コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.156 )
日時: 2015/10/04 23:12
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: gTez.RDd)

第9話



 問題
 成立年、作者共に不明である日本最古の御伽草子として有名な、現代では『かぐや姫』の名前で親しまれる物語の名前をなんというか。


 模範解答
 竹取物語


 椎名昴の答え
 俺物語


 採点者のコメント
 貴様は元から厳めしい能力を持ってはいるが、顔は厳めしくないだろう。



 東翔の答え
 作者は俺が裁いた!!


 採点者のコメント
 自己申告は必要ないよ。



 山本雫の答え
 おばあちゃんは面食いでイケメンばっかり擁護しやがったから月から落とされただけだっての美化すんな


 採点者のコメント
 なんか筆圧ものすごく強くねえか? 解答用紙破けてないのが奇跡だぜコレ。



 ユフィーリア・エイクトベルの答え
 かぐや姫? ああいい奴だったよ……


 採点者のコメント
 お前はかぐや姫の何を知ってんだ?



 第9話 家出の定義

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.157 )
日時: 2015/10/18 23:39
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: aUfirgH8)

すみませんあげさせてください

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.158 )
日時: 2015/10/31 23:57
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)

 その日の白鷺市はとても平和だった。



 ユフィーリア・エイクトベルが住んでいるのは女性向けのワンルームマンションである。
 もっと言うと、山本雫の隣の部屋である。管理人は確か紅藤とかいう男だったか。飄々とした神出鬼没の男である。うん。
 そんな彼女の部屋にはベッドと洋服掛けしか存在しない。テレビは新聞を見れば事足りるし、包丁は空華を使うから心配はない。フライパンと鍋は取り揃えてあるが、戸棚にしまいっぱなし。必要な時に取り出せば問題はない。つまるところ、殺風景な部屋である。
 だと、言うのに。

「……なあ姉貴、いい加減帰ってくんね?」
「いやっ」

 ユフィーリアはベッドに胡坐を掻いて座り、部屋の隅で体育座りをしている女性へ向かって帰るように促した。
 金髪碧眼の小柄な美少女である。身長はユフィーリアよりも少し小さいぐらいだろうか。大きな青い瞳に涙をいっぱいに溜めて、赤くなった鼻をずびずび啜る。黄色と白のゴスロリがやけに似合っている。
 彼女の名はハニー・エイクトベル。ユフィーリアの姉である。もう1度言おう、姉である。
 めそめそと泣き続ける実の姉へ、ユフィーリアは乱暴な口調で、

「テメェいい加減にしろ!! いきなり部屋にきたと思ったらぐすぐすめそめそ泣きやがって!! 理由を訊いてみたら『彼氏に振られた』だァ!? ふっざけんな彼氏いない歴=年齢のアタシに対するあてつけかコラ表出ろォ!!」
「ふえぇぇんユフィーリアが怖いぃぃ。妹が虐めてくるぅぅ」
「処刑してやろうか泣くんじゃねえって言ってんだろお前今何歳だよ今年で少なくとも2000歳は超えてんだろうがァァァ!!」

 大の大人が泣いてんじゃねえ!! と怒鳴りつけると、ハニーは再びぐすぐすと泣き出した。どうやら彼氏に振られたことで泣いているようである。
 チッと舌打ちをしたユフィーリアは、洗面台で清潔なタオルを濡らしてくると、それを姉の頭に向かって投げつけた。べちゃっと音がして、タオルはハニーの頭に被さる。
 くぐもった声で、ハニーの抗議。

「……ユフィーリア……ハニーに恨みでもあるの……?」
「むしろ恨みしかねえな。ついでに今何時か教えてやろうか。朝の7時だ、ついでにお前がアタシの部屋に押しかけて時間帯は2時間前な!!」

 つまりハニーは朝の5時に妹のもとへ訪れたようである。しかもアポイントもなしに。彼氏に振られたということを愚痴りに。
 タオルで顔を拭うハニーを睨みつけ、ユフィーリアは呪詛を吐き捨てる。誰だって怒るだろう、安眠を妨害されたら。おそらくビルを拳1つで破壊できるヒーローも、世界を燃やし尽くせる死神も、同じように怒るだろう。いや、おそらくユフィーリアよりも酷い。死神の方は多分倒せないにしても、ヒーローの方は問答無用でぶん殴るだろう。だって死神一派だし。
 ぶん殴ることも、蹴り出すことも、まして首と胴体をチョンパッすることもしないのは、血の繋がった実の姉だからだろう。
 ぐすぐすと鼻を啜り続けるハニーを放っておいて、ユフィーリアは朝食の準備をするのだった。
 今日の朝食は、姉の好きな蜂蜜たっぷりのフレンチトーストにしてやろう。


***** ***** *****


 ヒーロー・椎名昴と死神・東翔はコンビニでの邂逅を果たしていた。
 レジ台を挟んでメンチを切り合うこと早1時間。ただただ長いにらめっこをしているようにも見えなくもなくもなくも……多分にらめっこではなくて一触即発の状態だと思う。にらめっこで済むほど穏やかな空気を纏っていない。彼らの周囲に漂っているのは黒い靄のようなもの——剣呑な空気だ。
 隣のレジでは店長である橋倉桃和が懸命にレジ打ちをしている。ふわふわとした笑顔で、「今日もすばるんはしょうきゅんと一緒ににらめっこして遊んでるわねぇーうふふふー」と言っていた。のんきである。大丈夫か店長。というより、よく昴はクビにならないものだ。

「……こちら温めますかこの野郎見てんじゃねえよ」
「馬鹿を言うな。それを温めたらどうなるか知っているのか。ドロドロに溶けるだろう」

 レジ台に置かれておるのはチョコレート(1個80円+税)である。電子レンジでチンをすれば原型を留めないぐらいに溶けるだろう。
 翔はフンと鼻で昴を笑い飛ばし、

「ついに貴様は馬鹿になったようだな。馬鹿につける薬を紹介してやろうか。おっと、間違えて飲むのではないぞ。きちんとつけろよ?」
「うるせー馬鹿冗談を言う暇があるならさっさと金を出せ」
「カツアゲか。お巡りさんヒーローです」
「カツアゲじゃねえよお前がいつまで経っても代金を出さないで睨みつけてくるからだろうがよさっさと86円出せよコラァ!!」
「100円でいいかコラァ!!」
「お釣りが14円だコラァ!! しっかり受け取れコラァ!!」

 レジ台にお釣りである14円を叩きつけ、さらにひびを入れる昴。また店の備品を壊したことにより、ヒーローの資金から修繕費を出さなければいけなくなる。
 その時だ。
 午前7時のコンビニに、強盗が訪れる。

「おら金を出せェェ!!」

 その強盗は、白鷺市の外からやってきた。白鷺市に住処はない。つまり、ヒーローと死神がとんでもなく仲が悪いことを知らない。
 今まさに喧嘩中だった彼らは、同時に行動に移す。
 強盗に投げつける用のカラーボールを第三宇宙速度に届く勢いで投げつける昴。己の鎌を投げ槍よろしく投擲する翔。
 どちらも強盗の横を素通りして、コンビニの目の前のコンクリートを抉って停止。爆発と粉塵を撒き散らした。強盗は失禁した。

「「表出ろコラ」」




 そして彼らは失念していた。
 この地球に、とんでもなく大きなものが近づいていると。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.159 )
日時: 2015/11/01 04:59
名前: モンブラン博士 (ID: 1lVsdfsX)

山下愁さんへ
ハニーちゃんがついに登場しましたね!期待通りだったので嬉しいです。そうか、振られたのかハニーちゃん。
かわいいのにどうして振られたのかわかりません。
その彼氏はよほど人を見る目がなかったのかもしれませんね(笑)
地球に大きなものが迫っている……一体何なのか気になります!

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.160 )
日時: 2015/11/03 22:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)

モンブラン博士様>>159


ハニー姉さんは満足の行く出演の仕方ができました。きっとユフィーリアちゃんの愛の鞭が飛ぶでしょうが、死にはしませんので大丈夫。
この小説はコメディライトですので、誰かが死ぬ描写はまずありえません。死ぬのは怪獣ぐらいのものです。勧善懲悪ものですので。ハハッ!!
ちなみにハニーちゃんがフラれた理由は彼氏の二股という理由でした。美少女ですからまずフラれることはありえないと思いますが、彼氏の本命の彼女に赤ん坊ができてしまってそれが理由で——ということにしたいと思います。
その辺は本編で詳しく書きます。妹の鉄拳制裁も受けていただきましょうかね。地球に迫りくる大きなものって言ったら、ええハイ。お察しください。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.161 )
日時: 2015/11/08 14:23
名前: 彩 (ID: /M2Jvana)

はじめまして、彩といいます。更新頑張って下さい!

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.162 )
日時: 2015/11/16 23:06
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)

彩様>>161


こんな放置していてごめんなさい。
初めまして、山下愁です。閲覧いただきましてありがとうございます。
細々と頑張っていますので、ちょぼちょぼ閲覧していただけるとありがたいです。どうぞよろしくお願いします。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.163 )
日時: 2015/11/23 22:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode

 山本雫は愛用している対物狙撃銃の整備をしていた。
 1つ1つの部品を丁寧に布で拭って、乾燥させていく。銀色にペイントが施されたその対物狙撃銃は、やはり部品も銀色をしている。
 普通の手入れでは、雫の扱う対物狙撃銃は真価を発揮しない。窓辺でじっくり日に当てる必要があるのだ。光合成的な意味ではなく。

「ふぅーむ、ちょいと摩耗している部分があるかなー。故郷に戻って新調しに行った方がいいかなぁー」

 でもなー、と雫は胡坐を掻きながら左右に頭を揺らす。
 雫が実家に戻ることを懸念しているのは2つ。
 1つは雫の実家が限りなく遠くにあるということ。
 もう1つは雫の家族がとんでもなくおせっかいでうるさいことである。
 雫は現在20歳を超える大人の女性である。宇宙でも20歳を超えれば大人という認識はある。そんな状況で自宅に帰ったら、きっと見合いだ恋人を作れだとうるさいことだろう。勘弁願いたい。
 ただでさえ実家はぎゃあぎゃあうるさい奴が多いのだ。いや、静かすぎるというのも考えものなのだが。

「んー、誰かについてきてもらえたら嬉しいんだけどなー」

 唸る雫の脳裏に浮かんだのは、家族以上に騒がしいヒーローと死神の2人の少年。顔を合わせれば言い争いから取っ組み合いまで何でもやってしまう彼ら。一体何がしたいのか分からない。常にいがみ合うけれど、変なところではぴったりと合う彼ら。
 だが彼らがついてきたとしても、呼吸ができただろうか。

「うん、無理か」

 やっぱダメかー、などと1人でつぶやきながら手元はてきぱきと部品の清掃を行っていく。
 その時だ。
 窓の向こうより閃光が炸裂した。

「ッッ!!」

 瞬きの速度で別の狙撃銃を構える雫。愛用している対物狙撃銃を一瞬で組み立てるほど、雫の手先は器用ではない。できないことではないが。
 窓の向こうにいるのは巨大な円盤。俗にいうUFOだ。
 そのUFOを、雫は見たことがあった。間違いない、このUFOは。

「……嘘でしょ……あはは」

 引き攣った笑みを浮かべる。
 そのUFOは、雫の家族が乗る宇宙船だった。


***** ***** *****

 隣から閃光が炸裂し、ユフィーリアは眉を顰めた。
 もろに閃光を食らってしまったハニーは、己の碧眼を押さえて「目がー目がー」と転がっている。お前は天空の城の王かと言いたくなるほどだ。
 ゴスロリの中身を晒しながらバタバタと暴れる己の姉に蹴りを叩き込んで、壁に立てかけてあった空華を手に取る。

「雫!? オイ、どうしたッ!!」

 ベランダの向こうから隣人——山本雫へと呼びかける。
 カラカラと引き戸を開いてベランダに躍り出た青い髪の女性、雫は引き攣った笑みを浮かべたまま円盤を眺めている。それから紺色の瞳をユフィーリアへと向けて、

「やべぇ、これ……ウチの家族の宇宙船なんだけどさ」
「ハァ!? 宇宙船!?」

 なんてことだ。まさか隣人の宇宙船だとは。
 地球に宇宙人の襲来かと思いきや、まさか知り合いを連れて帰ろうとしているのか。
 しかし次の言葉はさすがにユフィーリアも予想外だった。

