コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 臆病な人たちの幸福論【参照七〇〇・八〇〇突破更新!!】 ( No.87 )
日時: 2012/11/13 18:28
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)

間章


 声が去って、何秒ほどでしょうか。

 突然、わたしの視界が明るくなったような気がしました。

 ——といっても、相変わらずわたしが住む世界は、真っ暗だけど。

 ほら、瞼を閉じていても、強い光はわかるでしょう? それと同じ感覚。

 ……死んだわたしに、そんな感覚があるなんて、思っても居なかったけれど。


 その後、わたしは沢山のモノを感じた。

 フワリ、と土の匂いがした。

 暖かい空気を感じた。

 ……桜の花の、匂いがした。


 沢山の人の声が、聞こえた気がした。


 あの『声』に抱きしめられてから、わたしはどうかしている。

 そんなモノ、感じることなんて出来ないはずなのに。

 死んでいるのだ、死んでいるハズなのだ。

 どうして、今さらそんなモノ……。






 ——フウ。






 え?





 ——フウ……なのか?






 知っている声が聞こえた。

 何処かで望んでいた、声が聞こえたその時、誰かが、わたしの手を握った。

 知っている温度だった。

 ケンちゃんだ。そう自覚して押し寄せてくるのは、恐怖と、何かが崩壊する音。

 どうして、ケンちゃんの声が聞こえたり、手を握ったとか、そもそもなんでケンちゃんが居るとか、それには疑問を抱きませんでした。

 すっと喉を通るように、わたしは理解できました。



 ——え——……このひ——。



 声が聞こえる。

 女の子だ、知らない声。


 後二人ほど、聞きなれた声がある。男女の声。

 眩しい光を感じたときから聞こえる声だ。





 ——宮川諷子。大正生まれの——で、結——亡——った——と、——ていた。



 あ、女の人がわたしのことを話し出した。

 ああ、確かわたし、大正生まれだっけ。殆ど昭和に近かったからなあ。

 にしても、何だか聞きづらい。







 あ、そっか。耳塞いでいるからだ。








 わたしは気になって、耳を覆っていた手をとった。

 取ってしまった。










 そしてわたしは、聞きたくない事実を、聞いてしまう。



























 何処かで、この世界が崩壊する音が聞こえた。

























 ——……嘘だ。

 わたしは、そう思い込みたかった。


 けれど、耳に入ってくる声は、嘘をついていないでしょう。

 あまり難しいことは判らない。けれど、理屈抜きに理解してしまうこの体質が、今では憎かった。


 わたしは死んでいる人間だと、ずっとずっと思っていた。

 ……いや、思いたかったに近かったのかもしれない。




「(……そうだ、そうなんだよ)」





 ……気付いた。気付いてしまった。




 わたしは、本当は生きたくなかったんだってことを。







 憧れならあった。夢もあった。

 楽しそうな学校生活、外での娯楽、友だちつくり。

 何時かは叶えるんだって、そう何度も焦がれた。

 けれど、もう嫌だ、という気持ちもあった。



 病気は治る、と夢を描いた。

 でも、こんなに苦しいならいっそのこと、とも思った。


 生きたいと思ったこともある。でも、死にたいと思ったことだって何度もある。

 ……その言葉、何回も何回も、ケンちゃんにいっていたのに。





 何で忘れていたんだろう。なんてことは思わない。






 わたしは、怖かった。

 周りの人間や自分の生い立ちを、憎むことが怖かった。

 そんな醜い自分を見るのが嫌だった。


 けれど、もっともっと怖かったのは、こんな醜い自分を知られてしまうのが怖くてたまらなかった。





「(ああ、そうだ。わたしは、思い込んでいたんだ)」



 そうやって、幸せだと思い込んで、自分を誤魔化し続けた。

 そうやって、諦め続けた。でも、憧れや夢を捨てきることは出来なくて。


「(幽霊だって、ケンちゃんに知られることが怖かったのもある。嘘をついてばれたのが怖かったのもある。ケンちゃんが離れていくのが怖かったのもある。でも、一番は)」



 彼に、わたしの理想を押し付けていたから。

「死ぬ権利なんて無い」とかいって、自分を奮い立たせ、誤魔化そうとしたから。




 そうなんだよ。

 ……助けて貰いたかった。

 こんな悲しいところから、抜け出したかった。

 でも、醜いところは見られたくなくて、自分を誤魔化して、偽って。

 吹っ切れたとかいって、本当は納得していないのに、演技して。

 でも、何処かで気付いて欲しいとか、そんな甘えた考えを持って。





 わたしは既に、自分を見失っている。

 何がいいたいんだろう。どうしたいんだろう。

 判っている。本当はここから抜け出したいことぐらい、生きたいことぐらい、判っているんだ。

 でも。


 怖い。




 どう転んでも、怖い。

 耳を塞いでいた手をとったら、沢山の声が聞こえやすくなった。ならばきっと、わたしが目を開けば、わたしはこのまま生きれるでしょう。

 たったそれだけなのに、怖い。


 なのに、手放すことも怖い。

 だって、耳を塞げばこれ以上聞かなくてもいいのに、聞きたいと感じてしまっている。




 だったらこのまま、堕ちて朽ちていこう。

 生きたい、死にたい、と思い摩擦を感じながら、本当の死まで待とう。

 臆病な心を持った弱いわたしが、人を傷つけた償いには丁度いいかもしれない。






 ああ、もう。何したいのかなあ、わたしは。

 本当に、どうしようもないほど臆病者だ。




                   加速する環境と、目を塞ぐ臆病少女




(閉じこもったままでは救われない)

(そんな当たり前の公式は、きっと素直に使えない)