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- Re: 臆病な人たちの幸福論【第四章 パート1更新!!】 ( No.96 )
- 日時: 2012/11/15 21:05
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)
◆
「あー、そりゃ反射だね」
「……反射?」
聞き覚え、というか、見覚えのある言葉だった。本やネットで、昏睡状態のことを調べたときに見た言葉だ。
昏睡よりも軽い意識障害のことを、昏迷というらしい。昏迷の人は、何らかの強い刺激を与えると、一瞬だけ目を覚ましたりするそうだ。
昏睡状態の人は、それよりもっと重度で、痛覚などはあっても、それを回避しようとする反応は失われているらしい。だが、そんな状態でも原始的反射運動、例えばさっきのように、動いたりすることはあるらしい。
つまり、目覚めたわけではないのだ。
「……そう、ですか」
「そう気を落さんな」先生が、ポンと肩を叩いてくれた。
「意識障害で最も重いときは、反射すら出来なくなる。それが出来たってことは、ちゃんと目を覚ます見込みがあるってことだからね。
それに、キミが看病する前は、反射なんて殆どなかったんだ。キミのお陰だよ」
そうして、先生は、俺の頭を撫でてくれた。
まるで、孫を可愛がるかのように、撫でてくれた。
その様子に、俺は素直に、はい、というしかなかった。
その様子に先生が、また何かあったらいってくれ、といい残して、病室を去っていった。
◆
何時もは八時ギリギリまで居るが、最近は何だか寝不足がちなので、今日はちょっと早めに切り上げることにした。
春とはいえ、夜は寒い。冷たい風が、額に触ってくる。鬱陶しい前髪が、視界を遮ってくる。今の俺は、多分不機嫌な顔をしているだろう。
「……何だか、不甲斐ないなあ、俺」
手を握って、話しかけることしか出来ない。
そんな不確かな方法でしか、助ける手立てはないのだ。あの先生のように、医学知識も技術も持ってない。
……なんて無力だろう。
そう考えると、胸の辺りがむしゃくしゃした。
家に帰って真っ先に風呂場に行き(もう既にご飯は病院で食べて来たからだ)、上がって水を飲もうとリビングに行くと、そこにはバカ母が居た。
座っているバカ母は、手元にア●ヒビールの缶を持って、俺に向ってニヤニヤと笑っている。
気色悪い。俺は極力目を合わせないようにした。
「ねえアンタ、最近植物人間の看病しているんだってぇ?」
何処で知った。この言葉がのどまで出てきそうだった。
だが、一応バカ母もあそこに勤めている医者だったことを思い出す。精神科とは別の専門なので、一度も会わなかった。
まあ、それはどうでもいい。バカ母は、ヘラヘラと笑いながら俺に絡んでくる。
「バッカじゃないのぉ〜。殆ど死体に話しかけるとか、アンタこそ精神科にいったほうがいいんじゃなぃー」
「……」
「ひょっとして、冷蔵庫にも話しかけてるのかなァ〜? プ、おっかしい〜。
昨日見てみたけど、あんな子、すぐ脳死になるわよ。無駄だってこと、そんなことも判らないの? バッ」
バンッ!! と、俺は机を叩く。その振動でコップが少し浮んだ。
ビク、と、バカ母が肩を揺らした。
酒を飲んで酔ったのか、顔を真っ赤にして、くしゃくしゃに歪んでいる。怒っているような、泣きそうな顔だ。そう、赤ん坊が泣き喚く一歩前のような。
「……何よ、逆らう気?」
震えた声でそういうが、俺は無視して自分の部屋へ戻った。
電気をつけずに、真っ暗のままベッドへ滑り込む。そしてそのまま、布団にもぐりこんだ。