「ねえこれブッ飛ばしてくれない? 非常に迷惑」
「…………」

 予想外過ぎた。
 この女、身内を吹き飛ばせと言っていた。何だとこいつ、正気か。
 ユフィーリアはもう1度、閃光のもととなっている円盤へと視線を向けた。眩しすぎてよく見えないので、ユフィーリアお得意の切断術が使えない。これではこの円盤を切ることすらままならない。
 1度部屋へ戻って、シクシクと泣いているハニーを空華の先で小突く。

「姉貴、仕事だ。ちょっとUFOを墜落してくれねえか?」
「ふぇ?」
「できんだろ?」

 ハニーは雷を操ることができるのだ。
 UFOは精密機器——電気には弱いはず。そう予測したユフィーリアは、己の姉貴にUFOの墜落の任務を与えた。
 ぱちくりと碧眼を瞬かせたハニーは、小さく頷くとゆっくりと立ち上がる。仁王立ちをして、ピースサイン。目元に当てて、ウインクをして。


「ハニー☆ビーム!!」


 ズドガシャンッッ!!!!
 青白い雷が円盤真上に直撃し、轟音を奏でた。閃光を発しなくなったUFOは、フラフラとマンションの下へと落ちていく。そしてドンガラガッシャンと地面との衝突を果たした。

「これでいい? ユフィーリア」
「上出来だ。雫はどう?」
「うん、これでいいよ」

 さて、後処理をしてくれるだろう便利な奴らを呼ぶとしよう。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.164 )
日時: 2015/11/24 16:22
名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: hYCoik1d)
参照: http://www.kakiko.cc/mydesign/index.php?mode

結構前からたまに読んでいたのですが、最近来れて無くて...w
久々にお邪魔致しました<(_ _)>

題名で最初は惹きつけられて居たのですが、内容もとても自分好みでいつも楽しみにしてます^^/

これからも来るので宜しくお願いします(オイ
更新頑張って下さいね〜♪

byてるてる522

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.165 )
日時: 2015/12/07 22:02
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)

てるてる522様>>164


いつまで続くか分からないこの誤字脱字だらけで直す気力も失せている小説へようこそいらっしゃいました。
閲覧ありがとうございます。初めまして、山下愁です。

ぶっ飛んだタイトルでしょう。最近のラノベは台詞みたいなタイトルが多いかと思いますが、これはまんま台詞ですね。
思いつかなかったんです。でも今となっていはしっくりきています。
笑いとバトルと喧嘩の三つ巴の戦いですが、これからもどうか気長に見守っていてください。
細々と更新しながら、またのお越しをお待ちしております。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.166 )
日時: 2015/12/07 22:27
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)

 雫から協力要請がきたと思ったら、いきなり現れた地獄の最強処刑人ことユフィーリア・エイクトベルに引きずられて連れてこられたヒーローの椎名昴と死神の東翔。親猫に首根っこを掴まれた子猫よろしく、2人は珍しく大人しかった。
 やってきたマンションの下には、何やら円盤型のUFOがプスプスと黒煙を上げていた。何かの漫画かと思った。

「……オイ、これは一体何だ?」

 翔が眉を顰めて、円盤型UFOを指さす。
 ポイとUFOの前にまとめて2人を放り捨てたユフィーリアは、「雫に訊け」とバッサリ切り捨てた。彼女が使う切断術の如き鋭い切れ味だった。
 雫はというと何やら難しい顔でUFOを睨みつけている。彼女と関係しているのだろうか、と昴は思うのだった。深入りはしなかったが。
 とりあえず、誰か乗っていることを確かめようと思う。この中で最も力が強い昴が代表して、UFOをノックした。

「もーしもーし」

 ドゴォ!! ドゴォ!! ときっちり2発。鋼鉄製のUFOの扉がへこんだのは言うまでもない。後ろの方で忌々しい死神の翔が「さすがポンコツ、ノックの加減も知らんのか」とか余計なことを言ったが、聞かなかったことにした。
 しかし、ノックをしてもUFOの扉が開くことはない。耳をそばだててみるが、誰かがいるという気配がない。
 もしかして無人か。それともここにくる途中で振り落とされたか。

「なあ、誰も乗ってないんじゃね?」
「貴様のノックはノックと認識されなかったのではないか? 阿呆め」
「じゃあお前がやってみるか? ノックと称して炎で丸焼きにするのは電子レンジの法則だからな」
「だが断る」

 何だとコラ、やるのかコラと額を突き合わせていつものように睨みあう2人。
 そこでユフィーリアと彼女の姉であるハニーが近づいてみると、ウインとちょうどよく鋼鉄の扉が上へ収納された。
 光の中から現れたのは、青い髪をした青年だった。ちょうど翔の従者である杯出雲と同じぐらいの年齢の。透き通るような青い髪はさながら空のようであり、パッチリした双眸は深海の如き藍色をしている。雫と似ている。

「……雫と関係があるお方で?」

 ユフィーリアが問いかけると、彼は指で銃を作ってみた。ちょうど銃口に当たる人差し指部分に、光が灯る。
 あ、これはまずい。処刑人としての本能が告げていた。慌ててハニーを突き飛ばし、後ろで喧嘩をしている昴と翔へ向かって怒鳴る。

「避けろ!!」
「「あ?」」

 半歩ほど出遅れた2人へ襲いかかった、青年の指から放たれるレーザー光線。
 しかし、

「うわ、何だこれ」
「うわ、何だこれは」

 まず昴がレーザー光線を素手で払って捻じ曲げて、翔の鎌へ着弾させる。
 その着弾させたレーザー光線を、翔は鎌を振って打ち返した。見事なコンビネーションである。これで仲がよかったらきっとハイタッチでもかわしていただろうが、きっとこの2人がやるのはクロスカウンターがせいぜいだろう。
 跳ね返ってきたレーザーをもろに食らった青年は、そのままUFOの中へ向かって吹っ飛んで行った。ドンガラシャン、という轟音が聞こえてきた。多分どこかにぶつかったのだろう。
 よろよろとUFOが空へ飛んで行きそうになったところで、ヒーローの追撃。

「待てやコラ話聞いてねえぞ」

 手近にあった石ころを拾い上げたと思ったら、軽い気持ちでUFOへ向かって投擲する。
 翔にやるように第三宇宙速度とは行かずとも、新幹線並みの速度で撃ち出されたUFOは中心部分を撃ち抜き、爆発四散させた。
 ちなみにこの時、けが人は奇跡的にいなかったようだ。紅藤がびっくりして火傷した以外は。


***** ***** *****


 UFOから4人の青年が落ちてきた。どいつもこいつも同じ顔だった。4つ子か。今はやりの4つ子か。
 4人全員正座をさせられている。髪の毛はちょっと焦げていた。それもそのはず、もろに爆発を食らったのだから。

「ハイ、で。何でUFOできちゃったのかなお兄ちゃんズ?」
「「お兄ちゃん?」」

 雫の一言に、昴と翔は揃って首を傾げた。ユフィーリアとハニーは「やっぱりな」というような態度だった。

「だって会いたかったから」
「会いたかったからじゃないよ、カイト兄。常識人のナオ兄は何できちゃったの。何でカイト兄を止めてくれなかったの」
「兄ちゃんシズクが心配だったんだよ!!」

 その言葉により、今まで正座していた4人が一斉に立ち上がり雫へと抱きついた。
 雫は抱きつかれたにも関わらず、冷静に4人へ向かって「赤い月の咆哮」を打ち込んだ。あの精神が狂ってしまいそうになる雫の得意技である。昴もこれまで何度も食らった。
 額にジャストヒットした雫の兄4人は、バタバタと地面に転がってのた打ち回った。断末魔のような悲鳴を上げたのも言うまでもない。

「何しにきたの? 場合によっては強制送還するよ。そこのヒーローに頼んで」
「え、俺?」

 いきなり話題に出された昴は戸惑いの声を上げるも、雫は鮮やかに無視を決め込んだ。
 ようやっと落ち着いたのか、雫の兄の1人である青年が口を開く。

「単刀直入に言う。雫、いったん月へ帰ってこい」

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.167 )
日時: 2015/12/08 09:56
名前: 醤油大福 (ID: gp9wpgoS)



めちゃうまい

醤油大福ゥゥゥ!!!

イエ−イ 最高だぜ

ヒャッハ!!!



ミント味もあるよ



ロックマンのなろうぜ


ハッハ−

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.168 )
日時: 2015/12/08 17:12
名前: 彩@二次元愛してる (ID: /M2Jvana)

おひさです!こ、更新されてる…。
小説大会票入れました。頑張って下さいね!

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.169 )
日時: 2015/12/28 23:33
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 6KsExnZ3)

醤油大福様>>167


申し訳ございませんが、私としては醤油大福はちょっと如何なものかと……美味しいんですかねそれ?
あとミント味はリス○リ○をやってしっかり嫌いになったのでご遠慮ください。

大福はイチゴ大福でしょうjk



彩様>>168


いやー、細々とやっておりますが生きていますよ作者。
どうもこんばんは山下愁です。閲覧ありがとうございました。
UFOやってきちゃって、雫の兄ちゃんズが出てきたけどどうなるんでしょうねこれ。いやー、後先考えずに書くのはいい加減にやめようやめようと思っているのにやめられない止まらない。
燃えないゴミに入れた方がいいかもしれないようなこの小説ですが、更新は気長にお待ちください。
あと投票ありがとうございました。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.170 )
日時: 2016/01/16 22:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

昴「あけましてー」

翔「おめでとうございますー」

雫「これからも」

ユフィーリア「お前なんか大嫌い!! を」

4人「「「「どうかよろしくお願いします」」」」



昴「……クッソついに2年かよふざけんな。何でこいつと一緒に2年を過ごさなきゃいけないんだよ」

翔「それはこちらの台詞だクソヒーロー。くたばれ」

昴「そっちがくたばれ!!」

翔「くたばれ!!」

雫「…………あーあ。本編前からなにをしてんだか」

ユフィーリア「ハハッ、こいつらは喧嘩してだろ?」

雫「空華君を構えながら言うことではないよねそれね」


 本編始まります。

***** ***** *****



 いきなり帰還を促されて、雫は思考停止に陥った。え、今こいつは何と言ったか。
 4人の兄は至って真面目な表情を浮かべているし、これは本当に帰った方がいいらしい。だが、今更何故?
 雫はきちんと両親にも断って地球まできた。家出ではないはず。勝手に家出と勘違いしただろうか。誰が? かぐや姫の婆か?

