コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.125 )
- 日時: 2014/10/05 23:35
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 0qbHtJn6)
「マジでやるのか?」
「マジですよーマジです。だって、死んでもらわなきゃ——地獄に行けないでしょう?」
——いや、それって完全に字が違くね?
冷や汗を流し苦笑いを浮かべる昴が最後に(最期に)見たのは、死神が満面の笑みで鎌を振り上げているところだった。
ちなみにその後ろで控えている悪魔は、己を助けることなく、ただただ両手を合わせていた。合掌てか。ふざけんなコラ。
視界が暗転して、目覚めた先に広がっていたのは毒々しいほどに赤い空だった。
一瞬夕焼け? と勘違いした昴だったが、そういえば悠太の野郎に殺されたんだったと思い出す。しかも笑顔で。しかも笑顔で。
「あのクソ死神の仲間め……生きて帰ったらブッ飛ばしてやる」
とりあえず宇宙の果てだな、火星だな、と昴は1人でつぶやいていた。
地獄と言っても、昴が見てきた白鷺市となんら変わらない。ビルがあり、町があり、道があり、川や自然がある。何の変哲もない、普通の町ではないか。
ただ、通行人と店に並べられている商品が何とも言えないのだが。
「安いよ安いよー、死者の目玉が12個入りで300円!! これは安いよ」
「毛髪いりませんかー? 頭にかぶせるとすぐに馴染む妖怪毛髪はいりませんかー?」
「お前、この前何人殺した? 嘘だろ、そんだけ? 俺なんかなぁなんと!! 200人も殺してんだぜすげぇだろ」
「ママー、新しい鎌がほしいー。この鎌の奴、空飛べるんだよー」
地獄である。会話だけ聞いているともはやキチガイ以外の何ものでもない。
昴は「うぇ」と顔をしかめながらも、あの憎きクソ死神を助ける為に地獄を突き進んだ。突き進むしかなかった。
しかし、その足を止めたのはとあるニュース番組だった。ニュース番組って地獄にもあるのかい。
『昨日捕らえられた炎の死神である東翔の処刑についてです』
薄型テレビに映る男性ニュースキャスター(頭から角が生えてた)は、手元の紙を淡々と読み上げる。
その前には人だかりができていて、昴は問答無用で人混みを割って1番前までやってきた。
テレビの画面にさらに小さな画面があり、そこには黒髪に赤みがかった茶色い大きな瞳を持つ少年が映っていた。隣にいるのは銀髪碧眼の、大太刀を持った美少女である。
少年が膝をついているのは、何かの塔の上だった。スタジアムの真ん中に建てられたその塔は、あらゆる方向につけられたカメラの注目を浴びていた。
「……翔……」
画面の中の少年は、見たことがないほどに無表情だった。
昴は、翔のそんな表情は見たことがなかった。何故そんなに無心でいられるのかが分からなかった。今から殺されるのに、処刑されるのに、彼は眉毛1つとして動かしていなかったのだ。
「あー、ついにこの死神さんも殺されるんだねぇ」
「!!」
昴の隣でテレビを見ていた、年老いた鬼がつぶやいた。
瞬時に反応した昴はガッシリと鬼の肩を掴むと、ガクガクと揺さぶる。「おおおおおお」と鬼から悲鳴が上がるが、そんなの知ったことか。
「どういうことだよ、何であいつが殺されるんだよ!?」
「おおおおおおおお前さんちょっと落ち着けけけけけけけ」
「あ、悪い。取り乱した」
ガクガクと揺さぶり続けられた鬼は、げほげほと咳き込んでから理由を話し始める。
「あいつは異端なんじゃ」
「異端?」
そういえば、何度か聞いたことがある。
——煉獄にいたと。
「あいつって、煉獄にいたんだよな? 何でだ? 何で煉獄にいたんだ? 煉獄って何するところだ、どんなところだ? 教えろ!!」
「分かった分かった、1度にいくつも聞くでない。……煉獄というのは異端者を閉じ込めておくところじゃ。
異端者っつーのは、能力を持つ死神のことさ。たまーにいるんじゃよ……そういう奴が。そういう奴は煉獄に閉じ込めておいて、発狂させて、そして自害していくのが常じゃった。
だが東翔だけは違かった。あ奴は正気を失うことなく色のない世界に居続け、そして観念した上層部の死神どもは奴を『一時的に』解放し、処刑を執り行う準備をしておった。
処刑というのが——全てを作り変える『転生』じゃ」
「てん、せい……あいつがあいつじゃなくなるのか?」
「そうじゃな」
年老いた鬼は首肯した。
翔が翔ではなくなるって言ったら、一体何になる? 誰になる?
以前、昴が正気を失った時に見た偽物の翔になるのか? 昴に笑いかけて優しくなるような、そんなアホな翔になってしまうのか?
