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- Re: 臆病な幽霊少女【第三章 パート3更新!!】 ( No.76 )
- 日時: 2013/07/03 08:36
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: l6pfUsAS)
昼頃になって、そろそろ飯にしようという話になった。
本来、見舞いや看病の人たちは食堂で食べるのがルールなのだが、美雪さんたちが話を付けてくれて、俺達はここで食べていいことになったのだ。
この病室には、何とキッチンもトイレも風呂も和室すらもあって、中々豪華な部屋である。俺達は食堂メニューを頼んで、和室で何時も昼食を済ましていた。
その時、フワリ、と桜の花びらが飛んでくる。
窓際には、もう散り始めていた桜の木があった。
「もう、桜散ってしまうね」
杉原が、残念そうにいった。
「……そんな直ぐに、フウが起きるなんて甘っちょろいこと考えていたワケじゃないけどさ」
「うん?」
「見せたかったなあ、桜」
アイツは、桜が好きだから。
そういうと、「そっかあ」と杉原もいった。
「せめて、写真でも撮っておくか?」
「そうだねぇ……」
そこまでいいかけて、杉原は突然、ガバ! と立ち上がった。
「うわ!? どした?」
「……そうか、桜……でも、アレ扱うには……。
ええい!! 女は度胸!!」
いきなり立ち上がったり、ブツブツ呟いたり、叫んだり。何か怖い。
「三也沢君!!」
「へぇい!! なんすか!!」
「あたし明日から、この病室にこれないから! 今日はもう帰るね!!」
「え」
「また明々後日学校で!!」
詳しい事情を聞く暇もなく。
杉原は、台風のように過ぎ去っていきました。
「……なんだったんだ、一体」
◆
「若いというのは、とても素晴らしいものだねえ」
健治たちが居る病室を、向かい側の病棟から見守っていた人陰がいた。
一人は、白衣を着た、温厚そうな老人。もう一人は、紫の着物を着た、白髪の老女。そしてもう一人は、杏平であった。
「子供から、大人へ。その加速するスピードは、本当に瞬くほど短い。その間に、子供はより多くの知恵と力を身につけ、旅経っていく。
この歳になると、時間がゆっくりに感じていくからねえ」
「……院長。あれは……」
「うん。もうそろそろだね」
院長と呼ばれた白衣の老人は、薄く笑みを浮かべたままいった。
「院長。俺は今でも反対です」
対して、杏平は険しい顔つきで、院長を睨むようにいった。
「あんなやり方、あまりにも危なすぎて、賛成なんかとても出来ません。美雪だって、あんなにも反対していたじゃありませんか」
「だが、美雪君は今日ここには来ていない。自分は関与しないが、黙認するという意味だと私は思っている」
院長の言葉に、杏平はグ、とのどを鳴らす。
何せ、目の前に居る人物は、うん十年もの医師をやってきて、沢山の人間を救い出してきた。そんな人間を目の前に、まだ医者にもなっていない杏平が言い返せることは出来ない。
「僕はね、患者には、一人の英雄が必要だと思っている。
確かに、患者には大勢の助けが必要だ。それは直接的でも、間接的でもある。
けれど、それはただ上から手を差し伸べているだけ。殻に閉じこもっている患者は、縮こまって下しか見えない。すると、上にある手は、見えないんだよ。——それを諭す英雄が必要だ。その為には、英雄は患者と同じ地に立たねばならない」
「だから、どん底に落すっていうんですか!?」
荒げた声が、静寂な空間を裂く。
その声は、廊下の隅々まで木霊した。
自分があまりにも失礼な態度をしたと気付いた杏平は、俯いてスイマセン、と小さな声で詫びる。
「そもそも、人間の命というのは、他人が干渉してはならないものだね? それは倫理的に正しいだろう。
けれどわしは、どんなことがあっても、例え患者が死を望むのだとしても、必ず患者を救い出してみせる。後遺症は出さない。その後のケアも、心も、全部纏めて救い出す。
差し伸べた手に差し伸ばさないなんて、罪悪にもほどがある。そして、振り払ったにも関らず、ぐだぐだと悩みもがくのは、見ているほうは見苦しいし、吐き気がする。そんな奴に自分の正義をうんたらかんたらと、述べられたくもない。
偽善だといわれようが、押し付けがましいといわれようが、これは私の正義だ。今さら変えるつもりはない」
厳しい言葉を、真摯に満ちた口調で放つ院長に、杏平は一言も返せない。
そんな様子を、千年など軽く超えた老女は見守る。
目元では穏やかな笑みを浮かべたまま、けれど口元は吊り上げて笑っていることを、老女は隠さなかった。
前進する文学青年と、加速する環境
(様々な人物が、たった一人を救い出すために交差する)
(それぞれ、違う価値観を持ちながら)
(さて、サイコロの目は一体、どの数字を出すだろう?)