コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.118 )
- 日時: 2014/07/25 22:58
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: wkmZWb4j)
「あぁクソが、何でよりにもよって……」
深夜2時を回った頃、死神の東翔は己の住処への道をたどっていた。
ガシガシと黒髪を掻き、気だるげに欠伸をする。死神だって眠くなるのだ、仕方がない。そこは普通の人間と同じである。
今日の狩りは特に大変だった。どこかでテロか事故でもあったのか、大量に狩りを行わなければならなかった。しかもその魂ども、逃げる逃げる。追いかけるのに体力を使った。
それにしても。
何であんな大量に魂がいたのだろうか。
「……人間どもの事情など関係ない」
翔は舌打ち交じりにつぶやいた。
ふと顔を上げれば、もうすぐそこに古びたアパートがある。隣の部屋の電気は消えているが、自分の部屋の電気はついていた。悠太でも起きているのだろう。
隣で寝ているだろうあのポンコツヒーローを腹いせに起こしてから帰ろうか。いや、よそう。罪のない奴らもあそこに寝ているのだ。
「戻ったぞ」
大人しく自分の部屋の扉を開ければ、「お帰りなさい」と顔を出してくる悠太がいない。ゴロゴロしているはずの出雲もいない。
いるのは、
「よう、翔。お元気にしてた?」
ヒラリと手を振った、銀髪碧眼の少女。長大な刀を抱え、にっこりと翔へ向かって笑みを投げてくる。
だが、全身からあふれんばかりの殺気はごまかしようがない。
「……ユフィ……リア」
「そうだよー。処刑人の『ユフィーリア・エイクトベル』ちゃんだっちゃ」
語尾に「☆」がつかんばかりにキャピッとした喋り口調。
翔は反射的に鎌を構えていた。
この少女は危険すぎる。自分にとって、危険だ。この場で早急に始末しておかなくてはならない。赤い鎌を握る手に、自然と力がこもった。
「……何故、ここに」
「んー? まあ、正直言って上司からの命令的な。いやー、アンタって何か隣の人間ぶっ殺すのに手こずってるらしいじゃん? あ、それは関係ないけどね」
銀髪碧眼の少女——ユフィーリア・エイクトベルは長大な刀を抜いた。
刀身が薄い青をまとっている。鋼が織りなす青ではない、水のように透き通った青である。刻み込まれた蓮華と水滴の美麗な模様と青が、美しさを増長させていた。
『ユフィーリア、さっさとしないと隣の人間にもばれちゃうよ? 空さん、あんまり戦いたくないしー』
「いや、戦うのはアタシだから。つーか、空華。刀のくせに生意気言うなよな」
飄々とした口調で話し始めた刀を、ユフィーリアはブルンッと大きく振るう。青い軌跡が、翔の目の前を通り過ぎた。
かろうじて切られてはいないが、翔と刃の距離は数センチほどだった。証拠として、翔の前髪が少しだけ宙に舞う。
「何故、俺を攻撃する……! 他の奴らはどうした!!」
「さぁね、この部屋にきた時にはすでに人はいなかったよ。さて、翔……もう逃げられないよ。アタシがここに出てきた時点で、アンタの負けは決まっていた」
ユフィーリアは青い刀を、翔の眼前へ突きつけた。
「————大人しく、地獄へついてこい」
***** ***** *****
ワンコインヒーロー(500円しか稼ぎがないヒーローのことを示す)の朝は早い。
携帯のアラームを最速で止め、寝ぼけ眼を覚ます為に冷たい水で顔を洗う。同居人である橘理人はエロ動画見ながら寝落ちしていたし、劇薬マイスターの小豆は押し入れに『頭隠して尻隠さず』状態で突っ込んでいた。いやもう文字通り。
目と頭がさっぱりしたところでTシャツとジーンズに手早く着替え、ヘッドフォンを頭に装着する。ぐるぐると腕を回してから、古びた木製のドアを押し開けた。
ギィ、という少しの摩擦音。次いで朝の爽やかな空気が頬を撫でる。
「ッシ!! 今日もバイト頑張りますかー」
ヒーローは今日も己の生活を守る為にバイトをする。
ちなみに毎朝の新聞配達から昴のバイトは始まるのである。
理人と小豆を叩き起こして押し入れの住人であるリィーンに如雨露で水をやり、ポチに猫の缶詰をやってから喫茶店のバイトへ出た昴。
ちなみにポチ「……ようやっと……普通の飯にありつける気がするわぁ……」なんて遠い目をしていたので、また小豆の実験台にされたのだろう。いい加減トイレとお友達になってもおかしくない。
「おはようございまー……ブッ!」
「おはよう昴、それ試作品を作ったんだが食え」
挨拶した瞬間に、何やら口に甘いものを突っ込まれた。ふわふわとしたこの触感——甘すぎないクリーム——ショートケーキか!!
もぐもぐと咀嚼してから飲み込み、「甘すぎないショートケーキですね、これ」と素直な感想を述べた。
目の前でケーキを突っ込んだ張本人である女性は、「そうか」と頷いてにっこりと笑った。ちなみにその手、次のケーキであるタルトが握られている。
「じゃあ次はこれな」
「待って、待ってください店長。次なるケーキを突っ込もうとしないでください」
「何をお前。店長の試作品のケーキの味見ぐらい付き合え。ほら口を開けろ」
「ちょ、やべ、待って口の中にまだショートケーキがもがもが」
問答無用でフルーツ盛りだくさんのタルトを突っ込まれた昴。危うく窒息しそうになった。
この女性——名を朝倉ひなと言うのだが、まあとにかく笑顔で昴をこき使う。こき使うというか、こうやって理不尽なこともやってくる。
口の中のケーキでいっぱいにして、さながらリスのようにもぐもぐする昴。口の中がパサパサしてきた、コーヒー飲みたい。そう思ったが口には出さなかった。ひなに何をされるか分からないからである。
「……これを新たに売ろうと思うのだが、お前作れるか?」
「レシピがあれば余裕で」
「言ったな? じゃあロスが出ないように自分で計算して自分で作って自分で売れ」
「理不尽!? 俺が馬鹿な事を知っているでしょう!! ロスが出ないようにするのはアンタの仕事だ!!」
ほら理不尽な命令だこの野郎。悪態をつきたかったが、ここの喫茶店は時給が高い。辞めたくないし、辞めさせられたくない。
なるべくならこの店長にかかわりを持ちたくないのだが、これも仕事のうちである。上司が嫌な奴なんてざらにいる。
さてバイトの支度をするか——とスタッフルームへ入ろうとしたその瞬間だった。
「椎名昴ッッ!!」
ドアベルが激しくガランガランと鳴って、紺色の髪の男が飛び込んできた。
息を切らせた男は、今まさにスタッフルームへと入ろうとしていた昴の肩をガッと掴む。別に敵意があった訳ではない。ただ掴んだだけだ。
「えと、悠太?」
憎きあの女死神——東翔の側近である瀬戸悠太だ。何故彼が昴のバイト先まで、こうしてわざわざ走ってきたのだろうか?
「翔様知らねえか!?」
「え?」
「いらっしゃいませ、お客様ぁ」
あ、忘れてた。
昴と悠太を引き剥がして、にっこり笑ったひな。その手に持っているのは試作品のショートケーキとタルト。
「バイトに手を出すのはやめてもらえませんかねー?」
——ケーキ爆弾が悠太の口に炸裂したのは、3秒後のことだった。