想像しただけで鳥肌が立ってきた。恐ろしい。
と、ここで誰かが声を上げた。
「——おい、こいつ。人間じゃねえの?」
ビクリ、と昴は肩を跳ね上げる。
「こいつ人間だ」
「人間が何でいるんだ」
「刑場から抜け出てきたのか!?」
「始末しろ」
「殺せ」
やっべぇ、これやっべぇ。昴は思った。
実は悠太にきつく言われていたことがあったのだ。
地獄の住民に、己の存在をばれてはいけないと。まさかのばれてしまうという事実。
否、ここで怖気づいてどうする。画面の向こうには何故か金髪美女が映り込んでいて、『ハニーじゃんけん☆じゃんけんほいっ!! チョキの人、今日はラッキィ!!』なんてアニメ声で言ってやがる。思わずチョキ出してしまった昴である。
「……いやぁ、ばれちゃうとは仕方がねえな」
昴はニヤリと笑った。笑って見せた。余裕の笑みだった。
そしてガッシリと近くにいた親切にも自分に煉獄のことを説明してくれたおじいちゃん鬼を掴むと、大衆に向かって投げた。左腕1本で。
大勢の鬼や亡者を巻き添えにして吹っ飛んだおじいちゃん鬼は気絶し、昴は「ごめんじいちゃん!!」と心の中で謝罪した。
「クソ、こいつ暴れやがった!! 死神呼んでこい!!」
「いや、処刑人つれてこいよ!! あいつらは死神よりも強いだろ!!」
「どっち呼んできたって同じだよ」
地獄の住人は知らなかった。知る由もなかった。
画面の向こうで処刑されそうになっている死神と、この少年は戦っていたのだ。
現世でヒーローと呼ばれた少年は、まぎれもなく死神と同レベルの強さを誇っていた。
足元に落ちていた石を拾い上げて、昴はただ笑う。
「じゃ、大人しく吹っ飛ぼうか」
第三宇宙速度でブン投げられた石を合図に、昴は大衆へ襲いかかった。
***** ***** *****
ユフィーリア・エイクトベルは不思議に思っていた。
何故処刑するはずの自分に、何の説明もないのだろう。上層部は何をしているのだろう。
集められた上層部および死神たちをぐるりと眺めて、ユフィーリアは跪いた翔を見下ろした。
生温い風に黒髪が揺れる。翔は表情1つ動かさずに、その場にただ膝をついていた。俺様な翔からは考えられない姿である。
「……このまま死を受け入れるんだね」
「運命だからな」
翔の答えは変わらずだった。
右手に握られた黒鞘を握りしめたせいで、空華が悲鳴を上げる。「ごめん空華」と謝った。
「ユフィーリア・エイクトベル。これが原稿だ。間違えずに読めよ」
「あーい、分かってますって。いくら昔馴染みでも手加減なんかしませんよ」
ユフィーリアは上司から渡された原稿用紙に目を走らせる。
そこに書かれていたのは、『転生』の儀式についてだった。
ハッと碧眼を上げ、ユフィーリアは上司へ食って掛かる。
「どういうこと? 処刑じゃないの? 転生って……翔は翔じゃなくなるの!?」
「そうだ。こいつには、全てを忘れてもらう必要がある。その為にはお前の『切断術』が必要なのだ、ユフィーリア」
「っ……」
転生に必要なのは、転生対象となる者の体——器である。
ユフィーリアには魂のみを切断する術がある。その術で翔の体を切れば、翔の心は消え去り、新たな心が翔の体に入ることで新たな『東翔』ができる。
だが、その方法だとこの俺様な翔は消滅してしまうのである。
「命令が聞けないのか」
「クソが……」
上司を睨み、ユフィーリアは舌打ち交じりに言葉を吐き捨てる。
すると、ユフィーリアの下の方から声が上がった。翔だった。
「ユフィーリア、構わない。俺様は十分に生きた。だが、心残りがある。貴様がそれを果たしてくれ。俺様からの最期の願いだ」
「……何よ、それ」
こいつは、早くもあきらめようとしているのか。
だが、ユフィーリアに翔は救えない。どうあっても。この場で力を振るったとして、死ぬのは目に見えている。すでに籠の中の鳥なのだ。
「——誰も、誰もこいつを助けようとは思わねえのかよッッ!!」
ユフィーリアの声が、赤い空に響き渡ったその瞬間だった。
ドンッ!! と遠くの方で轟音がした。
雲がはじけ飛び、何かがこちらに向かって降ってくる。しかもピンポイントでユフィーリアと翔の方に。
ユフィーリアは反射的に空華を抜き放ち、降ってくる何かを叩き切った。それは拳大の石だった。
「な、にこれ……」
「あいつか」
唖然とするユフィーリアとは裏腹に、翔は笑う。
「馬鹿がきたか」