「月で今大変なことが起きてんだ。だから頼む、帰ってきてくれ!! 俺たちの手じゃ負えないんだ!!」
「頼む、雫!! お前の力を貸してくれ!!」
「帰ってきてくれ、雫!!」
「混乱を納められるのはお前しかいないんだ!!」

 土下座までして、4人の兄は雫の帰還を望んだ。それほどの事件が実家である月で起きているのだろう。
 雫はしばらく放心状態でいたが、昴が軽く小突いたことにより覚醒した。ハッと我に返って、昴へと視線をやる。

「行ったらいいんじゃねえの? 実家が大変なことになってるんだし」
「……うん、帰ろう……かな」

 雫の答えを聞いた兄たちは、パァと顔を輝かせた。だが、雫の表情は沈んでいた。
 彼女は分かっている。月で何が起きているのかと。月が混乱している原因を。雫が地球へきた理由は、逃げてきたのだ。それがとても恐ろしいから、怖いから。近づきたくないから。
 でも、求められている。帰還を、求められている。あれと対峙しなくてはならないのかと思うと、気が滅入る。
 だから、こうすることにしよう。

「そこにいる4人が一緒なら」

 雫は背後を指さした。
 昴、翔、ユフィーリア、ハニーの4人だ。指で示された4人は、きょとんとした表情を浮かべて首を傾げる。目は言っている、何を言っているのだコイツはと。

「もちろんだ!! そいつらも一緒だな!!」
「待て待て。俺様たちも月に行くのか? 冗談か? 冗談にしては笑えないぞ!? まず酸素をよこせ!!」
「問題はそこじゃねえだろいつからお前はポンコツになったんだ!? 月って何キロ離れてると思ってんだ!!」
「月かァ。月ってどんぐらい遠いんだったっけ」
「月ってカッコいい男性いると思う? ねえねえユフィーリアどう思う〜?」

 酸素をよこせと叫ぶ翔の胸倉を掴み、昴は怒鳴った。彼とて簡単に月へ行くとは頷けない。彼の同居人のこともあるし、バイトのこともある。月に行ったところで、簡単に帰ってこれるレベルなのか。
 一方でユフィーリア、ハニー姉妹はふわふわとのんきなことを考えていた。能天気なのか、はたまたただの馬鹿か。さして問題視はしていないようだ。

「さあ、きてもらうよ。ヒーローに死神、処刑人の姉妹さん。月までご案内します♪」

 雫は満面の笑みを浮かべた。
 それからヒーローと死神と処刑人の2人は、彼女の4人の兄に宇宙船へ連行された。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.171 )
日時: 2016/02/07 23:10
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 いつの間にやら目の前に広がっているのは数多の星屑。キラキラと輝いていてとても綺麗だ。
 あれ、何で夜になっているのだろう。ていうかものすごく星が綺麗なんだけど、東京の空は汚いから星が見えにくいって言うけどそんなことなかったなどうした物だろうか。
 ぼんやりとする頭で考えてから、ヒーロー・椎名昴はハッと覚醒した。
 ここはどこだ。

「————宇宙キタァァァァァアアアアアアアアアアア!?!?!?!? グハァッ!!」
「黙れ喧しい」

 横面をぶん殴られて、昴は軽く吹っ飛んだ。
 隣で寝ていたらしい東翔が、実に不機嫌そうな表情を浮かべて黒髪を掻き上げる。こいつは低血圧なのか、はたまた他人に寝ているところを起こされたくないのか。おそらく後者だろう。
 その隣で寝ていたユフィーリアは無言でムクリと身を起こすと、「オイ姉貴、起きろ」とユフィーリアの腕に抱きつきながら寝ていたハニーを叩き起こしていた。

「……あれ、いつの間に夜になったんだァ? 夕飯の支度しねえとまずい」
「ボケてる場合かユフィーリア!! 戦場以外だとお前ってポンコツになるの!?」

 きちんと覚醒している昴は、未だ寝ぼけ眼なユフィーリアにツッコミを入れた。戦い以外だとユフィーリア・エイクトベルという存在は東翔並みのポンコツのようだ。ていうかきちんと夕飯の支度とかするらしい。1人で暮らしているだけはある。
 ググッと背伸びをしてのそのそと立ち上がった翔は、窓の外に広がっている一面の星空を眺めて、

「……なんだ、宇宙か」
「そういう問題じゃねえだろ!? 俺が1番やばいじゃねえか、酸素がないと死ぬからな俺死ぬからな!?」
「死んだら俺が丁重に燃やして灰を宇宙にばらまいてやろう。だから安心して死ぬがいい」
「ンだとちょっと死神だからって生意気言ってんじゃねえぞ女顔死神ィッ!!」

 別に酸素がなくたって生きていけますけど何か、とでも言いたげな表情をする翔に昴は地団太を踏んだ。この場で自分だけなのだ、酸素がなければ生きていけないのは。処刑人であるユフィーリアとハニーは翔と同じ存在であると言っても過言ではない。
 ユフィーリアとハニーは揃ってまだ寝ぼけているのか、一面の星空を眺めて「綺麗だなァ」「彼氏と見たーい」なんてふわふわとした会話をしていた。覚醒しろ最強姉妹。
 なので昴は動いた。

「い・い・加減に・しろーッ!!」

 ゴッガッドゴッ!! と昴は翔とユフィーリアとハニーの脳天に拳骨を叩き落とした。ぶん殴る音はしなかった。
 3人とも言葉にならない悲鳴を上げて、鋼鉄製の床の上をもんどりうった。最初に復活したのは最強の処刑人・ユフィーリアだった。床に転がっていた愛刀の空華を拾い上げると、すぐさま抜刀の体勢を取る。その青い双眸には生理的な涙が浮かんでいた。地を這うような声で、彼女は言う。

「何か言い残したことはあんのかァ? 椎名昴さんよォォォォ???」
「ヒッ!? ポンコツ死神で聞き飽きた台詞をお前が言うとなんか洒落になんねェェェ!?」

 ユフィーリアは鞘から空華を引き抜くことはなかった。鞘ごと抜刀し、昴の横面を確実に狙う。
 その場にしゃがんでユフィーリアの攻撃を回避した昴だったが、抜刀が罠だったと知るには少し時間がかかった。
 頭上にあるユフィーリアの顔は、笑っていた。元々の顔は高級人形のように美しい顔立ちをしているが、今の彼女が浮かべている笑みは引き裂くようなゾッとする笑み。次の瞬間、昴の顔面にユフィーリアのブーツの底がめり込んでいた。

「ゴフッ……」
「おっとォ? ヒーローさん、手加減しなくてもいいんだぜ?」

 チカチカと瞬く視界で捉えたユフィーリアは、身の丈を余裕で超える大太刀で肩を叩きながら笑っている。さすが最強、侮れない。
 痛む顔面を押さえて、昴はユフィーリアを睨みつけるしかできなかった。


「お目覚めですかぃ? 寝起きでも十分動けるんだったらいいかアッハハハハハハ」


 楽しそうな笑い声が、一触即発の空気の中に落ちる。
 自動ドアに寄りかかりながら、雫が腹を抱えて笑っていた。格好はいつもの黒いパーカーに、動きやすさを重視した軍用パンツ、膝丈の編み上げブーツだった。

「山本雫、月に向かっているのは分かっているが月に向かったところで何をしようと言うのだ?」

 窓枠に凭れ掛かりながら、翔は雫に目的を問いかけた。
 ニコニコと笑っていた雫は、静かにその問いに答える。

「月にね、今、こわーい化け物さんがいるの。それを退治する為に、ウチは月まで呼び戻された」

 笑っている雫だったが、昴、翔、ユフィーリア、ハニーは気づいた。
 雫の笑顔が引き攣っていることを。あのいつでも笑っている雫が、その『化け物』を怖がっているということを。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.172 )
日時: 2016/02/18 11:45
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

忙しすぎて更新の暇がないので、あげさせてください。
次はやります。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.173 )
日時: 2016/03/13 22:59
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

仕事が大詰めになってきたので、残念ながらあげさせてくだしあ

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.174 )
日時: 2016/04/10 23:39
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

原稿が終わったので明日から更新再開です。
とりあえず今日はあげ。、

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.175 )
日時: 2016/04/16 22:20
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 とりあえず、月に行っても息はできるようだった。

「……何で!?」
「それはウチが言っておいたからだよー」
「仕組みはどうなってんだよ!?」
「ないしょ」

 呼吸ができることに疑問を持った昴が雫へ問いかけても、彼女はニッコリと笑って口を閉ざしてしまう。きっと月の神秘とかそういうものだ。
 理科の教科書で見る月面とは違い、雫の生まれ故郷である『月』はさながら地球と同じような場所だった。
 紺碧の空に、白銀の舗装路。家々は西洋風で、町を行き交う人は青髪の傾向がある。雫と同じような女性を何人も見かけたが、雫よりも髪の長い女性はいない。最長は腰ぐらいまでの長さだろうか。

「うわー、すごーい!! ねえユフィーリア、いこいこーッ!!」
「ちょ、姉貴引っ張んなイテェイテェッ!! どこから出てくんだその馬鹿力腕が抜ける!!」

 ハニーはユフィーリアの腕を引いて、人混みの中へ紛れてしまう。自由すぎる。ユフィーリアよりも彼女は自由すぎる。

「オイ、ユフィーリア!! ハニーさん!? 単独行動は止めとけってオーイ!!」
「無駄だあいつらに何を言ったところで地獄でも一、二を争うほどに自由人なのだから聞く訳がないむしゃむしゃ」
「……お前は何を食ってんだ」
「月の砂かき氷なるものらしい。美味い」

 水晶の器に純白の砂のようにさらさらしたかき氷を、スプーンで救ってむしゃむしゃと食べる翔。その表情はどこか幸せそうである。無類の甘いもの好き所以だろうか。
 助走をつけてぶん殴ってやろうかと考えたが、そうするとかき氷がこぼれてしまうのでやらなかった。食べ物に罪はない。罪があるとすればこの馬鹿死神だ。
 うん、もういいや。昴は考えることを放棄した。

「雫。俺たちは一体何をすればいいんだ?」
「怖い化け物を倒すには、ある術式をこなす必要がある」

 人混みをすいすいと避けながら、雫は淡々とした口調で告げた。

「月姫の結婚式。それが、こなさなければいけない大規模術式」

 雫が言うには、この月を牛耳る王家の女児でなければこの術式はできないらしい。
 術式の内容は、怖い化け物へ嫁ぐふりをするだけ。ただしそれには、4人の従者がまた必要になってくる。
 その術式をこなすことによって、化け物の脅威を鎮めることができるというのだ。
 ——術者の命と引き換えに。

「……それってつまり」
「うん、そう」

 何かに気づいた昴。雫は宇宙船で見せた時と同じように、寂しそうに笑った。

「ウチ、死ぬんだ。故郷を守って」

 純白の舗装路の先には、水晶の城が聳え立っていた。紺碧の空を穿たんばかりに高い尖塔には、三日月の旗が掲げられている。
 キラキラと輝く城門には、二人の衛兵と——そして彼女たちがいた。

「オイ通せよォ。いいだろ別に減るもんじゃねえしあの高いとこに上って『ヨーロソー』ってやりてえんだってば」
「そーそー、通して通してー」
「ダメだ!! ここを通す訳にはいかない!!」

 見慣れた金髪と銀髪の姉妹。先にどこかへ行ったはずのユフィーリアとハニーである。長い歩兵槍を携えた衛兵に行く手を塞がれてもなお、彼女たちは城の敷地内に侵入しようとしていた。実に馬鹿で、実に自由人の彼女たちらしいやり方である。
 ただ今にも抜刀しそうだったので、昴が全力で止めに入った。

「やめろ馬鹿!! 人ん家に勝手に入ることは不法侵入だぞお前ら!!」
「え!? マジでやべーなそれ!! これ誰ん家!? 許可貰えば入れるかな!?」

 そういう問題ではないけど、多分それで解決すると思う。

「ごめーん、通してー。アハッ」
「……ッ!? る、ルナーティア妃殿下……ッ!? いつお戻りに!?」
「ついさっき」

 ユフィーリアとハニーの侵入を全力で阻止していた衛兵の態度が、途端に急変した。さすが月の姫君。絶大な権力を持っている。
 ニコニコと笑いながら雫は、「あ、この子たちは従者だから」と言う。衛兵はその言葉を信じて、渋々と城門を開いた。

「これから術式の準備にかかるよ。みんな、最期までよろしく」

 雫はやはり笑いながら、そう言った。
 ゆっくりと開いていくその城門が、死地へ繋がる冥府の門に見えて仕方がなかった。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.176 )
日時: 2016/05/01 23:17
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 城に入った瞬間、雫によく似た女性に熱烈なハグを受けた。
 反射的にぶん殴った昴は、おそらく悪くはないと思う。

「ハッハッハッハ!! いい拳だね!!」
「お祖母ちゃん!! いきなりびっくりするよー、一体どこから降ってきたの!?」
「天井に張りついていたんだ。びっくりしたかい? ハッハッハ!!」

 割と本気で殴られたにもかかわらず、その雫によく似た人はケタケタと笑っていた。何故笑っていられるのか、不思議なところであるが。
 ユフィーリアとハニー、そして翔は揃って天井を見上げた。かなり天井は高い——というより、掴む場所がないのだが、果たしてどうやってくっついていたのか。疑問に思うところである。

「んん? 雫、もしかしてこの子たちが?」
「うん。ウチの術式を手伝ってくれる、近衛兵と介添え人」

 なんか訳の分からない呼ばれ方をしたのだが、何だろうか一体。
 疑問は解決することなく、着々と進んでいく。雫によく似た女性は、何度も頷いた。狂った笑顔はどこへやら、今は真剣な眼差しで昴たちを見つめている。

「そうかい、そうかい。君たちが雫の術式を手伝ってくれるんだね。ありがとう。感謝するよ」
「……てか、誰だお前。俺としてはいきなり抱きついてきやがった変態ババアとしか認識できないんだけど」

