コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

[3] ( No.25 )
日時: 2012/12/09 23:19
名前: 成瀬 緋由 (ID: G0MTleJU)

 どこかで鴉が啼いているのを聞きながら、悠人は息を呑んだ。
 目先の遥は、うんざりしたような顔で、倒れた自転車を見つめていた。下唇を軽く噛み、彼女は深く溜め息をついた。そして、ハンドルを掴んで起こそうと試みる。しかしながら、重い自転車は僅かにしか宙を浮かない。
 助けてあげないと。
 心の中では、結論が出ていた。ただ、足の動く気配が全くなかっただけで。
 時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。

「————何してるの」

 振り向くと、そこには紺と赤の格子模様が織り込まれた黒のスカートに、同じく黒のブレザーと濃い赤色のネクタイをきっちりと着こなした、悠人の親友こと梁瀬惟月の姿があった。青白いその表情は硬く、半目であった。
「っ」
 瞬間、悠人は目を逸らした。
 惟月はそんな彼を一瞥すると、
「怪我はありませんか?」
 とすたすた遥に歩み寄り、自転車のサドルに手を伸ばした。
「ありがと」
 遥はそっとやや柔らかく笑った。
 彼女に、対してかどうかは分からない。

「——大したことじゃありませんから」

 惟月ははっきりと、そう呟いた。
 二人から顔を背けていた悠人の肩が震える。
 その言葉は、あまりにも不甲斐ない自分に辛辣なまでに突き付けた、現実そのものを表してたように思われたからである。
 悠人は目をこれでもかと強く瞑った。自転車を起き上がらせ、持ち上げようとする重そうな音だけが聞こえてくる。
 再び開けた視界の隅。
 ちらりとこちらを見る遥の姿が、見えた気がした。
「柚木さん、今日中に仕事は終わらせておきます」
「あ、うん」
 遥は視線を惟月に戻して頷いた後、張った鞄を肩から提げ直し、校舎へと向かっていった。
 直後、

 悠人の心に、安堵感が広がった。

 何故かは、分からない。