コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.131 )
- 日時: 2014/12/05 23:20
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: zCMKRHtr)
長い夢を見た。やはり、奴が出てくる夢だった。
でも、ここは白鷺市じゃなくて。見たことのない町だった。見たことのない建物の中で、奴と2人きりで勉強していた。
奴はとても頭がよくて、そして教え方が上手かった。何度分からないと言っても、根気よく何度も教えてくれた。難しい問題が解けたら、「おめでとう」と褒めてくれた。
だから、笑って答えた。
——ありがとう、翔ちゃん。
***** ***** *****
殴る。蹴る。椎名昴の『普通の』攻撃は、1つ1つが強力である。トラックというより、ロケットにでもぶつかったような勢いだ。
極力、昴の体に触れないように攻撃を流す翔。その姿は余裕そうである。
それはそうだろう。彼にとって、この状態の昴と戦うことは2度目である。しかも今回は人間の世界ではなく、己が故郷の地獄だ。この世界が焼け滅ぼうが、知ったことか。
翔は昴から距離を取り、鎌を振り上げた。美しい曲線を描く刃に、紅蓮の炎が灯る。——全てを焼き尽くす、地獄の業火だ。
「……おい、ポンコツヒーロー。よくも散々暴れて、俺様の処刑の場を壊してくれたな」
自然と翔の唇に、笑みが浮かぶ。
この場で殺すことができれば万々歳だ。こいつを殺して俺も死んでやろう——いや、それはダメか。
とにかくこの椎名昴を殺すことに、東翔という死神は尽力してきた。常に戦い、口で争ってきた。「殺す」「殺してやる」などの血なまぐさい応酬は日常茶飯事だ。
1度目は突然のことだったので、対応できなかっただけだ。2度目こそは平気だ。本気を出す。
「まあ、そのことに関しては感謝している。貴様を殺さずにして、早々に新たな俺様として生まれ変わるのは気が引ける」
「……殺す」
昴の口からは、音のない言葉が放たれた。いつもの昴だったら、きっとこう。
——殺す!! いや絶対に殺す!! 俺が殺して新たな東翔を作り出してやる!!
そのぐらい突っかかってきてもおかしくはないのだが、今の彼は感情とかそういうものがない。何もかもが消え失せている。
というより、そう、翔の声が聞こえていないようだ。
あの時もそうだ。そう言えば、彼の特徴ともいえるヘッドフォンをしていなかった。今も、ユフィーリアに切られたことにより、ヘッドフォンの残骸が地面に転がっている。
常の昴。今の昴。見比べて、記憶と照合し——頭のいい翔は、1つの答えを導き出した。
「……なるほどな」
鎌を担ぎ、ニヒルに笑う。
周りは気づかなかった答え。そして解決方法を、翔は導き出した。
「貴様、元から耳が聞こえていなかったのだな。ヘッドフォンはおそらく補聴器代わりか。耳が聞こえなくなると、そのように異常をきたすのだな」
昴の攻撃が降ってきた。寸前のところでバク転して宙を舞い、攻撃をよける。
数瞬前まで翔が立っていた場所には、見事なクレーターができていた。さすがポンコツでも怪力ヒーロー、もはや化け物だ。
椎名昴をこの場で殺してやろうかと思ったが、やはり気が引けた。いつもの状態でない昴など、椎名昴ではないからだ。
あの騒がしい馬鹿を倒してこそ、本懐である。
「ユフィーリア!! ユフィーリア・エイクトベル、生きているか!!」
「勝手に殺すなや!!」
すぐさまツッコミが叩き込まれた。
見れば薄く汚れた銀色の髪に、吊り上がった碧眼。長い刀を肩に担いだ、1人の処刑人が立っていた。
ユフィーリア・エイクトベル。地獄で最強の処刑人である。
「貴様、あいつの攻撃を1分ほど耐えられるか」
「1分!? 無理だって。アタシ、あいつの攻撃を30秒も持たずに放り投げられたよ!? アンタがこなかったらアタシは今頃」
「最強の貴様だから頼めることだ」
赤い瞳で真っ直ぐ見つめられ、ユフィーリアは口を噤む。もごもごと何かを言いたそうにしていたが、「あーもう!!」と乱暴に銀髪をガシガシ掻いた。
翔より少しだけ前に出て、空華を抜き放つ。青く光る刀身を昴へと向けたまま、翔へ。
「……何か策でもあるんでしょうね?」
「もちろんだ。策がなければ1分耐えろ、とも言わん」
視線をかわさず、ただ2人は1人の化け物を食い止める為に作戦を実行した。
***** ***** *****
知らない場所にいる。奴と共に。
奴は難しい本を読んでいる。英語だ。タイトルだけじゃなくて、文章も英語。笑いながら「こんなのも読めないのか」と言った。読める訳がないだろう。
奴に反論すれば、「悪かった」とやはり笑いながら謝られた。絶対に面白がっている。
恨めしげに奴を睨みつければ、別の声。今度は女の声だ。コンコン、と部屋のドアをノックして、現れたるは銀髪の女。
もうそろそろで夕食の時間ですよ。
そうか、もうそんな時間か。おい、昴。今何時か分かるか?
奴に時刻を訊かれたので、時計を確認する。と言っても、携帯のディスプレイに表示されているものだが。
無機質な数字は、『6時48分』を示していた。
6時48分だって。そっかー、もう飯かー。めっちゃ勉強した気がする。
昴は頑張っていたぞ。珍しく。
珍しくとか言うなよ。いつも頑張ってるだろ、褒めてくれてもいいんじゃないの?
ハイハイ、すごいすごい。
それ貶されてるようにしか聞こえない!!
軽口の応酬。でも、少しだけ違和感。
——いつもこいつとは、こんなほのぼのとした言い合いをしていただろうか。いや、もっと凄まじかったような気がする。
ふと首を傾げれば、奴の心配する言葉。
調子が悪いなら部屋に戻って寝ているか? それとも、俺の部屋を使うか?
いや、いいよ。俺も××ちゃんのご飯食べたいし。
そうか。××、今日の夕飯は何だ?
から揚げですよー。
やったね。俺の好きなものじゃん!!
——椎名昴。
ふと、頭の奥で誰かに名前を呼ばれた。
振り向いても誰もいなかったので、気のせいということにした。だって、名前を呼んだ声の主はここにいるのだから。
待ってよ、翔ちゃん。抜け駆けはずるいよ。