 そこんとこ分かってる? と昴は雫によく似た女性に問いかけた。いきなり抱きつかれたこっちの身にもなってほしいものだ。
 一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた女性は、すぐに何を言われたのか思い出したようだ。ポンと手を叩いて、「悪かった悪かった」と軽い調子で謝罪する。

「私の名前は山本静さ。いわゆるここの星の女王さね」
「……平凡な名前って言ったら怒りますか」
「いいや全然。お互い様さね」

 もっと、こう、キラキラした名前が出てくるかと思いきや全然普通の名前が出てきて拍子抜けしてしまう昴。
 一方の翔は、相手の名前や年齢さらに身長体重までを見抜く死神の目を有している為か、山本静の名前は簡単に知ることができた。ちなみにユフィーリアとハニーは面倒なので聞き流した。どうせこの場限りの付き合いだし。
 さて、と山本静はパンッ! と手を叩いた。

「術式の説明をしようか。決行は明日の晩さね。それまで体力を温存しておくんだ、いいね」
「そんなに大がかりな術式なのか」

 ここにきて、ようやく翔が口を開いた。
 山本静は、「ああ、そうさ」としっかり頷いた。

「それほど化け物の脅威は大きいのさ。被害は甚大じゃない。窓の外を見てごらん」

 彼女に促されて、昴と翔、エイクトベル姉妹は揃って窓の外へ視線を投げた。
 歩いてきた町は原型を留めている。問題はその先だ。
 紺碧の星空の下に広がる白銀の大地は、何もなかった。町がないのかと思いきや、瓦礫や人の姿をした炭のようなものが放置されている。確かにそこには町が、集落があったようだ。人も住んでいたのだろう。
 その光景を見た4人は、揃って息をのんだ。

「ここは、俺の管轄ではないが……あえて聞く。どれだけの被害があった」
「一夜にして2万人が死んだ。把握できているのはそれぐらいさね。おそらく、もっといるだろう。原型を留めている町は少ない。この王都はまだましな方さ」

 山本静は苦々しげに表情を歪めた。女王として、化け物を何とかできなかった自分を悔いているのだろう。

「だから、雫を使うしかないんだ。孫娘を、こんなことに巻き込んでしまうのはものすごく苦しんだけどね」
「別に気にしてないよ、お祖母ちゃん」

 苦しげな表情をして顔を俯かせる女王とは裏腹に、この星の王女は努めて笑顔を浮かべていた。

「ウチだって、故郷をなくしたくないんだから」


***** ***** *****


 あてがわれた客室は、一人で使うにはあまりにも広過ぎた。これは同居人である橘理人と結城小豆、ポチが一緒に住めるだろう。
 ダブルサイズのベッドに仰向けで寝転がり、純白の大理石でできた天井を見上げる昴。ヘッドフォンはしっかりと頭に装着したままだ。

「……あれで、いいのかな」

 大規模な術式の説明は受けた。雫もその役割に納得している。あのクソ死神と最強自由人とその姉は、果たしてあてがわれた役割に満足しているのか不明だが。
 少なくとも、昴はこのような展開に納得しているつもりはなかった。
 故郷の為に命を捨てて化け物に立ち向かう。それは素晴らしいと思う。まさにヒーローだ。テレビアニメでよく見るような、理想のヒーロー像。カッコいいと思う。
 しかし、それでいいのかと問われれば「正直どうなんだろうか」と思ってしまう。このまま死にゆく者を、平気で見過ごせと言うのだろうか。

「あー、畜生畜生。こういうのは割に合わないんだよ俺の仕事じゃないんだよ全くよォォォォオオオオオオ」

 ゴロンゴロンと寝返りを打っていると、ベッドから落ちた。床へ顔面をしたたかに打ちつけ、思わず悶える。
 そんな時に、憐れみを含んだ声が降ってきた。

「……貴様は馬鹿か?」
「テメェいつから」
「あー、畜生畜生、辺りから」

 扉を半開きにして顔を覗かせ、そして憐れみの目線を送る忌まわしき女顔死神がいた。
 自分の痴態を覗かれたことに腹を立てた昴は、枕を引っ掴んで全力投球。どういう素材を使っているのか不明だが、昴の剛腕で投げ飛ばされても枕は燃え尽きなかった。きっと丈夫なのだろう。
 翔はいとも簡単に投げられた枕を避けると、断りも入れずに部屋へ足を踏み入れた。

「『入るぞ』ぐらい言えよ」
「言う必要があるのか、貴様に?」
「失礼じゃね? 俺だってプライバシーとかあるんだけど。着替え中だったらどうするんだよ」
「ほう。貴様、備えつけのあの全身銀色のタイツを着る気か? さすがだな。ユフィーリアとハニーは問答無用で消し炭にしていたぞ」

 前言を撤回したい。全力で。
 忌々しげに舌打ちを連発していると、翔が突然話を切り出してきた。どうやら喧嘩を売りにきた訳ではないようだ。

「貴様は山本雫の運命に納得しているのか」
「全然」
「だろうな」
「お前はどうなんだよ。死神は別にどうだっていいだろ? 何せ雫はお前の管轄じゃねえしな」

 フン、と鼻を鳴らして翔は昴の質問に答える。

「確かにどうでもいい。彼奴は俺の魂の回収管轄外だ。この星を担当している死神に魂魄の回収は頼めばいい、が」
「が?」
「東翔個人としては、全くもって納得していない」

 やはり似た者同士なのだろうか。考えることは同じだったようだ。
 互いに顔を見合わせて、何かを企むように口の端を吊り上げる。

「やっぱ壊さなきゃいけねえよな」
「ああ、全くだ。こんなところへ無理やり連れてこられて、目の前で死なれたら寝覚めが悪い」
「だよな、だよな。そうだよな」

 そして2人揃って、こう言った。


「「自分勝手な奴は大嫌いだからな」」

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.177 )
日時: 2016/05/15 23:31
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 術式『月姫の結婚式』は、この星ができた当初から住みついている化け物に輿入れをするふりをする大規模術式だ。
 美女が多いとされる王家の女児が花嫁の格好をし、花嫁は道中の危険を退ける近衛兵と花嫁の身を守る介添え人を選出する。
 術式を行っている最中に、やってはならないことがたった一つある。それは、会話をしてはいけないというものだ。
 化け物は花嫁のことを『かぐや姫』と認識しているらしい。化け物とかぐや姫は将来を誓った仲であり、結婚する前にかぐや姫が病に侵されて死んでしまったのだ。
 故に、かぐや姫に扮した王家の女児が犠牲になることにより、化け物を鎮静化してきた。

「——以上が、今回行われる大規模術式の説明さね」

 分厚い古文書をパタム、と閉じた山本静。
 広い会議室のような場所では、雫と昴、翔、ユフィーリアとハニーのエイクトベル姉妹が並んで座り、山本静の話に耳を傾けていた。
 ユフィーリアとハニーはそもそも話を聞いているのかいないのか、理解しているのかしていないのか、ぐっすりすやすやと眠りこけていた。何故だ。
 昴と翔は揃って難しい顔、雫一人だけニコニコ笑顔である。

「そこで決めてもらうのは、誰が介添え人と近衛兵をやるかという話さね」
「道中の危険というものは如何なるものだ?」

 翔がご丁寧に挙手してから、山本静に問いかけた。
 山本静は至って真剣な表情で、ゆっくりと首を振る。

「それは古文書には書かれていないんだ。術式を行うごとに、危険というものは変わってくるらしい。私の父上がかつて近衛兵をやっていたようだが、術式が終わった後には下半身不随になったさ」
「……なるほど」

 雫は見かけによらず、案外タフネスである。自己回復力もかなり高い。おそらく山本静、そしてこの星の住人はみなそのような能力が備わっているのだろう。
 そんな者たちが下半身不随になるのだとしたら、昴や翔、エイクトベル姉妹など消し炭にされてもおかしくはない。
 おかしくはない、のだが。

「へー、面白そうな予感しかしねえなァ」
「そーそー☆」
「どんな危険が降りかかるのか……その際にクソヒーローも殺せればいいのだが」
「奇遇だなどさくさに紛れてお前も消し炭にしてやろうか女顔死神」

 どのような危機が待ち受けているのか、想像してわくわくしている地獄最強の処刑人とその姉。
 さらに彼女たちの隣では、地球で最もお騒がせな仲の悪いヒーローと死神が睨みあって火花を散らしている。エイクトベル姉妹はともかく、昴と翔が『本気で』喧嘩などした暁には、地球が半分に割れて『東半球』『西半球』に分かれることになるだろう。
 そんな彼らがこの星の命運をかけた術式に挑もうというのだから、もう不安しかない。
 顔の筋肉を引き攣らせた山本静は、再び問いを投げる。

「で、誰が近衛兵と介添え人をやるんだい?」
「どんな人物がふさわしいかで話は変わってくるんだけど」

 今度は昴が質問に質問で返した。

「介添え人は花嫁を守るのが仕事さね。近衛兵が主に戦闘を行う」
「ならユフィーリアとクソヒーローが近衛兵をやるといい」
「あ? ユフィーリアは分かるけど、何で俺が?」

 ユフィーリアと自分を近衛兵に推薦した翔に疑問を持つ昴。
 翔は苦々しげに舌打ちをしてから、

「納得はいかんが——貴様は、ユフィーリアに次ぐ戦闘力を有していると思っている。俺は地獄業火が使えなければ、無力な死神にすぎん」

 なるほど確かに一理ある。
 昴はこれでもヒーロー、主に素手での戦闘を得意としている。一方の翔は本来は戦闘をすべきではない死神だ。魔法や能力といった類を使わなければ、ヒーローの昴と渡り合うこともできやしない。

「それに、守るだけなら何とかなる。いざとなれば肉壁にでもなってやれる」
「うんうん☆」

 ハニーはもう介添え人でいいのか、こくこくと何度も頷いていた。
 ユフィーリアもユフィーリアで近衛兵の仕事を楽しみにしているのだろう、相棒の空華を念入りに確認していた。瞳がぎらついていて怖い。

「決まったようだね。じゃあ準備に取り掛かるよ。雫、おいで」
「ハーイ。じゃ、あとでね」

 にっこりと笑った雫は、山本静につられて部屋を出て行った。
 残された介添え人と近衛兵を任された四人は、声を潜めて、

「で、作戦はあんだろうな提案者?」
「フン。作戦などあったところで破綻するに決まっているだろう」

 ユフィーリアは口の端を吊り上げて笑む。ハニーも同じように笑った。どこか似ている姉妹である。
 翔は今しがた雫が出て行った扉を一瞥して、

「だが、貴様らはできるだろう? ユフィーリアは地獄最強の処刑人、ハニーはその姉、そしてクソヒーローは俺が殺しにかかっても死なないぐらいの頑丈さでできている」
「オイ俺だけ何で変な名前で呼ぶんだ」
「貴様はクソ・ヒーローという名前だろう?」
「きょとん顔で返すなッ!! ムグッ」

 翔に怒鳴り返したところで、彼に口を塞がれてしまう。

「前代未聞の挑戦をするのだ。誰にも知られてはいけない。知られれば、邪魔をされるに決まっている」

 ——そうだろう、と死神は同意を求めた。その場にいる三人は、一度だけ確かに頷く。
 これより行うのは、前代未聞の術式破壊。化け物を殺す為の、作戦会議。
 自分勝手な化け物を嫌った、四人の戦いが人知れず幕を開けた。

***** ***** *****


「じゃあ、逝ってきます」

 雫が笑顔で挨拶をして、開かれた地獄の門扉の前へ立つ。
 雫の前には近衛兵の昴とユフィーリア、雫の左右に翔とハニーが並ぶ。

「準備はいいか?」

 昴が雫へ問いかけた。
 純白のドレスにヴェールを纏った雫は、控えめに言っても美人だった。この世で見てきた女の中で、最も美しいと言っても過言ではないだろう。
 藍色の瞳を瞬かせた雫は、にっこりといつものように笑った。

