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コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- [1] ( No.5 )
- 日時: 2012/11/23 19:36
- 名前: 成瀬 緋由 (ID: G0MTleJU)
自然の独特な香りが、少年は好きだった。
具体的には、グラウンドで野球少年が普段何気なく吸っている、湿った土で醸し出された青春の香り。
しかしながら、彼はどの部活にも貢献していない。
そんな彼が何故、その香りを堪能出来るのかというと、故に雨が降る直前になると、不思議と感じるからである。
雲一つない青々とした空を、彼こと天野悠人はしかめっ面で見つめていた。
————うわ……近いうちに雨が降る。
ぐっしょりと身の回りの物を濡らしておきながら素知らぬ体で去って行く雨を、悠人は毛嫌いしていた。
かといって、
「梅雨が大嫌い」
——という訳でも無いのだが。
「頼むから……今日だけは、勘弁してくれ……!!」
悠人は、黒く短い前髪を苦虫を噛み潰したような顔で掻き揚げた。雨が頻繁に降るこの季節に限って、うっかり傘を忘れてしまった自分自身を、心底恨んだ。
閑静な住宅街の狭苦しい路地に、深い溜め息が空しく響いた。そして、重々しい足取りは徐々に速度を上げていく。極端に薄い、紺の学生鞄が勢いよく跳ねては沈んで……を繰り返すと共に、息が上がって身体が熱くなる。
「——悠人、早すぎ」
静かにぴしゃりと言い放った親友の声を背中で聞きながら、冗談めかして笑ってみせる。
「青春って、そういうもんだろう?」
「全くもって意味が分からない」
半ば呆れているような返しに、悠人は思わず噴き出した。
そう笑い飛ばさなきゃ……この理不尽な世の中をやり過ごすことなんて不可能だ。
駆け抜けていく青春を。
たった一度きりの、今を。
謳歌したい————全力で。
悠人は、そんな少年だった。
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