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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.107 )
日時: 2014/06/12 22:48
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)

「あぁクソが、何でよりにもよって……」

 深夜2時を回った頃、死神の東翔は己の住処への道をたどっていた。
 ガシガシと黒髪を掻き、気だるげに欠伸をする。死神だって眠くなるのだ、仕方がない。そこは普通の人間と同じである。
 今日の狩りは特に大変だった。どこかでテロか事故でもあったのか、大量に狩りを行わなければならなかった。しかもその魂ども、逃げる逃げる。追いかけるのに体力を使った。
 それにしても。
 何であんな大量に魂がいたのだろうか。

「……人間どもの事情など関係ない」

 翔は舌打ち交じりにつぶやいた。
 ふと顔を上げれば、もうすぐそこに古びたアパートがある。隣の部屋の電気は消えているが、自分の部屋の電気はついていた。悠太でも起きているのだろう。
 隣で寝ているだろうあのポンコツヒーローを腹いせに起こしてから帰ろうか。いや、よそう。罪のない奴らもあそこに寝ているのだ。

「戻ったぞ」

 大人しく自分の部屋の扉を開ければ、いつもは飛び込んでくる暁や、「お帰りなさい」と顔を出してくる悠太がいない。ゴロゴロしているはずの出雲もいない。
 いるのは、


「よう、翔。お元気にしてた?」


 ヒラリと手を振った、銀髪碧眼の少女。長大な刀を抱え、にっこりと翔へ向かって笑みを投げてくる。
 だが、全身からあふれんばかりの殺気はごまかしようがない。

「……ユフィ……リア」

「そうだよー。処刑人の『ユフィーリア・エイクトベル』ちゃんだっちゃ」

 語尾に「☆」がつかんばかりにキャピッとした喋り口調。
 翔は反射的に鎌を構えていた。
 この少女は危険すぎる。自分にとって、危険だ。この場で早急に始末しておかなくてはならない。赤い鎌を握る手に、自然と力がこもった。

「……何故、ここに」

「んー? まあ、正直言って上司からの命令的な。いやー、アンタって何か隣の人間ぶっ殺すのに手こずってるらしいじゃん? あ、それは関係ないけどね」

 銀髪碧眼の少女——ユフィーリア・エイクトベルは長大な刀を抜いた。
 刀身が薄い青をまとっている。鋼が織りなす青ではない、水のように透き通った青である。刻み込まれた蓮華と水滴の美麗な模様と青が、美しさを増長させていた。

『ユフィーリア、さっさとしないと隣の人間にもばれちゃうよ? 空さん、あんまり戦いたくないしー』

「いや、戦うのはアタシだから。つーか、空華。刀のくせに生意気言うなよな」

 飄々とした口調で話し始めた刀を、ユフィーリアはブルンッと大きく振るう。青い軌跡が、翔の目の前を通り過ぎた。
 かろうじて切られてはいないが、翔と刃の距離は数センチほどだった。証拠として、翔の前髪が少しだけ宙に舞う。

「何故、俺を攻撃する……! 他の奴らはどうした!!」

「先に地獄へ行ってるよ。さあ、翔……もう逃げられないよ。アタシがこの場に出てきた時点で、アンタの負けは決まっていた」

 ユフィーリアは青い刀を、翔の眼前へ突きつけた。


「————大人しく、地獄へついてこい」


***** ***** *****

 おかしい。非常におかしい。
 今日の学校で、無遅刻無欠席無早退だった翔子が休んだ。理由は不明、家に電話をかけてみても連絡が返ってこないようだ。
 ちなみに昴——否、すみれもメールをしてみたのだが、翔子からの連絡は一切ない。いつもなら即レスで返ってくるはずなのに、だ。
 おかしい、非常におかしい、ものすごくおかしい。

「むむむ……」

 バイト先のカフェでうんともすんとも言わない携帯電話を眺めながら、昴は唸り声を上げた。
 テリーが今日はジャンと一緒にお茶をしているので、幸いにもこちらには話しかけられない。だが、バイト中に携帯を気にするのは如何なものか。勤務態度悪すぎやしないか。

「椎名、そんなに携帯を見つめてどうした」

「いや……好きな子が、学校休んで」

「え、お前って学校行ってたの」

「行ってますよ!?」

 店長から失礼な言葉が与えられた。なんてこったい。
 昴は沈黙している携帯を見つめてから、ため息をついた。そして大人しく携帯をしまう。
 どうしてしまったのだろうか。

「あ、椎名。今日は早めに店を閉めるから、あの人たち追い出して。もう3時間は座ってる」

「了解しました。オラ、テリーさんとジャン!! お前ら出てけ!」

 乱暴すぎる。
 ついでに捨てるはずの段ボールが第3宇宙速度で大気圏を突破した。



 アパートに帰ってからも、何か静かだった。大体は隣に住んでいるあの女顔死神——東翔がうるさいのだ。主にパンツを盗まれたと。
 ここのところはパンツは盗まれていないようだが、はて、今日はどうしてこんなに静かなのだろうか。翔がうるさくなかったら、同居人の加堂玲音がうるさいはずなのに。主にメアリーのことに関して。
 薄い壁1枚しかないので、隣の会話の内容はよく聞こえてくるはずだ。だが、今日は聞こえてこない。意識して聞いても聞こえない。

「……何だ? ついにくたばったか?」

 食中毒? いや、ありえない。
 毒物というか劇薬マイスターの小豆は、同居人の飴ちゃんと一緒に石動誓の家へ泊りに行っている。橘理人もどこかへ行ってしまった。この部屋にいるのは昴だけである。

「……ちょっと見てみるか」

 昴はサンダルをつっかけて、隣の部屋のドアを叩いた。あまり叩きすぎると吹っ飛ぶので、控えめに。
 コンコンコン、とノックが3つ。
 しかし反応はない。

「おーい、クソ死神。生きてるかー? 死んでるー?」

 死んでいたら死んでいたで問題なのだが。昴が殺そうと思っていた奴を、よくも殺しやがってとか思う。
 すると、ギィィとゆっくり扉が開いた。
 現れたのは黒髪を三つ編みにした少女だった。瞳は血のような紅で、前髪に十字架のピンが刺さっている。表情は無である。

「……誰」

「メアリーか。あの死神は?」

「隣のヒーローね……翔はいない、みんないないの」

 フルフルとメアリーは首を振った。
 いない? どういうことだ?

「仕事?」

「違う」

「じゃあ何」

「連れてかれた」

 ハァ?



「死神に、地獄へ、連れてかれた」