「うん」

 確かに頷いた花嫁を確認してから、昴とユフィーリアは門扉へと手を添えた。開く為に、力を込める。

「…………?」
「…………」

 開かない。何故だ。

「オイ、何をしている」
「開かねえんだけど」
「いつもの馬鹿力はどうした」
「チッ。しゃあねえな」

 何故か開かない門扉に腹を立てた昴は、拳を握りしめた。その隣ではユフィーリアが空華を構える。
 そして、問答無用で、

「ふんぬっ」「せぃ!!」

 昴は扉をぶん殴って破壊し、ユフィーリアは扉を切断した。さすが近衛兵である。
 本来この扉はノックすれば開くのだが、それを知らなかった二人はあっさりと門扉を破壊してしまった。
 あんぐりと口を開けて驚く山本静と雫、そして想定していたと言わんばかりに薄ら笑いを浮かべる翔とニコニコ顔のハニー。

「ッしゃ、行くか」

 術式は今、始まりを告げる。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.178 )
日時: 2016/06/05 19:22
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 地獄へとつながる門を潜り抜けた勇敢なる花嫁と二人の近衛兵、そして二人の介添え人。
 一言たりともしゃべってはいけない、という術式は始まりを迎えた。
 ギギギ、バタン、と門が閉ざされ、視界の端にボウッと蝋燭の炎がひとりでに灯る。ボウ、ボウ、ボウ、と歩くにつれて蝋燭の炎が増え、五人に道を示していく。
 今のところ脅威になるようなものはなく、近衛兵は前方を警戒しながら先陣を行き、介添え人は花嫁の左右にぴったりと寄り添って周囲に視線を巡らせる。
 闇の中に浮かぶ蝋燭の炎は消える様子はなく、視界をぼんやりと照らしている。

(……今のところは問題なし、と)

 昴は拳を握りしめたまま、安堵の息をつく。この程度で怯えているようでは、毎日死神相手に拳を振るっている意味などない。
 隣を歩くユフィーリアもまた、平然とした表情をしていた。地獄最強の処刑人は、この程度では動じないようだ。頼もしい限りである。
 ちらりと背後を見やると、翔とハニーもまたケロリとしていた。死神と処刑人の姉は暗闇も平気なようである。さすが地獄出身は違う。
 昴自身も暗闇自体は問題ないのだが、何故だろうか、これだけ静かだと不安になってくる。——遠くの方から聞こえてくる本能の声に、唆されそうで。
 かろうじて足音と息遣いが聞こえてくるだけありがたいと思うしかない。
 と、その時だ。

「————ッ」

 ユフィーリアが足を止め、昴より後ろを歩く三人を片腕で制してきた。
 足音。息遣い。ざり。ざり。そんな音が聞こえてくる。昴は反射的に拳を握り、ユフィーリアは空華を構えた。隣に並ぶ銀髪碧眼の処刑人は、ニィと引き裂くような笑みを音もなく浮かべた。獲物を狙う、獰猛な笑み。
 暗がりから、少女が現れる。白いワンピースを着た、青い髪を持つ女の子。ただ、
 その眼窩に、眼球が嵌め込まれていなかったのだが。

(マジかよオイ)

 何も嵌め込まれていない空洞が、弓状に曲がる。恐ろしい。薄い唇からごぷりと血塊が吐き出されて、少女の真っ白なワンピースに赤い染みが作られる。
 殴るには彼女の目の前に立たなければいけない訳なのだが——まあ、問題ない。
 それより先に、ユフィーリアがぶった切った。
 神速の居合は少女の首を確実に捉え、胴体から切り離した。切断面からは赤い血が静かにあふれ出して、闇を汚す。さすが地獄最強の処刑人、鮮やかな手腕である。

(すげえなコイツ……)

 感心の眼差しを向けると、その視線に気づいたらしいユフィーリアがニッと不敵な笑みを浮かべる。白魚のような指を伸ばして、空中に文字を描く。


 な に み て ん だ


 別に見てない、という意味を込めて首を横に振った。すると、ユフィーリアから返ってきた言葉は「そうか」という短いものだった。
 しゃべれている状況なら笑っているだろうが、今は一言もしゃべってはいけない。会話もしてはいけない。
 花嫁を守る四人は、闇を進む。闇を突き進んで、花婿の待つ誓いの場へと急ぐ。

***** ***** *****


 東翔は退屈していた。
 先ほどから出てくる化け物は、昴とユフィーリアの近衛兵がバッタバッタとなぎ倒していた。あまりにもあっさりと倒していた。
 一体どの辺りが危険なのだろうか。試練とはこんなにも簡単なものなのか。
 くあ、と欠伸をしてなんとはなしに指先で空中に文字を書く。「ひまだ」と書いてみた。気づいてくれる奴はいなかった。


 ——暇なのかい?


 頭の中で誰かが話しかけてくる。首肯すれば、次なる質問が。

 ——なら、楽しませてあげようか。

 翔は興味がなかった。これは山本雫の故郷を救う為の儀式であり、必要な苦行。この場で一言でも話せば台無しだ。
 だからこそ、背後で控えている阿呆な化け物に構っている暇などなかった。
 翔は右手を緩やかに伸ばす。その手に赤い鎌が生まれ、同時に炎が生まれる。闇の中を明るく照らす地獄業火は、背後にゆらりと立っていた紳士服の男を丸焼きにした。問答無用だった。

 ——あついあついぎゃああああああああああああああ。

 暴れて死んでいく紳士服の男を眺めて、翔はただ嘲笑った。ざまあみろ。
 ハニーが翔の手のひらに文字を書く。「どうしたの?」と。なんでもない、と言うように翔は首を横に振った。ユフィーリアが翔を見て恨めしげな視線を送っているのは、この際気のせいにした。
 さて、この退屈という名の苦行は一体どこまで続くのか。

***** ***** *****

 一体どれぐらい経過したのだろうか。
 ユフィーリア・エイクトベルは空華で肩を叩きながら、首をぐるりと回す。
 今まで出てきた化け物とやらは、みんな他愛もない実力だった。正直言って退屈である。もう少し歯ごたえのある相手ならばよかったのに。
 危険な術式だと聞いたから近衛兵を買って出たし、術式にも参加することにしたし、山本雫を助ける作戦にも参加することにした。なのに何故だ。なんだ、この退屈な作業は。
 湧き出てくる雑魚を相手にしながら、ユフィーリアは舌打ちをしたい衝動に駆られた。ほら、また雑魚だ。
 現れた幼女の化け物に回し蹴りを叩き込めば、面白いぐらいに吹き飛ばされていく。放物線を描いて闇に消えていく彼女を見送って、ユフィーリアは空華を構えた。黒鞘から抜き放たれた薄青の刃は、消えかけた幼女の体を上半身と下半身に切断した。
 あーあ、暇だ。暇だ暇だ。暇すぎて仕方がない。少女の柔肌を傷つけるほどの実力を持つ化け物など出てこないし、少女の心を躍らせるほどに大群が押し寄せてくる訳でもない。
 その時だ。

 ずるり。

 闇の中から、何かを引きずる音が聞こえてきた。
 ふと足に違和感を感じて、下を見やる。足首を掴んでいたのは、何かの触手だった。
 触手に絡め取られた足を引っ張られ、ユフィーリアの矮躯は空中に投げ出される。悲鳴を上げそうになったが、なんとか飲み込んだ。
 闇の中に浮かぶ黄緑色の瞳。ギラギラとした眼球は、ユフィーリアを捉えて離さない。引き裂くように現れた白い牙。歯列。ぎざぎざの刃が恐怖心を駆り立てる。
 こうしてみると、仲間の顔がよく見える。雫のこわばった表情、昴の睨みつけてくるような視線、翔の薄ら笑い、ハニーのキラキラとした期待するような目線。ああ、これだ。これを求めていた。

 今に見てろ。
 お前を八つ裂きにしてやるよ。

 ゆっくりと降下を始めた体。血生臭い呼気を感じる口が近づいてくる。気持ち悪い。気持ち悪い。だが、それがいい。
 ユフィーリアは拳を握りしめた。昴には劣るが、ユフィーリアもそれなりに力が強い。自分には鬼の血も混じっているのだ。
 食われる三秒前のところで、歯列へ拳を叩きつけた。ゴッガァ!! と音がして、白い何かがはじけ飛ぶ。歯が抜けたようだ。ざまあみろ。
 痛みで悲鳴を上げた化け物の触手から逃れ、ユフィーリアは空中に投げ飛ばされる。地面に叩きつけられるより前に、彼女は愛刀の柄を握りしめた。
 音もなく滑り出てきた薄青の刃。切断術を纏わせた、凶刃。

 お わ り ぞ ら

 一言ずつ区切って、ユフィーリアは化け物を切断した。
 鮮やかに着地を果たした処刑人の少女は、余裕の笑みを浮かべる。それから、仲間に向かってピースサインをして見せた。
 どうだ。最強は、やはり最強なのだ。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.179 )
日時: 2016/06/26 23:04
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 はてさて、一体どれぐらいの時が経っただろうか。
 道なき暗闇だけの空間はついに終わりを告げ、第二の扉が四人の目の前に現れた。鋼鉄の巨大な扉である。まるで王城を守る頑強な門のようだ。
 前を歩く昴とユフィーリアが、後ろで控える雫と翔とハニーに目配せをした。三人は揃って頷き、翔に至っては「早く開けろ」と意味を込めた刺々しい視線を送ってくる。助走をつけてぶん殴りたい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。
 鋼鉄の扉に二人で手をつき、力を込める。ギィ、と蝶番が軋む音。それからゆっくりと扉は開く。

「…………?」
「…………」

 扉を開けた先に伸びていたのは、磨き抜かれた木製の廊下だった。どこまでも伸びる障子の壁に、天井から下がる蝋燭。和風の空間。
 昴とユフィーリアは、揃って雫の今の格好を確認した。
 青い髪の彼女が身に纏っているものは、純白のウエディングドレスである。対して式場へ向かう為の廊下は和風。完全にミスマッチな服装ないしは場所である。こうなるのであれば着物の方がよかったのではないか。
 踏み入ることを躊躇っていると、不意にユフィーリアが昴の手を取った。話せないのでユフィーリアは昴の手のひらに文字を書く。

 あ た し が さ き

 ユフィーリアの顔を真っ向から見ると、銀髪碧眼の処刑人はニッと不敵に笑んで先陣を切って歩き始めた。さすが最強の処刑人。怖いもの知らずのようである。
 そんな彼女を改めて感心した昴は、ユフィーリアの後ろに続いて廊下へ一歩踏み入った。
 その時だ。


 ————殺せ。


 奥底で呻く、本能。
 反射的に耳元を押さえて、昴は周囲を見渡す。雫とハニーが怪訝な表情で、翔とユフィーリアが緊張した面持ちで身構える。
 間違いなく聞こえてきた。本能が、昴に「殺せ」と囁いてきたのだ。足元から、頭上から、右から、左から、全方向から昴に「殺せ」と訴えてくる。何を? 誰を? 殺せ? そんな明確なことは言わない。ただ殺せと。
 ひっそりと昴に寄り添って囁く本能に抗うようにして、昴は頭を振った。今は術式の真っ最中であり、しゃべってはいけないのだ。この場でしゃべれば全て水の泡、自分一人でこの四人を道連れにする訳にはいかない。
 なので、

 く そ し に が み

 翔の腕をガッと掴んだ昴は、吃驚で目を見開く反吐が出るほど大嫌いな死神へ懇願する。

 な ぐ れ

 昴の言っていることを理解した翔は赤い鎌を構えて、野球よろしく昴の側頭部めがけて振り抜いた。ゴッキャッ!!!! とものすごい音がした。昴がヒーローでなかったら、多分首がもげていた。
 痛みで本能は鳴りを潜め、昴の体は障子の壁へ激突する。障子は倒れなかった。頑丈なようである。
 殴れとは言ったが、鎌で殴れとは一言も言っていない。恨めしげに翔を睨みつけると、翔はどこ吹く風でそっぽを向いていた。この野郎。
 しかしおかげで本能は何も言ってこなくなった。ありがたい。これで術式を続けることができる。
 ユフィーリアの手を借りて立ち上がった昴は、「ごめん」と唇だけで謝る。本能に身を委ねた状態の昴と一戦交えたことがあるユフィーリアは、「気にするな」とでも言うかのように昴の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

