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Re: お前なんか大嫌い!! ( No.126 )
日時: 2014/10/17 23:14
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: vfLh5g7F)

「ウォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!」

 怒号。そして轟音。
 それらをまとって、椎名昴は市街地を走り抜ける。それはもう、人間とは思えない速度で。
 大地を踏み砕かんばかりに駆け抜け、風はびゅうびゅうと耳元で鳴く。人間が出す速度じゃない速度で、昴は走っていた。
 ヒーローの昴だからできることである。————ちなみにその速度、新幹線と同等の速度を叩きだしていた。

「待てぇぇぇぇぇ!!」

「追いついてみろぉぉおおおおおおおおお!!」

 背後の方で死神どもの怒号が叩きつけられるが、それ以上の声で跳ね返す。
 誰もこの速度に追いつけやしない。追いつけるものなら追いついてみろ。こちとら一時を争うのである。
 だが、それを遮る勇気ある者がいた。昴に煉獄が何たるかを説明してくれた、あのおじいちゃん鬼だった。昴の行く方向に通せんぼをして、声を張り上げる。

「行かせぬぞ!! この先へ、人間は!!」

「ごめんおじいちゃん、少し邪魔!!」

 昴はおじいちゃん鬼に謝っておきながら、本気のグーパンチを叩き込んだ。グーパンチというより、それはラリアットだった。
 新幹線がよぼよぼの鬼の体にぶち当たり、おじいちゃんは血みどろのお空へ放物線を描いて飛んで行く。キラン、と遠くで星となり、ぼんやりとおじいちゃんの笑顔が見えた。合掌。
 鬼にぶつかったところで、昴の体が傷つく訳がない。スピードを落とさぬまま、道を突き進む。
 昴からさらに距離が開いたところで、死神たちの唖然とした言葉。

「……あいつ、本当に人間か? 追いつかないんだけど……」

「いや人間だろ……生命数も問題は、ないと……」

「でも、あんな人間がいて、たまるか……」

 そう思うのも仕方がないだろう。
 何せ、昴は毎日あの死神と戦っていたのだ。死神と同格——否、それ以上かもしれない。
 奴も普通の死神ではないのだ。全てを焼き尽くす炎『地獄業火』を操る死神——当たり前のように普通の死神とは違う。
 だが、昴はそれでも戦ってきた。どちらが勝って、どちらが負けたか分からない。あいつと協力したことも数知れない。——結論から言って、並大抵の奴が昴に勝てる訳がなかった。

「はっけぇぇぇぇぇん!!」

 見えてきたスタジアムの壁。
 何人もの死神が、鬼が、不思議な姿をした生物が、昴めがけて攻撃を仕掛けてくる。
 昴はそれら全てをかわし切り、そして——

「邪魔!! DEATH!!!!」

 手近にいた女の鬼にラリアット。ロケットのように飛んで行き、仲間を巻き込んで女の鬼は星となった。合掌。
 悲鳴と怒号と指示の声が聞こえてくる。飛んでくる攻撃を回避し、昴はスタジアムへ駆け込んだ。さながら車のドリフトの如く、ギャギャギャギャッッ!! とカーブして止まる。
 広々としたスタジアムの中央に聳え立つ鉄塔。その上には、銀髪碧眼の少女と——昴の望んだ死神の姿があった。

「何故ここにきた」

 その死神が、昴へ問う。
 もちろん、昴の答えは決まっていた。

「お前をぶっ殺すのはこの俺に決まってるからだろ」

***** ***** *****

 スタジアムの外が喧しい。同時に、スタジアムの中もざわめき始める。
 ユフィーリアも「何事か」と赤い空を見上げていた。誰しもが予期せぬ事態に慌てていた。
 ——たった1人を除いては。

『ユフィーリア……翔、笑ってるよ』

「……何か知ってんの?」

 跪いて処刑を待つ炎の死神——東翔。彼だけが、うろたえる死神の上層部を、処刑人たちを眺めてただ笑っていた。
 ユフィーリアは眉を顰め、彼に問いかける。
 彼は何か知っているのかもしれない。もしかしたら、翔の部下が助けにきたのかも。だとしても、無駄である。ただの死神が、ユフィーリアに敵う訳がない。
 空華の柄を握りしめ、「答えろ」と命令する。

「いや、なに。馬鹿がきたか、と思ってな」

 なるほど、貴様がくるとは珍しい——翔はポツリとそう落とした。
 彼は何か知っている。この騒がしい原因を知っている。
 即席で組まれた原因の鎮圧部隊が、スタジアムから飛び出した。ユフィーリアは呼ばれなかった。彼の処刑があったからだ。
 しかし、鎮圧部隊として飛び出したものは、30秒ほどで空を飛んで行った。こちらに近づいてくる原因に吹っ飛ばされたのだ。

「ねえ、誰がくるの?」

「馬鹿だな。馬鹿で、阿呆で、間抜けで、お人よしで——だが強くて、面白くて」

 一拍置いて、翔は告げた。


「俺様の大嫌いな奴だ」


 ————ギャギャギャギャッッ!!!
 スタジアムの床を削りながら滑り込んできたのは、茶色の髪の少年だった。幼い顔立ちのせいで、中学生ぐらいに見える。ヘアバンドのように装着されたギアつきのヘッドフォンが実に特徴的だった。

「何故ここにきた」

 翔はその少年に問いかけた。
 少年は、当然とでも言うかのような口調で答えた。

「お前をぶっ殺すのはこの俺に決まってるからだろ」

 面白い。
 この少年は、面白そうだ。
 そう考えたユフィーリアは、自然と動いていた。鉄塔からヒュッと身を落下させ、華麗に着地を決める。誰かがユフィーリアを止めたが、彼女には届いていなかった。

「翔を助けにきたの?」

 ——この少年は、きっと翔を救ってくれる。
 ——己を倒し、きっと。

 ユフィーリアはその願いを込めて、空華を引き抜いた。黒鞘から青い刀身が現れる。
 少年は笑った。

「一応な。処刑なんてさせてたまるかよ」

「じゃあ、アタシを倒しなよ。アタシが翔の介錯人だ」

 大太刀を構え、名乗る。

「——ユフィーリア・エイクトベル。処刑人です。よろしくね」

「椎名昴です。ヒーローです。よろしくされてやる」