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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.103 )
日時: 2014/05/08 22:39
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)

 という訳で。
 やってきた場所は、黒焦げの家の前である。見事な1軒家だったようだが、今は見るも無残な姿となっている。屋根は焦げ、壁は焼け禿げ、床はすでにない。雑貨は炭となっている。
 ここで自殺をしたのだろうか。何故そんなことを。
 真っ黒焦げになった家の前に立った昴・翔・雫の3人はそっと息をついた。

「何で自殺なんかしたんだろうな……」

「それについては分からん。さすがにリストにも書かれていないからな」

 真っ白なリストには、男の名前と死因が書いてある。住所はここで間違いないようだ。
 家族は妻と娘が1人。彼女たちは生きているようだが、この町にはいないようである。わざわざ会いに行く必要性も感じられない。

「……さて、その黒い人間を削ぎ落すか……」

「おい、俺に鎌の刃を向けてくるな。どうするつもりだよ、首をはねるのか?」

 思わず自分のうなじを守ってしまう昴。
 翔は「違う」と否定した。今回は昴の命を狙うことはないようだ、よかった。

「そういう憑き物は、現場に行けば剥がれ落ちやすい。現場で元の姿に戻ったりするものだぞ」

 ほら、動いた。翔がポツリとつぶやいた。
 ふらりと昴の背後に張りついていた黒い人間が、真っ黒焦げになった家の中に入っていく。張り巡らされた黄色いテープも潜り抜けて、スタスタと入っていくではないか。犯人は現場に戻るって本当だったんだ。
 ちなみにこの人間は、昴には見えていない。全く見えていない。え、何が入って行ったの? 程度です。翔と雫しか分かりません。

「テメェに憑いてきたものだから、テメェでどうにかしろよ」

「どうにかって、どうやって? 俺、何も見えないんだけど?」

「あ」

 忘れてたと言わんばかりの翔の反応である。めちゃくちゃ殴りたい。
 思わずグッと拳を握ったところで、翔の「まあいいか」という適当な発言があった。さらに殴りたくなった。本当に拳を振り抜きそうになったが、理性で耐えた。
 だって今幽霊と戦える奴って、翔と雫しかいないもの。特に翔は、その幽霊を燃やして『転生不可』にさせちゃうことだって可能だもの。
 テープを潜り抜けて、焦げた床を土足で踏みつける。傘立ても、玄関を飾っていた花も、スニーカーも革靴も、全て炭となって床の上を転がっていた。悲しくなった。
 幽霊の進撃はまだ続く。
 黒焦げの廊下を抜け、黒焦げのキッチンの横を通り過ぎ、黒焦げのダイニングで動きを止めた。皿は割れ、カップは砕け、ソファは焦げ、何もかもがめちゃくちゃだった。

 そのダイニング——ソファにもたれかかるようにして、何かの死体があった。

 性別は分からない。が、かろうじて『人間』であるのは分かる。頭があり、腕があり、腹があり、足がある。口だろう穴はポカンと開かれたままで、目は判別できない。
 おそらく、これが昴の背後でストーカーをしていた男だろう。

「……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 突如として、黒焦げの人間が叫び始めた。頭を抱え、天井をふり仰いで、ただ叫ぶ。その叫び声は、ガラスに爪を立てたような嫌な音を奏でた。
 翔と雫は顔をしかめて耳を塞ぐが、その後ろに控えていた昴は2人の様子を見て「?」と首を傾げた。何が聞こえるのだろう、一体。
 悲しいかな、何も聞こえないのである。霊感0って悲しいね。

「クソが……ッ!」

「うるさっ……! 耳が痛い!」

「なあ、何が聞こえてるんだ? よく耳を澄ましても車のエンジンの音しか聞こえない」

「「お前は黙ってろ」」

 翔と雫の2人からバッサリと切り捨てられたので、昴は黙ることにした。お口チャック。

「おい、この野郎。叫ぶのをやめろ、鬱陶しい」

 翔が叫ぶ黒い人間へと一喝した。
 その途端、ピタリと叫びが聞こえなくなる。代わりに、ぶつぶつと呪詛のようなものが吐き出された。

「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」

「あ、ダメだ聞いてねえわ」

 ていうか呪詛がマジで怖いガチで怖い。本気にしないでね。
 しかし、ここまでの悪霊をどうして昴が引っ付けてきたのか。翔は不思議だった。
 翔が言ってしまうのもあれだが、昴は意外と明るい性格をしているのである。幽霊が好むのは本来、『陰』の気なのだ。昴はその正反対の『陽』の気を持ち合わせている。普通ならこの悪霊は、昴の気にあてられて強制的に成仏となっているはずだ。
 だというのに、こいつはここまでの悪霊を張りつけて平然としていた。一体何なのだろうか。

「……クソが。うるさい」

 翔は鎌を横へ薙いだ。
 黒焦げの男の足元から下が、ごっそりと刈り取られる。男の「ぎゃぁぁぁぁ」という断末魔が、翔と雫の鼓膜を震わせた。こいつはうるさい。
 さっさと地獄へ放り込んでやろうとしたところで、黒い人間のかすれた声が言葉を作る。



「た、な、と、す」



「黙れ」

 冷たく言い放った翔は、そのまま魂を燃やしてしまった。あのまま転生させたところで魂が汚れきっているので、いい人間としては生まれないだろう。
 それにしても。
 翔は雫へと目をやると、彼女はコクリと頷いた。

「確かに聞こえたよ」

「あぁ」

 たなとす、と。
 あれは一体、何を意味するのだろうか?








 何も聞こえていなかった少年は、男が消える最期のその瞬間。
 そっと笑みを作った。