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Re: お前なんか大嫌い!! ( No.130 )
日時: 2014/11/22 21:36
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: zCMKRHtr)

 暗く、引き込まれそうな双眸がユフィーリアを射抜いた。
 ゆらりと幽霊のように立つ、目の前の少年。今まで戦っていたヒーローとは打って変わって、さながらそれは——。
 化け物のようで。

『——あの子、一体何者、なの?』

 空華の言葉で、ユフィーリアは攻撃を仕掛けた。否、仕掛けなければいけないと思った。
 攻撃せねば、死ぬのはこちらである。かつて誰かが「戦わなければ勝てない」と言ったように、攻撃しなければ死ぬのだ。
 青い刃が美しい軌道を描き、少年の上を滑る。だが。

「————」

 少年は無言で、右腕を振った。
 その瞬間だ。
 ユフィーリアの手の中にあった、空華が吹っ飛んだ。

「!?」

 くるくると回りながら飛んで行き、ざっくりと遠いところの地面に突き刺さった空華。慌ててユフィーリアは空華を取りに駆けだすも、少年の動きの方が早かった。
 瞬きの速さでユフィーリアの横に現れ、回し蹴り。少女の細い肢体は、宙を舞った。
 ざわつく観衆。彼女の上司も、同僚も、部下も、悲鳴を上げる。何とか四肢に力を込めて立ち上がろうとしたところで、少年の腕に阻まれた。
 子供らしい未発達の腕。その細腕のどこからそんな力が出るのか分からないが、簡単にユフィーリアの体は宙に浮く。胸倉を掴まれたのだ。

「あ、ぐ、ぅ」

 圧迫される喉。呼吸が苦しくなる。
 腕を振りほどこうとユフィーリアは手足をばたつかせるも、その力は及ばない。

「   」

 不意に、少年の口が動いた。
 唇が紡いだ音のない言葉は、確かにこう告げていた。
 ——ころせ、と。
 ユフィーリアの背筋に寒気が走る。殺される。彼女の直感はそう告げていた。平素は死を恐れないユフィーリアだが、この時ばかりは彼の手ずから与えられる死に恐怖した。
 死を覚悟した、その時だ。


「おい、クソヒーロー」


 観衆のざわめきも、処刑人たちの悲鳴も、その声が響き渡った瞬間にピタリとやんだ。同じように少年の力も、緩められる。
 硬い地面に尻を打ちつけ、ユフィーリアは顔をしかめた。だが、解放されたと分かって、すぐさま立ち上がって空華に飛びつく。青い柄にしがみつけば、空華の泣き出しそうな声。

『大丈夫だった、ユフィーリア!?』

「あー、あー、……一応平気だよ、死にそうにはなったけど」

 喉の調子を確かめて、空華を抜くユフィーリア。
 しかし、攻撃をすることはなかった。
 処刑場に、熱気が生まれたからだ。

 その場にいる全ての者が、その炎を目撃した。
 争いの中で生まれた、紅蓮。渦を巻いて、毒々しい赤い色をした空をも焼き焦がさん勢いで、火柱が上がる。それを操っているのは、1人の少年だ。
 赤い鎌を掲げ、死神は不敵に笑んだ。炯々と光る赤い双眸が、三日月を描く。

「さあ、椎名昴よ。この俺様が相手してやる。だから——」

 今ここで、くたばれ。


***** ***** *****

 時をさかのぼって数分前。昴に異常が発生した頃。
 翔の処刑は忘れ去られ、昴の処理に周りが追われていた。もちろんユフィーリアもである。
 鉄塔の上に放置された翔は、昴の異変にいち早く気がついた。——見たことのある瞳だったからだ。

「……あいつ……」

 ユフィーリアが奴の腕1本で吹き飛ばされる。地獄で最強を誇る、あの処刑人がいとも簡単にだ。
 これはまずい。非常にまずい。処刑人の、しかもユフィーリア・エイクトベルが殺されたとなれば地獄は大惨事だ。彼女の強さは、地獄では有名なのだ。
 しかし、翔にどうすることもできない。相棒の赤い鎌がなければ、何もできやしない無力の死神なのだ。
 ——それが、どうした?

「……おい、貴様!! 何を——!!」

 周りの処刑人が騒ぎ立てた。だが翔の耳には届かない。
 意識を集中させ、息を整える。体が熱くなる。じゅわ、と音がした。手が自由になった。——翔を拘束していた手錠が、高熱によって溶けたのだ。
 何故溶けたのか? それが翔の能力であるからだ。
 自由になった四肢を確認し、翔は立ち上がる。処刑人たちが「座れ!」「大人しくしろ!」と叫んだ。そいつらを、まとめて睨みつける。
 処刑人たちの震える虹彩に映った翔の顔は、笑っていた。しかも笑みを形作る瞳が、赤い。燃えているようだ。

「ユフィーリア・エイクトベルに奴は止められん。どう足掻いたって不可能だ。貴様らは奴に殺される運命をたどるしかない」

 ユフィーリアの苦しそうな姿が目の端に映った。
 翔は、白く細い右手をスッと差し出した。握手を求めるかのようなその姿に、処刑人たちは戸惑う。
 桜色の唇は、音を紡いだ。


「こい————炎神(ヒカミ)」


 翔の手に炎が生まれた。紅蓮の炎は徐々に形を成していき、1本の鎌を作る。身の丈を超す大鎌を手にした翔は、右腕1本でそれを振った。
 次の瞬間。
 爆炎が翔の背後に出現した。
 数人の処刑人を問答無用で焼き殺したが、翔は分かっていた。わざとである。己をここにつなぎとめた、せめてもの腹いせである。
 昴の暗い瞳が、こちらを向いた。だから笑ってやった。


「さあ、椎名昴よ。この俺様が相手してやる。だから——」


 鎌を構えて。相手は拳を握る。

「今ここで、くたばれ」


 2つの勢力が、ぶつかった。