***** ***** *****


 こんな作業は退屈だ。
 ハニー・エイクトベルは、退屈そうに爪先で廊下を蹴飛ばした。
 妹であるユフィーリアは先陣を切って廊下を警戒しながら歩いている。その後ろにはヒーローが。ハニーと翔の仕事は、花嫁である山本雫の護衛だ。
 念の為に後ろを確認してみるが、案の定、何もない。誰かがやってくる訳でもない。非常に退屈である。
 先ほど椎名昴が耳を塞いで周囲を警戒していたが、あれは一体何だったのだろうか。もしかして耳に何か虫でも入り込んだか。だとしたら少し嫌だ。虫は大の苦手なのだ。

(どーしたものかしらねー……)

 暇だから隣を歩いている翔と雫にちょっかいでもかけてみようか。なんて思っていると、前方のユフィーリアが不意に足を止めた。後ろを歩くハニーたちを制するように、右手を横へ伸ばす。
 妹は耳を指先で叩く。何か聞こえるのか。


 うう、ううう、うううううう…………。


 冷たい何かが背筋を這い上がった。悲鳴を上げそうになったが、慌てて口を押さえて飲み込む。よかった、出なかった。
 勘弁してほしい。何で幽霊などが出てくるのか。いきなり出てくるな、驚くだろう。
 驚かされたことに腹を立てたハニーは、指先から雷撃を放つ。薄暗い廊下を引き裂く青い閃光。音のする方向へ飛んでいき、遅れてズドンッ!! という轟音が聞こえてきた。
 呻き声はもう聞こえない。
 代わりに妹からの恨めしげな視線は送られた。

***** ***** *****


 式場まで残りわずかだ。もうそろそろついてもいいはず。
 花嫁の雫は、先を歩く近衛兵の背中を眺めながら逸る心臓を落ち着かせる為に深呼吸をした。
 これから死にに行くのだ。緊張しないはずがない。
 どうやって殺されるのだろう。首をもがれるのだろうか。手足を引きちぎられるのだろうか。痛いのだけは勘弁してほしい。痛くない方法だったらもう何だっていい。
 心残りなのは、彼らの喧嘩を拝むことができなくなることだろうか。
 ヒーローと死神の喧嘩は、雫の毎日を退屈させなかった。犬猿の仲である彼らは、下手をすれば地球を真っ二つに割ってしまうのではないかと思うぐらいに強くて、はちゃめちゃだ。法則で縛れるような存在ではないと思う。

(もう少しでいいから、見てたかったな)

 寂しげに昴の背中を眺めて、雫は思う。
 この儀式が終われば、またいつも通りに彼らは喧嘩するのだ。「女顔死神」「クソヒーロー」などという口喧嘩は当たり前、殴り合いに発展して最終的にはビルを投げつけ火炎を投げつけの大混乱。人類は大迷惑だ。
 きっと彼らの喧嘩を止めるのは、ユフィーリアの役目になるだろう。喧嘩を面白おかしく眺めて、適度なところで翔のお供の死神と共に止めるのだ。
 そこに自分がいないのは、少し残念だが。

(まだ、死にたくないなぁ……)

 そう思ってしまうのは、罪なのだろうか。





 そして花嫁は、花婿が待つ式場へと辿り着こうとしていた。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.180 )
日時: 2016/06/26 23:14
名前: 立山桜 (ID: ???)  

読ましていただきました!すごく続きが気になります!頑張ってくださいね♪

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.181 )
日時: 2016/07/18 23:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

立山桜様

こんばんは、山下愁です。
随分と放っておいて申し訳ありません。閲覧感謝です。

ただ体調がよろしくなくて、更新をサボってしまっているのですが、どうかたまに覗いてくださると嬉しいです。
最後までよろしくお願いします!

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.182 )
日時: 2016/07/25 12:29
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 最後の扉を開けた先には、RPGゲームでよく見る『魔王の間』のような場所だった。
 今まで通ってきた和風の廊下が嘘のようである。赤い天鵞絨の絨毯が真っ直ぐ敷かれ、壁際には燭台が並び、その先には神父が立つ為の祭壇が鎮座している。祭壇の上部に掲げられているのは立派な十字架。紛うことなく結婚式場である。
 花婿となるべき存在は、祭壇の前に立っていた。
 年若い青年だった。美青年だった。艶のある夜色の髪に、病気を疑ってしまう白い肌。純白のタキシードで細い体を包み、ぴっしりと立派に決めている。長い前髪の隙間から覗く瞳の色は、引き込まれてしまいそうなほど不思議な魅力を感じる紫色だった。
 扉の開いた音に気づいた青年は、花嫁を届ける為にやってきた昴たちへと視線を投げる。薄い唇を歪めて笑うと、

「待っていたよ。僕の花嫁」

 ——その言葉を聞いて、昴は確信した。この大規模術式の最終地点へ辿り着いたのだと。
 ユフィーリアは黒髪紫眼の青年を睨みつけ、昴は自然と拳を構えてしまう。
 この貧弱そうな青年が、まさか何人も雫の親戚を殺してきたという恐ろしい化け物なのだろうか。アイドルも顔負けの美しい顔立ちをしているのに。地球にくれば、おそらく彼を放っておく人間などいないだろう。
 雫の表情が強張るが、それも一瞬のことだった。努めて笑顔を浮かべ、頭を下げる。ここから先は必要ないと言わんばかりに、四人のもとから離れて行ってしまう。


 ——さ せ る か !!!!



 四人の唇が同時に動いた。
 昴は横を通り過ぎようとした雫の腕を掴み、引き寄せる。驚いて瞳を見開く雫の顔がよく見えた。よく見たら泣いていた。
 ユフィーリアは集団の先頭に躍り出て、戦闘態勢を整えた。そのすぐ後ろには彼女の姉であるハニーと、怨敵である死神の翔が控える。

「あーもういいよないいよなァいいですよなァ!? ここにくるまでクッッッソ生温い敵しか出てこなくてもう色んなものを斬りたくて斬りたくて恋しかったんだよ畜生がァッ!!」
「好きな人じゃない人と結婚なんて胸糞悪いの、ハニー絶対に許さないんだからッ☆」
「薄ら笑いを浮かべて余裕ぶっているのも今のうちだ。貴様の顔面を焼け爛らせたのちに、灰にして二度と生き返られないようにしてやろう覚悟しろ」
「なーにが難しい術式だよ簡単じゃねえかお前一人相手にしたってまだ怪獣を相手にしていた方がましだっつうの!! よく難しいだの言えたなァ!!」

 最初から最後まで喋ってはいけないと言われている術式で、ベラベラと啖呵を切った四人。揃って中指を立てて、ベッと舌を出す。
 それから、お決まりの一言を、特大の声で叫んだ。


「「「「お前なんか、大嫌いだッッッッ!!!!」」」」



 敵だと改めて認識された青年は、一瞬だけその紫色の瞳を見開いたあとに、クスクスと笑った。

「花嫁を攫って行くの? すごい。今までそんな人いなかったよ。仕掛けを怖がる雰囲気も見られないし、むしろ嬉々として立ち向かっていく様は今までの挑戦者とは違うね。——いいよ」

 ギラリと輝く紫色の瞳。細い右腕が緩やかに虚空へと伸ばされて、何かを掴みとる。
 それは鎌だった。死神が持つような鎌。
 ただし翔が持っているものとは違って、歪曲する刃と長い柄の接合部に懐中時計が埋め込まれている。黒い文字盤に白い時針の、武骨なデザインの懐中時計だった。
 まるで魔法使いの杖のように振り回すと、青年は歌うように告げる。

「じゃあ、死のうか」

 式場が震動した。
 式場全体が、重力に引っ張られて落ちる感覚。内臓という内臓が浮かび上がり、気持ち悪くなる。

「うええなにこれ」
「まずは勇気ある挑戦者にお礼を。ここ最近は退屈していたんだ。刃向かってくれてありがとうって意味を込めて」

 祭壇から一歩を踏み出した青年は、



「適用『重力操作』」



 次の瞬間。
 ボカッと地面に大穴が開いた。なんでやねん。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.183 )
日時: 2016/08/08 22:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

 落ちる重力と青年にかけられた重力がダブルパンチとなって、昴たち四人へ襲いかかった。まるで上から押されているような感覚に見舞われながら、雫と共に落ちて行った。
 そして最終的に行き着いた先は、広々としたホールのような場所だった。ただし豪奢なものではなく、床石は埃が積もり、ホールの隅には白骨死体が転がっていた。
 ドサドサドサッ!! と床石に全身を叩きつけられた昴たちとは裏腹に、青年だけは軽々と着地を果たしていた。変わらぬ笑みを浮かべたまま、鎌を振り上げる。

「ねえ、どう戦うの? 何をして戦おうか? やっぱり真正面から正面衝突がセオリーかな」
「ハッ!! それがお望みならやってやるよッッ!!」

 真っ先に落下の衝撃から回復したユフィーリアが、素早く跳ね上がって空華を構える。得意の居合の体勢を取り、力強く埃っぽい床を蹴飛ばした。弾丸を超える速度で少女の矮躯は前へ突き進み、薄ら笑いを浮かべる青年へ肉薄する。
 ユフィーリアに次いで復活が早かった雫が、青年を斬り飛ばそうとするユフィーリアへ叫ぶ。

「ダメッ!! そいつは——!!」
「ダメだよ、僕の花嫁」

 すでに時は遅かった。
 青年は鎌の先端をユフィーリアへ向け、笑ったまま唱えた。

「適用『空間歪曲』」

 その瞬間。
 ユフィーリアと青年の間を隔てるように、空間がぐにゃりと歪んだ。水面のように空間が揺らぎ、歪んで、壁を成す。
 攻撃を止めようにも、放たれた薄青の刃は止まらない。斬撃は揺らいだ水面のような空間へ吸い込まれて消えてしまった。消えてしまったのだが、

「が、ァ!?」

 切断されたのは、ユフィーリアの背中だった。
 一体なにが起きたのだろう。ユフィーリアの有する能力は、視界に入った如何なるものでも切り裂き殺す切断術だ。ユフィーリアの背中は見えていなかったはず、それが何故。

「僕に攻撃は効かない。君たちは、君たちの能力で死んでいくんだ。——最高でしょ?」

 背中に受けた自分の攻撃に、ユフィーリアは舌打ちをする。そうなれば、殺傷力が最も高いユフィーリアの攻撃は危険すぎる。青年の首を飛ばすどころか、自分の首が飛びかねない。そうなれば、手も足も出やしない。
 空華を床に突き立てて、杖のようにして縋りつくことでなんとかユフィーリアは立っていられた。さすが地獄最強の処刑人、体力もけた違いのようである。
 落下の衝撃から回復した昴、翔、ハニーの三人は青年へどうやって攻撃するか思案していた。攻撃が跳ね返ってくるのであれば、攻撃の手段がない。この状況を果たしてどうやって切り抜けるべきなのだろうか。
 いつまでも飛びかかってこない昴たちに、青年は首を傾げた。

「どうしたの? 威勢がいいのはこの子だけ?」
「ッてェ!! 触んなボケッ!!」
「あはは、元気がいいなあ」

 笑いながらユフィーリアの背中に刻まれた傷を指先でつつく青年。存外加虐思考溢れているようだ、その表情が生き生きとしている。
 昴は極小の舌打ちをし、意を決して耳元のヘッドフォンへ手をかけた。このヘッドフォンの電源を切れば、昴は本能に身を委ねて動けることとなる。
 しかしそうすることで、周囲がいつの間にか傷ついているのも事実だ。それにもし、青年に攻撃が効かなかったらどうする。自分だけではなく他人も傷つけて、本当に勝ち目がなくなってしまうではないか。
 何もできない自分が恨めしい。恨めしい、が。

「ここで、行動できなきゃ——喧嘩を売った意味がねえだろうがァッ!!!!」

 ドゴォッ!! と昴は地面にクレーターを作りながらも走り抜け、青年の懐に飛び込んだ。
 しかし、昴の攻撃を見切っていたのか、青年はユフィーリアにそうしたように、空間を歪ませる。自分に攻撃が飛んでくるか、他人に攻撃が飛んでいくか。それは青年の匙次第だ。
 振り抜かれた拳は止まらず、自分か他人を傷つける覚悟を決めたその瞬間、背中に衝撃が生まれた。

