コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.132 )
- 日時: 2014/12/14 00:13
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: zCMKRHtr)
奴の攻撃を耐えろ、と翔は言った。
ならば耐えるしか方法はない。耐える、と言っても椎名昴の攻撃はユフィーリアにとって死に匹敵する。
深淵の瞳で真っ向から睨まれ、正直逃げたい気持ちでいっぱいである。だが、ユフィーリアはそれでも戦場に立った。空華を抜き、正中で構える。
『ゆ、ユフィーリア……無茶だよ、勝てっこないって』
「勝てなくても何でも、やるしかねえだろ」
それしか方法はない。
空華の情けない声を一蹴して、ユフィーリアは地面を蹴った。
風を切り裂いて、彼女の矮躯は突き進む。スタートダッシュを決めた地点には亀裂が走り、見事なクレーターができていた。
弾丸の如き速度で昴の前に躍り出たユフィーリアは、薄青の刃を振る。
「————お了り空」
一閃。
横薙ぎに空華を振ったユフィーリア。距離を飛び越えるその斬撃は、確かに昴を捉えた。
しかし、昴はすでに攻撃を避けていた。殺す力が込められた手のひらがユフィーリアの鳩尾めがけてつき込まれ——
「うぉっとい!!」
——ようとしたところで、ユフィーリアは空華によって昴の攻撃を弾いた。
それでも攻撃の余波はあったのか、ビリビリと空華を持つ手がしびれる。だが攻撃を受け流した空華は、悲鳴じみた声でユフィーリアを訴えてきた。
『酷いユフィーリア!! こんな扱いをするなんて!!』
「悪かったってば。あとで磨いてやるから、今は耐えろ」
『酷いような酷くないような!? もうどうでもいいや、うん!!』
空華も開き直ったようだ。
ユフィーリアは1度昴から距離を取り、再び空華を構える。
ゆらりと立つ昴は、幽鬼のようだ。ぐるりとこちらを見据える黒い瞳は、キラキラと輝く黒曜石を通り越して、深淵を覗いているようである。その双眸で見つめられて、ユフィーリアの体が震えた。
こんなところで怖がっている訳にはいかない。ちらりと後方を見やれば、瞳を閉じて何やらぶつぶつ言っている翔の姿がある。
(……1分ってどれぐらいだ? 何秒経った、今)
面倒だ。実に面倒である。
翔の処刑は面倒だし、いざ処刑しようと思ったらヒーロー登場してくるし、そんなヒーローは暴走しているし。
ユフィーリアはそっとため息をついた。
「……ツイてねえな、今日」
自嘲し、蹴った。今度は前ではなくて、上へ。
ロケットの如く発射されたユフィーリアはぐるりと空中で横に回転する。勢いをつけて、空華を振った。
「——お了り空!!」
その攻撃は見切ったとばかりに、昴の体が動く。そして拳を握ろうとした——が、できなかった。
「……!」
「意識はなくても、きちんと分かるんだね」
地面に着地を果たし、ユフィーリアは笑った。
昴は己の右拳を見つめている。その視線の先には、何もなかった。
——何も、なかった。
言葉の通りである。何もなかったのだ。昴の右腕が、肩からごっそりとなくなっていた。
「え? 何をしたかって? 決まってるじゃない、切ったんだよ?」
きょとんと当たり前のことを、ユフィーリアは口にした。
では、何故、血が出ていない?
昴の切り落とされた腕は、遥か遠くへ転がっている。死体のようにピクリとも動かない。昴は切り落とされた自分の腕を眺めているだけだ。
ユフィーリアは空華を鞘に戻し、その技名を告げた。死刑宣告のように。
「——神無月」
ぐるりと昴の首がこちらへ向けられた。
空華を抜くべく柄に手をかけたが、数瞬遅かった。ユフィーリアは首を昴に捕まれ、宙ぶらりん状態になった。
『ユフィーリア!!』
空華の悲鳴。
息が苦しくなる。酸素が回らなくなる。視界がかすんでくる。それでも、それでも、だ。
ユフィーリアは笑った。
「ナメんじゃねえよ……テメェ、よぉ」
グッと掴まれた喉に力が込められる。声を出すことすら難しくなるが、それでもユフィーリアは言葉を紡ぎ続けた。
「この勝負、アタシたちの勝ちだ」
————ちょうど1分が経過した。
カチン、と何かが嵌まる音がして、昴の左手の力が緩められる。同時に、彼の頭に何かが装着された。
ユフィーリアが壊した、昴のヘッドフォンだった。耳を覆うようにして、ヘッドフォンが嵌め込まれる。そのヘッドフォンを嵌めたのは、まぎれもなく彼だった。
昴の後ろで不敵に笑う、黒髪の死神。その双眸は、紅蓮の色に染まっている。
昴の瞳に、光が戻った。ユフィーリアの体が重力に従って地面に落ち、叩きつけられる。
ケホッと咳き込みながら視線を持ち上げれば、昴と翔の両者が向かい合っていた。
「……どうやら戻ったみたいだな。ポンコツヒーロー」
無表情に、だが、口元に笑みを浮かべながら死神。
「うるせえクソ死神。あっちではサブイボ出るぐらいに優しかったのによ」
目を吊り上げ、だが、笑いながらヒーローは告げた。