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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.100 )
日時: 2014/04/03 22:50
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)

 少年には黒い影が見えていた。
 人間にまとわりついたり、背後でじっとしていたり、黒い影は様々なことをしている。
 だけど、決して悪いものだとは思えなかった。人間たちはそれに気づいてない様子で、影をまとってどこかへと歩いていくのだから。

「なあ」

 少年は、その影が何であるか知りたかった。
 だから、訊いてみた。

「……あの黒い影って、一体何だ?」

 ——そこからの記憶はない。プッツリと途絶えてしまった。

***** ***** *****


「……ぁ」

 目が覚めたら、そこは自然の天井が広がっていた。
 つまりは青い空。白い雲。すげえ美しい。キレイキレイ。なんて言っている暇ではない。

「ここどこだっ! あ、河原か!!」

 昴はガバッと目が覚めた。そうだ、河原だ。自分は河原で倒れたのだ。
 では何故? 何故河原で倒れていたのか。首を傾げて考えてみるが、よく分からない。前後の記憶があいまいなのだ。どうしたものか。
 すると、背後で気配を感じた。普段から死神を相手にしているヒーローだけあって、バッと振り向いて反射的に拳を握る。戦闘準備はOKだ。
 背後に立っていたのは、黒いパーカーにフードを被った少女——山本雫だった。

「お前か……」

「いきなり倒れたんだからね。介抱してあげたうちに感謝しなさいな」

「へーへー、ありがとうございましたー」

 適当にお礼を述べた昴の横を、赤い弾丸が通り過ぎていく。いや、さすがに昴もさっきのお礼の言い方だとムカつくけど。
 ここはもう真剣に感謝した方がいいのかもしれない。何故なら、相手は宿敵の東翔ではないからだ。

「ありがとうな。何かしたか、俺?」

「別に何も。うなされてもいないよ。死んだように眠っていただけ」

 雫は隣に腰かけると、「飲め。奢りだ」と昴へミネラルウォーターのペットボトルを投げてよこした。
 素直にペットボトルを受け取った昴は、キャップをパキッと軽く開けた。冷たい水が喉を通り過ぎて行って、心地がいい。

「……ねえ、一体何があったの? もしかして、ヒーロー様は幽霊の類が苦手とか?」

「……苦手というか、物理攻撃が効かない相手とはどうやって戦ったらいいのか、よく分からなくて、だな……」

 そうだ。そうなのだ。
 昴が気絶した理由は、まさにそんなところである。
 自分の拳が効かない相手には、強気に出ることができないのである。
 まして、彼は幽霊という存在を信じていない。妖怪なら殴ってでも服従させるのだが、幽霊は別だ。専門の職業ではないと祓えないし、倒せない。
 ここで霊的スペックでもあればよかったのだが、あいにく一般人(とはだいぶかけ離れているが)の椎名昴にそんなラノベ要素は持ち合わせていないのだ。いや、すでに怪力がラノベチックなのだが。

「……へー、いいこと聞いちゃった。あの死神に言ったらどうするの?」

「確かにあいつに関しては最大の強みだよなぁ」

 だってあいつ、死神だもん。死者とか召喚できるに決まっている。
 そうなったら非常に面倒くさい。倒せる気がしないし、多分気絶すると思う。

「それにしても珍しいね。昴はヒーローだから、てっきり霊的スペックを持っているかと思ったけど。普段から見えないの? うちは見えるのに」

「普段から本当に見えない。何にも見えない。見えたためしがない」

 残念だけどな、と昴は肩をすくめた。
 こちとら10歳以前の記憶がないのだ。昔はあったかもしれないが、今はどうなのか知らない。
 いや、今はとにかくこの背後にいるだろう黒い影をどうにかしたい。

「なあ、山本雫。お前はこの後ろにいる黒い人間はどうにかできないのか?」

「できないなぁ。うちはあくまで精神を攻撃するからね。あくまで人間を対象としているんだけど……幽霊まではさすがに無理かなぁ」

 畜生、雫でも処分できないとは。
 ムゥと昴は唇を尖らせて、この先の対策を考える。
 やはりプライドを何もかもを捨ててあの死神に祓ってもらうか、このままこの黒い人間と共存していくか。

「よし、俺、こいつと生きるわ」

 前者をコンマ1秒で捨て去った昴だった。よほど嫌か。
 雫は驚いたように、フードの下にある藍色の瞳を丸くした。

「いいの? 祓ってもらったらいいんじゃないの?」

「あのクソ死神に頼んだら、体まで焼けるかもしれない。ぶっちゃけまだ死にたくないしな」

「だったら早くにその幽霊を祓った方がいいぞ。何か危うい雰囲気がする」

 ————あれぇ? 第3者の声が聞こえたなぁ。
 昴は頭に装着しているヘッドフォンを1度外して、耳をほじる。そして頭を掻いて、大きく伸びをしてから立ち上がった。右拳をしっかり握り、背後に立つあの馬鹿な死神に振りかぶる。

「いきなり背後に立つんじゃねえよ幽霊がしゃべったかと思っただろうがぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「心優しい死神様が幽霊を祓ってやるから大人しくしてろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 今日も白鷺市では犬猿の仲の2人が喧嘩してます。