「ぐはッ!?」

 殴り飛ばされたのだ。横合いから。鎌で。
 昴の体は空中を舞い、あらぬ方向へ飛んでいく。空中で体勢を立て直しながらも、昴は己の背中を殴り飛ばした怨敵を目の当たりにした。
 急いで走ってきたのだろう、息は上がっているし双肩も激しく上下している。だがその瞳——炎を思わせる紅蓮の双眸だけは、変わらず炯々とした光を宿していた。

 い け

 や れ

 全てがスローモーションに映る。
 背中を殴り飛ばした忌々しいクソ死神は、親指をピンと立てると直角に下へ向けて笑った。
 体勢を立て直し、昴は拳を引っ込めて足を伸ばす。首を飛ばす処刑道具のように振り上げられた足は、青年の脳天めがけて振り下ろされた。

「うぉぉぉおおおおおおおお!!!!」

 ドゴォォッッッッ!! と轟音がして、青年の体が床石に半分近く埋まった。第三宇宙速度で河原やビルを吹き飛ばすヒーローの、渾身の一撃が青年の脳天に決まったのだ。生きている訳がない。
 カクン、と青年の頭が落ちる。気絶しているのか、項垂れている為に青年の表情は見えない。

「……死んだ?」
「死んだか」
「じゃあ終わり? アタシ切られ損じゃねえかふざけんな殴らせろ!!」
「ハニーなんかきた意味ないじゃんビームさせてぇぇ!!」
「え俺!? 俺じゃなくてこいつにしろよ!!」

 処刑人姉妹が欲求不満のあまり、昴へと殴りかかろうとしたところで。
 下から声。


「適用『時間静止』」


 ピタリ、と。
 ユフィーリアの動きも、ハニーの動きも、昴の動きも、翔の動きも、雫の動きも、全てが止まった。
 何が起きたのか。終わったと思った心が、急激に冷えていく。悪い方向へ突き進んでいっている。

「あーぁ、痛いな。咄嗟に空間歪曲を発動させなきゃ僕の頭は粉々だったよ。でも衝撃でもすごかったな、ちょっと痛かった」

 よいしょ、と青年がずるりと床板から抜け出てくる。コキコキ、と首の骨を鳴らして、青年は緩やかに微笑んだ。
 その微笑が、どうにも、
 昴にとって見たことがあるもので。

「君、面白いね」

 寒気のするような笑みと共に、青年はトンッと鎌の先端で床石を叩く。見る間に床石が元に戻り、そして。
 頭が割れんばかり——いや、それ以上の衝撃が昴の頭に叩きつけられた。それが、青年へ与えた踵落としの衝撃だと気づくのは、昴が気絶してからだった。
 ゴシャッ、という破砕音と一緒に、全ての音が消える。




 ——殺せ、と本能が囁いた。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.184 )
日時: 2016/08/28 23:07
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Y5BrPURM)

ごめんなさい、明日更新します

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.185 )
日時: 2016/09/05 12:19
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 遥か昔の記憶だ。
 暗闇に落ちていく青年へ手を伸ばして、泣いた記憶がおぼろげながらある。

 ぜったいに たすけに きてね

 しんじてる

 音のない世界。本能だけが自分に話しかけてくる世界において、彼は自分に言葉を教えてくれた。心を教えてくれた。
 閉ざされていく暗闇を前にして、ただ呆然と立ち尽くした自分は青年から与えられた心に決めた。

 絶対に彼を助けると。


***** ***** *****


 ヘッドフォンが壊されたことにより、昴の瞳から光が消えうせる。体中の筋肉が弛緩し、その直後にむくりと起き上がる。
 ゆらりと顔を上げた彼は、無表情だった。仄暗い双眼で青年と、凍りついた表情をしている翔とユフィーリア、不思議そうに首を傾げているハニーと雫を順に見やる。
 見やっただけで、彼のやることは一つだ。

「ころす」

 ふと呟いた昴は、ドンッ!! という轟音と共に一歩踏み出した。砲弾のような勢いで青年へ肉薄した昴は、殺人級の拳を振り上げる。
 しかし青年の時を止める魔法によってその動きを止められ、昴は床石に叩きつけられた。

「あはは。すごいね君。どうしたの?」

 青年は楽しそうに笑っていた。本能に飲み込まれた昴を前にして笑えるなど、後にも先にも青年だけだろう。
 ところが、青年からの重力攻撃を受けた昴は、ピクリとも動かなくなった。死んだのだろうか。
 二人の行く末を見守っていた四人は、頼みの綱が断ち切れたことに絶望を感じ始めていた。攻撃対象がこちらに向いていなかったから、これはいけると踏んだのだが。

「オイ、ポンコツヒーロー!! 何をしている、起きろ!!」

 翔が罵倒を織り交ぜて叱責すると、むくりと昴が起き上がった。まさか攻撃対象がこちらに向くのではないかと思った翔とユフィーリアが、昴の行動に対して身構える。
 昴はうつろな双眼で青年を見据え、それから、


「ぐろーりあ?」


 首を傾げた。
 というか、対話が成立した?

「それ誰の名前? 僕の名前なの?」
「ぐろーりあ」
「どうして僕をそうやって呼ぶの?」
「ぐろーりあ」
「君は一体なんなの!?」

 先ほどの余裕そうな表情から一転して、緊張した面持ちの青年は昴へ怒鳴る。
 昴はにっこりと笑みを浮かべて、

「たすけ、きた」

 殺す為ではなく、昴は青年へ手を差し出した。まるで握手を求めるかのように、暗がりから誰かを助けるように。

「おくれた。ごめん。たすける。まってて」
「助けなんて必要ないよ!! 僕はここの化け物だ、君の敵だ!!」
「ちがう」

 差し伸べられた腕を振り払って、青年が昴の言葉を否定する。
 しかし、本能に飲み込まれながらも理性の昴が彼を助けようとしているのか、それとも本能の昴が彼を本当に助けようとしているのか、昴が青年の腕を握りしめた。折る為に、ではなくただ掴んだ。遠くに行く彼を止める為に。
 緩やかに首を横に振り、笑顔を保ちながら昴は言う。

「ぐろーりあ。ともだち」

 その言葉に、その場にいた全員が凍りついた。まさかこの殺す為だけに特化した暴走状態の昴と、何人も月の住人を殺してきた青年が友達だとは誰も思うまい。青年も固まっていたのは謎だが。

「オイ、ポンコツヒーロー。奴と友達なのか」
「ともだち」
「相手は否定しているみたいだが。というか固まっているのだが」
「たすける」

 昴はヒョイと青年を抱き寄せて、俵担ぎにしてしまう。怪力の昴ならば、彼一人を運搬するぐらい余裕だろう。
 ようやっと我に返った青年は、担がれた昴の腕から逃れる為に全力で暴れた。時間を操る能力を使えばいいのに、彼はバタバタバタバタと昴の肩で暴れに暴れて抵抗する。

「やめて! おろして!!」
「たすける」
「助けなんていらない!!」
「たすけ、る」

 昴はスタスタとホールの奥へ向かうと、蹴り一つで石の壁に風穴をぶち開けた。相も変わらず素晴らしいぐらいの怪力である。味方でよかった。
 呆然としている四人に昴が仄暗い視線を向けて、首を傾げた。

「いこう」
「「「「……お、おう」」」」

 おそらく逆らえば命はない。そう直感した四人は、昴の背中を追いかけてホールをあとにした。
 ————背後から、ずるりと何かが這い出てくる音は聞こえてなかった。

***** ***** *****

 もう抵抗する気も失せたのか、青年は昴に担がれたままシクシクと咽び泣いていた。男としての矜持が許さないのだろう。
 その姿が哀れに思えてきた翔が、青年へ問いかける。

「椎名昴は貴様を友人だと認定しているが、本当か?」
「しらない……ぼくこんならんぼうなおともだちしらない……」

 シクシクと泣いている青年は、顔を覆う手の隙間から翔の顔を覗き見る。

「もしかしたら覚えてないだけかも。僕はあくまで本当の敵の身代わりだから」
「本当の、敵?」
「『それ』は人の姿をしていない。傀儡が必要なんだよ。人の姿をしていない子が、花嫁なんか強請る訳がないでしょ?」

 青年の言葉になにか思うところがあったのか、ユフィーリアが足を止めて背後を振り返った。
 暗い廊下の向こうから、ずるりずるりと何かが這い寄ってくる。足元から冷たい空気が肌を撫で、嫌な予感が背筋を駆け上がる。自然と担いでいた空華を構えて、闇を睨みつけた。

「ユフィーリア?」
「くるぞ……でかい何かが!!」

 ユフィーリアの瞳は完全に獲物を狙う瞳だった。
 次の瞬間。足元の廊下が不意に途切れ、ずるりと闇の中に炯々とした金色の瞳が二つ輝く。じろりとその瞳は花嫁姿をした雫を見下ろして、にんまりと笑みを作った。
 青年を抱える昴は、道が途切れたことによって足を止めた。静かに青年を下した彼は、空中で輝く金色の瞳を見上げて言う。

「じゃま。するな」

 それは明確な敵意だった。殺意に塗れた彼を見てきた中で、初めての光景である。
 今の彼は味方だと判断した翔は、赤い鎌を構える。ハニーも同様に、額から電流を放出させて相手を威嚇していた。
 ここからが、花嫁を助ける為の最後の戦いである。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.186 )
日時: 2016/09/06 12:21
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 殴る。蹴る。ブン投げる。
 椎名昴が得意とする単純明快な攻撃が、何故今の彼がやると威力が増すのだろうか。
 死神の東翔や、処刑人のユフィーリアは面と向かって今の彼と正面衝突を果たしたことがあるが、ユフィーリアの姉であるハニーや今回の主役である雫は、現在の彼の状態を見たことがない。

「……ねえ、何あれ」

 雫が怯えが入り混じった声で、翔に問いかけた。
 暗がりからずるりと這い出てきた謎の怪物とは、昴とユフィーリアが対峙している。翔は、謎の怪物から這い寄ってくる触手のようなものを片っ端から焼き払っていた。
 ズゴンドガンッ!! などという轟音を聞きながら、

「あれが椎名昴の本性だ。ヘッドフォンを外すとああなる」
「じゃあヘッドフォンを嵌めればいいじゃん!! 何でそうしないの!?」
「それをやると、おそらく勝率が半減する」

 ビュッと飛んできた触手に地獄業火をお見舞いして、翔はちらりと背後を一瞥した。
 謎の怪物と昴・ユフィーリアの対決を、固唾を呑んで見守っている黒髪紫眼の青年。椎名昴の本性が、謎の怪物と戦う理由。
 椎名昴は、彼を守る為に拳をふるっている。母性本能というかほぼお節介の塊である彼の『理性』が取り払われ、誰彼構わず殺そうとする本能が彼の為に戦っているのだ。
 おそらく彼を差し出せばこの場は救われるのだろうが、そうすると今度は椎名昴自身が敵に回る可能性がある。

「なんだかよく分かんないけど、雷撃をお見舞いした方がいいねっ☆」

 事情をよく分かっていないのか、ハニーがやおら仁王立ちをするとパチンッと綺麗にウインクをした。
 その瞬間、謎の怪物の脳天に雷が落ちた。ゴロゴロピシャァーンッ!! と雷鳴が轟く。謎の怪物の悲鳴じみた「ぎぎゃああああ」という声が、その場で戦う者の鼓膜を震わせる。

「オイ、姉貴!! いきなり雷撃ぶちかましてくんな!!」
「ごっめーん☆」
「クッソ、あとでプロレス十三コンボしてやる……!!」

 雷撃の被害をもろに食らったユフィーリアは、姉の軽率な謝罪の仕方に舌打ちをした。そしてあとでプロレス技を十三回連続で見舞ってやることを決意する。果たして彼女の関節が持つだろうか。
 謎の怪物の勢いは収まらず、それどころかハニーの攻撃に対して怒ったのか、さらに触手が増えてきた。足元、頭上、あちこちから這い寄ってくる触手を翔はまとめて薙ぎ払うが、そろそろ処理が追いつかなくなってきている。
 椎名昴とユフィーリアは、なんとか前線で持ちこたえているが、力尽きるのも時間の問題である。どうにかしてこの状況を打開しなくては。
 チッと触手を薙ぎ払うしかできない自分に対して舌打ちをすると、背後から青年が泣きそうな声で叫んだ。

