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- Re: *愛迷華* (実話) ( No.74 )
- 日時: 2013/05/27 18:13
- 名前: 絵磨 ◆VRtMSlYWsU (ID: 3JMHQnkb)
- 参照: パソコン重いぃぃいいい!?←
第三十七話『雨と静寂』
しばらくして——。
雨の音と混ざるように、誠の自転車のブレーキ音が聞こえた。
「……誠」
誠は、制服姿だった。
白いワイシャツはすっかり雨に濡れて、透けている。
「……よ」
誠が口を開くと、彼の濡れた髪からも水が滴った。
私は誠に近づき、俯く。
「……」
お互い、無言。
この沈黙が重くて、気まずくて。
胸が、苦しくなる。
そう思いながら目を伏せた時、誠が茶色い袋を突き出してきた。
「——……これ」
「……え?」
顔を上げて、誠を見る。
そして袋の中に目を落とすと——……。
「……アイロン……?」
誠に貸してた、ヘアアイロン。
誠は癖毛を気にしていて、髪を真っ直ぐにするために私がヘアアイロンを貸していたのだ。
「返す」
雨の中、これだけのために?
こんなにびしょびしょで、
こんなに寒いのに。
こんな恰好で、わざわざ……?
「……それとさ、」
「なに……?」
「ネックレス。あげたやつ。返して」
その口調は棒読みに近くて。
……誠の声に、覇気がない。
私は目を見開き、再び顔を上げる。
「……なんで?」
「別れたんだから、もういらないしょ」
誠はそう言い、小さく口角を上げた。
私は気が付けば、
「……やだ……」
そう、呟いていた。
「——……なんで?」
今度は誠が目を見開く。
一瞬唇を噛み、もう一度口を開いた。
「使わないしょ、もう」
使わない。
確かにもう、使わないかもしれない。
だけど付き合ってた時に買った、お揃いのネックレスは大切な思い出だ。
その思い出を返して、どうなる?
もらったものを返して、どうなるの?
「やだ……! 私のもらったものだもん……」
私は誠を睨むようにそう言い放つ。
数秒、沈黙が流れたが——。
誠の溜息で、それは破れた。
「……仮に復縁することなくてそのまま別れたままだったらさ、どーすんの。それ」
「それでもとっておくよ。私のだもん」
相変わらず声に覇気がない誠に対し、私は駄々をこねる子供の様に言い返す。
なんだか泣きそうになりながらも、ちゃんと誠を見つめる。
すると再び、沈黙が流れた。
今は雨降ってるから仮に泣いてもわかりづらいとか、
でも泣かないって決めたとか、
そんなくだらないことを沈黙の間に考えていた。
「……わかった」
沈黙を破ったのは、再び誠だった。
仕方ないけど、誠の冷たい表情。
「……ごめんね」
震える私の情けない声。
「なんも」
誠の冷たい態度。
雨の中でもわかるそれに、私はしっかりと唇を噛み締めた。
後悔なんて、しない。
この原因を作ったのは、私なんだから——。
「——……じゃあ、それだけだから」
「え、」
誠が背中を向けると同時に、私は再び目を見開いた。
……アイロンのためだけに?
わざわざ?
こんなに濡れてまで?
「……依麻」
誠は背中を向けたまま立ち止まり、私の名前を呼ぶ。
きっとこれで、彼が私の名前を呼ぶのは最後。
雨音にかき消されそうな声でも、私はしっかりと誠の声を耳に響かせた。
「——もう」
誠は首だけ振り向かせ、私をちらりと横目で見る。
「今の俺には、何も言えないわ」
誠はそう言い放ち、顔を背けて素早く自転車に乗った。
「じゃ」
「え、誠——……」
雨音だけが、辺りに響く。
きっと私の声は、もう彼に届いていない。
聞き返そうとした時には、もう誠の姿はなかった。