、その一週間後、自分が通っていた美大のオープンキャンパスに連れて行ってくれた。
受験に関する講座を聞いていた時。あたしは、今まで大学受験をすることすらも考えていなかったことを思い抱いた。
なのに、今から勉強して、間に合うだろうか?
まるで心を読んだかのように、父はあたしにいった。——浪人する選択肢も、考えていいよ。
その時父は、かなり長い猶予期間を、あたしにくれたのだ。