「やめて! お願いだから、僕を助けようとしないで!! どうせ僕はここから出られないんだから、お願いだから!!」
「い や だ」

 青年の訴えに、椎名昴の明確な拒否。そして昴は握りしめた拳を、謎の怪物の顔面に叩きつけた。顔面がへこんだ。
 ぎゃあぎゃあと喚く怪物に負けないぐらいに、青年の訴えが続く。

「どうしてそんなに頑張るの!? この子だけ助ければいいじゃん!!」
「やくそくした」
「覚えてないよ!! だって僕は君の名前を知らないもん!!」
「おぼえてる」

 ユフィーリアが足に絡みついた触手を切断した。切断した触手がバタバタとトカゲの尻尾の如く暴れ狂ったので、一度刃を鞘に納めて再び抜き放つ。今度こそ粉微塵となった。
 椎名昴は連続で拳を怪物の顔面に叩きつけた。空中に浮かぶ金色の双眼に、涙が滲んでいるような気がする。彼の容赦のない攻撃に、謎の怪物が悲鳴を上げている。

「ぐろーりあ。ことば。おしえた。
 ぐろーりあ。いきかた。おしえた。
 ぐろーりあ。しんじて。くれた。
 だから。たすける」

 確かな少年の意思に、青年が「ッ……」と息を呑む声を聞いた。

「クッソ、押されてる……!! オイ、翔!! 雫とそこの泣き虫を抱えて式場から飛び出せるか!?」
「俺にそんな身体能力を要求するなッ!! ポンコツヒーロー、貴様が——ああ、無理か何も聞こえていないか」
「ハニー、花嫁ちゃんを抱えるから花婿君は頼んでもいいかな?」

 謎の怪物の注意が椎名昴へと逸れた隙を見計らって、早くも撤退作業が進められる。傷つきながらも殿を務めるべくユフィーリアが、逃げる準備を進める四人の前に立ち塞がり、翔が青年を抱えてハニーが雫を横抱きにする。
 しかし、翔に抱えられた青年が、唐突に「あはは……」と力なく笑った。

「ごめん。ちょっと下ろしてくれる?」
「……身を投げることは勘弁しろ。貴様がいなくなれば、誰が奴の手綱を握るのだ」
「そんなことしないよ。せっかく気づかせてくれたんだもん」

 青年の言葉を信じて、翔は彼を下した。
 懐中時計が埋め込まれた大鎌を携えて、彼は一歩ずつゆっくりと謎の怪物へと近づいていく。

「椎名昴だなんて呼ばれているから、分からなかったよ。そっか。約束を果たしにきてくれたんだね。信じて待ってた甲斐があったよ」

 ゆらりと鎌を持ち上げて、その切っ先が謎の怪物へと向けられる。
 金色の瞳が歪み、触手が青年めがけて飛んできた。誰もが息を呑んだ瞬間だった。
 青年は避けようとしない。むしろ、彼は笑っていた。


「ありがとう、『タナトス』——君を信じてよかった」


 聞き覚えのある言葉に、翔の思考が停止しかけた。確か椎名昴に幽霊が憑りついていた際に、黒こげの幽霊が成仏する寸前に囁いた言葉だ。
 タナトス。非情な死の神を意味する言葉。精神面においては、破壊欲や殺戮欲を司ると言われているもの。
 トドメだと言わんばかりの勢いで放たれた椎名昴の蹴りが、ついに謎の怪物の顔面を抉り取った。気持ち悪かった。完璧な着地を果たした椎名昴は、青年へ振り返って柔らかな微笑みを見せた。

「やっと。よんでくれた」

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.187 )
日時: 2016/09/07 12:25
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

 青年の鎌に埋め込まれた懐中時計の針が、急速に戻り始める。ぐるぐるぐるぐる、と目まぐるしく時が戻り、そして青年の手には椎名昴がつけていたヘッドフォンが握られていた。
 ヘッドフォンを片手に椎名昴へ歩み寄った青年は、彼の頭にヘッドフォンを装着させる。その瞬間に、昴の双眼に光が宿り、理性を取り戻した。

「……? うおお!? お前なんでここにいんだ!? え、何この怪物気持ち悪ッ!! 誰がやっつけたんだよ!!」
「君だよ。椎名昴君」

 ニコニコと朗らかに笑う青年に対して、昴は先ほどの柔らかな笑みから一転させて訝し気な目線を彼へ突き刺す。瞳は「何故自分の名前を知っているのか」と物語っていた。
 試しに青年の背後にいる忌まわしき敵の東翔及びその一派に視線を投げると、彼らは揃って首を横に振った。翔に至っては、「貴様に関係があるのだろう」とジェスチャーで言ってきた。いや知らないし。
 ならどこかで交流でもしたのかと自分の記憶を探ってみるも、やはり無意味だった。まっさらである。もしかして十歳前後に交流でも持ったのだろうか。

「覚えてなくて当然だよ。僕がここに閉じ込められたのって、君が五歳か……えっと六歳ぐらいだったからね。でも、『君』はきちんと覚えててくれたよ」

 スッと手を差し出され、青年は初めて、己の名を口にした。

「僕はグローリア。君の友達だよ。よろしくね」


***** ***** *****


 恐ろしい化け物の正体は青年——グローリアではなく、謎の怪物の方だった。
 そしてその謎の怪物は、本能に飲み込まれた状態の椎名昴がぶち倒してしまったので、東翔一派は終盤出番はなかったらしい。らしい、という表現を使うのは昴自身が覚えていないからだ。
 月の住民はおろか、王宮からも感謝された昴たちは、仲よく揃って雫の兄の操作する飛行物体に乗り込んで、地球を目指していた。月が平和になれば、あとはもう用はないということである。
 ただ、行きと帰りで違う点が一つある。人員が一人増えたのだ。

「……で、お前は何で一緒に地球に向かってんだ?」
「君が行くなら僕も行くのが普通でしょ?」

 ジト目で睨みつけられたにも関わらず、相も変わらずニコニコとした笑みを浮かべている青年——グローリア。なんか知らないけど懐かれたような気がする。
 彼が言うには、グローリアと昴は昔からの友人らしい。人伝というよりグローリアが言うのだから、信用はできない。が、攻撃してくる気配もないのでこのままにしておいている。
 翔もユフィーリアもハニーも、そして雫もグローリアのことを警戒していたが、彼が攻撃してくる気配がないので、一応警戒心だけは持っていることにしたようだ。その為、若干距離が遠い。

「まさか俺の家に住むって訳じゃ」
「そのつもりだけど? 僕、地球に家ないよ?」
「マジかよ嘘だろ!?」

 いつにもましてバイトを増やさなければならない状況になりそうで、昴は頭を抱えた。大家族である。あのぼろアパートの許容人数を超えている気がする。
 昴が不幸になるさまが面白いのか、翔がゲラゲラと指をさして笑った。

「ザマア」
「やっぱりお前はここで落とすべきだと思うんだ!! 俺の判断は間違ってないよなァ!?」

 ガッと翔の胸倉を掴む昴と、いまだゲラゲラと笑っている翔。いつもの一触即発の空気が漂い始める。
 その時だ。
 グローリアが不意に動き出し、翔と昴の間に割って入る。いつもなら誰も仲裁しないし、することもできない喧嘩を、彼がサラリと止めてしまったのだ。これには二人も驚いた。

「お、オイ。邪魔すんなよ!! お前も落とすぞ!? つかやっぱ敵かよ!!」
「ううん。僕はいつだって昴の味方だよ?」

 ハイ、とグローリアが差し出したのは、なんと翔の腕だった。それを昴の手にがっしりと掴ませて、「放さないでね」と念を押す。
 次いで彼は、彼の武器であろう鎌の先端で、UFOの床をトントンと叩いた。

「適用『空間歪曲』」

 翔の足元の空間が揺らぎ、ずるずると翔の体が床板に飲み込まれていく。体半分ぐらい床板にめり込んだところで、翔が悲鳴を上げた。

「あああああああ足場がないだとなんだこれはどうなっているあああああああああああああ」
「あはは。空間に穴を開けて、機体の外に繋げてみたんだ」

 悲鳴を上げる翔を見下ろして、グローリアが楽しそうに笑う。その微笑みはまるで悪魔のようだった。
 可愛らしく小首を傾げた彼は、忌まわしきヒーローの腕が命綱となっている死神に対して囁きかける。

「昴をいじめると、僕も怒るからね?」

 つまりは。
 椎名昴の友人とのたまう彼は、東翔の敵だったようだ。

「き、貴様も大嫌いだぁぁああああ」
「奇遇だね。僕も君はちょっと好きじゃないなー。昴、頑張ってね。いつ地球に到着するか分からないけど、この子のこと支えてあげてね」
「ちょっと腕疲れたから放していいかな」
「やめろふざけるなおち、落ちるあああああああああああ」

 二人がかりで苛め抜かれている翔を、エイクトベル姉妹は腹を抱えて笑って見ていた。

Re: お前なんか大嫌い!! ( No.188 )
日時: 2016/09/12 12:00
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)

ヒーローと死神の雑談場♪ 〜ゲストを招いての振り返り〜


椎名昴「ゲストなどもういないに等しくねえかな」

東翔「それでも続けなくてはいけないのか、これは」

山本雫「今回は長かったね。今回もだね」

椎名昴「大体作者の五月病が原因だろ。完全にとばっちりじゃねえか」

山本雫「しかもなんか微妙な終わり方だったしね」

東翔「考えてなかったのではないか? 後半は昼休みの一時間という短時間で書き上げたものだからな」

山本雫「どちらかというと、家の方が捗るもんね」

椎名昴「ところで、あの最強処刑人は?」

東翔「今くるぞ」

ユフィーリア「よっす。遅れた」

グローリア「痛い痛い痛いってばあ!! なんで襟首掴むの!? 酷くない!?」

椎名昴「月姫の結婚式の奥地に囚われていた、グローリア・イーストエンドです。自称俺の友人」

グローリア「ご紹介にあずかりました、グローリア・イーストエンドです。椎名昴の友達だよ!! これから一緒に翔君をいじめていくのでよろしくね!!」

ユフィーリア「ッつーことは一応はアタシの敵だと」

グローリア「あはは。君の攻撃が当たるとでも?」

椎名昴「ここはここで剣呑な空気が流れてるなーオイ」

東翔「ユフィーリア、やめろ。変に相手を刺激するな」

ユフィーリア「いや別に。睨んでただけだし」

山本雫「子供みたいな言い訳だね!!」

グローリア「昴をいじめようとしなければ、比較的友好的に接するつもりだけど?」

東翔「それは無理だ。何故ならそいつは俺が殺さなければならないから」

グローリア「死神を一から調教するのってやってみたかったんだよね。赤ん坊まで時間を戻して育て直そうか」

東翔「やめろ貴様をお父さんと呼びたくない」

山本雫「そういえば、君ってヒーローの家で居候するの? 大家族だね」

椎名昴「今から食事のことを考えると胃が痛くなる」

グローリア「あ、それは大丈夫だよ」

山本雫「なにが大丈夫なの?」

東翔「まさか何も食わないとか?」

グローリア「いや食べるし、普通に排泄もするよ。じゃなくて、きちんと僕も稼ぎ口があるって話」

椎名昴「何? まともな働き口?」

グローリア「株とFX」

ユフィーリア「こいつ嫌に頭いいもんな。いいんじゃねえか?」

椎名昴「マジか……マジか……」

山本雫「すげー」

東翔「さすがだな。その頭脳がほしいぐらいだ」

グローリア「あげないよー。昴の友達だもん」

東翔「チッ」

椎名昴「さて、次回予告でもするか」

グローリア「次回予告?」

ユフィーリア「じゃあ今回のMVPである雫」

山本雫「ハーイ!! 次回の話はこれだよ!!」



「お前は一体どこに住んでいる」
「さて、どこでしょう? フフフ」
「こいつぶっ飛ばしたい!!!!」

 一人クリスマス野郎で何を考えているのか不明なビームを出せる宇宙人、ジャンバルヤ=ダイマリン。略してジャン。
 そんな彼が動き出すとき、白鷺市になにかが起こる!!!!


東翔「パンツ泥棒がいよいよ動くと」

椎名昴「次回も」

グローリア「お楽しみに!!」