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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.14 )
日時: 2012/11/17 23:23
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)

 椎名昴の朝は、新聞配達のバイトから始まる。
 ヒーローだけでは生きていけないのだ。こうしていくつものバイトを重ねないと、学費も家賃も生活費も稼げないのである。幸いにも体力と筋力は常人を逸している為、バイトをいくつも重ねても疲れない。
 欠伸をしながら、朝日がまぶしい白鷺市に出る。そして錆びた階段をかんかんと降りて行くと————

「あ、おはようございますー」「んー、おはよー」

 などとケロリとあいさつしながら、瀬戸悠太がアパートの前を掃除していた。
 昴は反射的にあいさつをして新聞配達へと出勤しようとして——足を止めた。

「お前、何でここにいるの?」

「え、掃除だけど」

「いや、そうじゃなくて。お前って東翔の付き人だよな? なのに何で掃除しているの? 慈善活動をしているの?」

 死神に偏見を持ちすぎである。実のところ、翔しか死神に会った事ないので分からないのである。
 悠太はけらけらと軽く笑い飛ばしつつ、

「死神全員が翔様のように傲慢な性格だとは思わないでください。翔様は次期地獄の王子ですからあんなに傲慢でもいいんです。自信を持って生きていってくれればそれで」

 そんなんでいいのか、と昴は心中でツッコミを入れるが、まぁこいつはよさそうな人なのでよしとする。

「で、お前も死神なのか?」

「そうだけど」

「へぇそうなんだ——え、そうなの?!」

 この人当たりのよさそうな奴が死神?! と正直驚いてしまう昴。
 一方、驚かれた事に驚いたのか、悠太が目を見開いて首を傾げていた。

「え、分かんなかったの? だって東派の奴だって分かっているなら死神だって思うでしょ?」

「いやぁ、てっきり人間の付き人かと」

「人間の付き人だったら、そいつは幽霊だね。俺は一応幽霊じゃないし」

 サッサッと地面を竹ぼうきで払う悠太。何か、朝掃除しているおばさんっぽい。
 昴はそんな悠太をちらちら見つつ、新聞配達のバイトへ行く事にした。
 世の中、何でもいるんだなとか思いながら、徐々に青みを帯びていく空を見上げつつ、昴は思う。

***** ***** *****

「それでだな、ワシは思う訳だ。『世界はこんなにも素晴らしい』とな」

「あぁ、そう」

「空は青いし空気は美味い——いや、田舎の方に行けばもっと美味いだろうが——景色は最高だ。これ以上の美しい星があるか? いや、ない!」

「あぁ、そう」

「……さっきから君はワシの話を聞いているのかね?」

「あぁ、そう」

 昴は机を拭き、その上に置かれていた食器を器用に片手で持ち上げて運んで行く。そしてまた戻ってきてテーブルを拭くの繰り返し。
 その光景を見ていた黒髪の男は、白いカップに注がれたコーヒーをすすった。

「あぁ美味しい。ここのコーヒーは最高だね。シェフを呼べ!」

「勝手に呼んでください、テリーさん」

 ていうか何時間居座る気だよ、と昴はテリーと呼んだ男に突っ込んだ。
 本名・ウィステリア——紅藤はフフッと笑った。まるで楽しいものを発見した子供のように。

「君はいつ見ても面白いよね。ヒーローのくせにバイト三昧の日々——それでいいのかね?」

「そう思うならお前が東翔と戦ってみるかい? 一生遊んで暮らせるお金が手に入るけど、それの大半は修理費で消えて行く様を見たいか?」

「遠慮しておくよ」

 クスッと笑って、再びコーヒーをすする。空になったカップを昴に向かって掲げて「おかわり」と一言告げた。
 昴は顔をしかめると、彼のコーヒーカップを分捕って素手で割る。叩きつけても割れるのだが、昴の場合はひねりつぶしてでも割れる。パンッ! と目の前でコーヒーカップが弾けた。

「おやおや、イライラしているのはカルシウムが不足している証拠だよ。今日の晩御飯は小魚の方がいいんじゃないか?」

「じゃあ奢れよ! 月末まであと1週間あるんだぞ!! あと残金1987円でどう生きて行けって言うんだよ!! これからモヤシ生活が始まるぜ!!」

 テーブルを叩き割ろうとしたが、これはさすがにいけないと思って昴は踏みとどまる。これ以上備品を壊したら首だ、確実に。
 ちなみに、店長からはこう命令を賜っていた。「さっきから居座っているあの黒髪のお客さんを追い払ってくれないか?」。

「テリーさん、いい加減帰ってくれませんかね。店長がお怒りですよ。さっきからコーヒー何杯お代わりしていると思っているんですか」

「何って、ほんの20杯ぐらいだが?」

「そのキョトン顔を止めてくれ!! 大体、そんなに飲んでいてカフェイン中毒にはならないのかお前は! 体に悪いぞ!」

「何なら紅茶でもいいが? もちろん、君が奢ってくれるのだろう?」

「奢らねぇよ! 殺す気か、小豆と飴ちゃんもろとも俺らを殺す気か!!」

 もうこうなったら誓ちゃんに頼んで借金するしかないのかーっ?! と昴は頭を抱え始める。その様を見た紅藤は、ケタケタと腹を抱えて笑いだした。

「笑い事じゃない!! 笑い事じゃないです、テリーさん!」

「いいじゃないか、面白い」

「面白いだけで何でも片付けないで! 人の命まで片付けないで!! 何なのテリーさんもう、人を殺したいならヒーローとして黙って見過ごすわけにはいかないぜ?」

 ヘッドフォンへ手をかけて、昴は紅藤を睨みつける。
 紅藤はフフ、とまた微笑を浮かべて、ひらりと両手を振った。

「君に殴られたらたまったものじゃないからね。遠慮しておくよ」

「……へぇ、そう」

 いつでも宇宙旅行したくなったら言ってね? と昴は言って、割れた破片を集めてビニール袋の中に入れた。
 紅藤は請求書を持って立ち上がると、破片を集めている昴へと言う。

「そう言えば、最近ではおかしな噂が入るようになったね」

「……噂?」

 昴が紅藤に問いかける。
 紅藤は「あぁ、そうだよ」と頷いた。彼は情報屋である。

「実は、宇宙人が攻めてこようとしているのだが」

「あぁそう」

「またそうやって人の話を聞き流そうとする。ワシの話は全て本当だよ? 分かっているかい?」

 これには何も言えない。実際に、紅藤の情報力はすごいものであるからだ。
 昴は唇を尖らせて、「まぁそうですけど」と言った。次の瞬間、


「あんぎゃ————!!!」


 空に悲鳴のような声が轟いた。
 バッと顔を上げると、人々が何だか逃げ惑っている。

「な、んだ?」

「どうやら思ったより襲来が早かったみたいだね」

 紅藤が代金を昴に押しつけて、逃げるようにカフェから去って行った。
 奥から出てきた初老の男へエプロンを押しつけ、昴もカフェを飛び出す。逃げるのではない、人々を助ける為である。

「な、何じゃこら!!」

 そして見たものは、


 怪獣——だった。