コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.199 )
- 日時: 2016/12/31 20:59
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)
最終話
問題
演劇や小説などの最後の場面や、全てがめでたく丸く収まる結末について俗に何と言う?
模範解答
大団円
椎名昴の答え
エンディング
採点者のコメント
最後の最後で味気のない答えだね
山本雫の答え
ラスティング
採点者のコメント
色々なモンが混じってることについて言及してえんだけど
ユフィーリア・エイクトベルの答え
大きな○
採点者のコメント
言いたいことはよく分かった、だが不正解だ
東翔の答え
最後まで閲覧してくれた数奇な読者共、またどこかで会おう
採点者のコメント×3
最後の最後でいいところを持っていくなあ!!!!
最終話 終幕の定義
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.200 )
- 日時: 2017/01/02 22:28
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)
「ぶへっくし!!」
豪快なくしゃみをした昴は、ずるずると鼻を啜る。鼻水は出ていないが、何故か寒気がする。
朝から力が入らないし、頭も重い。これは完璧に風邪を引いた。今まで風邪など引いたことがないのに、風邪を引いてしまったらしい。
ぶへっくしぶへっくし、とくしゃみを連発しながら救急箱をひっくり返すも、風邪薬の類は一つもない。しまった、買い忘れていたのか。この時ばかりは過去の自分をブン殴りたい。
「昴どうしたー? 風邪?」
「小豆ちゃん、俺は死んでもお前には頼らないからな」
心配そうに顔を覗かせた幼女——結城小豆に、昴は拒否の態度を示す。
何故なら彼女はマッドサイエンティスト。様々な薬を作ることを得意としているが、副作用が半端ないのだ。風邪薬と称して下剤でも渡されたら、多分一週間はトイレから出てこられないと思う。
さすがにトイレに住みたくないので、昴は死んでも小豆には頼らないと決めている。今後一切。
「デモ昴ハン、心配デンナ」
「ポチ、さりげなく尻尾のドリルが当たってるからやめて。今すぐ尻尾を振るのをやめろ」
トテトテと器用に皿を咥えてやってきた小学生の落書きのような——犬なのか猫なのか不明な不思議生命体のポチが、昴の足元をぐるぐると回る。ブンブンと振られている尻尾のドリルが、先ほどから脛に当たって痛いのだ。弁慶でさえも泣くという脛を攻撃されれば、ヒーローの昴でさえも泣く。
ポチの体を抱えて小豆に手渡して、昴は着替えを始める。昴は保険証など持っていないので、自然と向かう先は決まったところになってしまう。
「あれ、昴。病院?」
「リィーン、いい子で留守番しててね。間違っても宅配のお兄さんにヘッドロックかましたらダメだからね」
「チョークスリーパーは?」
「ダメ。ダメったらダメ」
ベランダでじゃばじゃばと如雨露で水を浴びていたリィーンが顔を出し、「えー」と不満げに唇を尖らせた。隣に住んでいる死神相手なら何をしたって止めやしないのだが、一般人相手にプロレス技をかます宇宙人とはこれ如何に。これ以上突っ込んでいたら、ますます昴の風邪が悪化しそうだ。
念の為にマスクをして、昴は薄い扉に手をかける。
「じゃーな。昼までには帰るから」
「いってらっしゃーい」
ポチの手を無理やり取ってブンブンと振る小豆に見送られて、昴は家を出た。
向かう先は白鷺市の外れにある——。
「闇医者しかないんだよなぁ。ヒーローなのに」
——昴が闇医者と勘違いしている、研究施設だった。
***** ***** *****
「あれ? 昴は?」
グローリア・イーストエンドが帰宅した時には、昴はすでにいなかった。
今日もバイトだろうか、とグローリアは記憶を探る。いや、そんなはずはない。最近の昴は風邪を引いていて、「明日はバイトを休んで病院行く」と言っていたぐらいだ。おそらく病院に行ったはず。
だが、昴は保険証を持っていない。国民保険に入っている訳でもない。そんな彼が『病院』と称して行くところは——と想像したところで、グローリアの全身から血の気が引いていく。
「まずい、非常にまずい……ッ!!」
「あれ、グローリアどこに行くの?」
小学生が落書きしたような——犬なのか猫なのか分からない不思議生命体と一緒に遊んでいた小豆に「ちょっとそこまで!!」という適当な理由をつけたグローリアは、立てかけてあった時計を埋め込んだ鎌を握りしめると家を飛び出した。
扉を少々乱暴に閉めて、向かう先は隣の部屋。そこは昴が最も敵視している、死神の部屋だった。
インターフォンなど意味がないので、グローリアは荒々しく薄い扉を叩く。叩くと言うより殴りつける。
「ちょっと!! いるんでしょ!! 君がこの時間帯は働いてないって知ってるんだからね!!」
時間をおかずに、何やらおどおどした少年が顔を覗かせた。グローリアを借金取りにでも勘違いしたのか、出てきた時は青い顔をしていたのだが、グローリアの姿を確認すると少年は眉根を寄せる。
「翔様に何かご用ですか?」
「協力して。昴から聞いてるんだからね、地獄で処刑されそうになった時に助けたんだって。今その恩を返す時がきたんだ!!」
玄関先でぎゃあぎゃあと騒いでいるのが聞こえたのか、目的の死神である東翔が眠そうに目元をこすりながら現れた。随分と間抜けな格好である。
「喧しいぞ、グローリア・イーストエンド。何しにきた」
「昴を助けて」
グローリアの率直な要求に、翔は首を傾げた。
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.201 )
- 日時: 2017/01/03 22:33
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)
非常に面倒くさい。
昴は重たくなる足を引きずりながら、白鷺市の外れにある白い巨大な建物の前までやってきた。看板は壊れかけ、庭先は雑草が生い茂り、何故かその建物の上空だけ曇天である。見るからに怪しげな建物だ。入ることすら躊躇ってしまう。
ぶえっくし、と昴は豪快にくしゃみをしてから、かろうじて伸びている獣道を踏みつけた。ザックザックと雑草を掻き分けて進んで、閉め切られたガラス戸を軽く叩く。本気で叩けば力加減を誤って扉を吹き飛ばしてしまう可能性があったので、昴は細心の注意を払った。
「ハイ、どちら様かな」
「すんません、保険証持ってないんですけど診察してくれます?」
ガラス戸の向こうで、白い何かが揺らめいている。白衣を着た誰かだろうな、と昴は考えた。
やがて昴の質問に応じるかのように、扉が開かれる。ギィと蝶番が軋み、扉が開いた瞬間に埃っぽい臭いが鼻孔を掠めた。思わず顔を顰めてしまったのは言うまでもない。
扉を半開きにして顔を出したのは、疲れ切った男だった。白衣の胸元には『椎名』とあった。同じ名前か。
「君は——」
「椎名昴。ちょっと風邪引いて、くしゃみと鼻水と寒気が止まらないんだけど」
白衣を着た男に症状を告げると、『椎名』と名札をつけた男はにっこりと満面の笑みを浮かべた。気持ちの悪い笑みだった。
「ああ、ああ。思い出した。椎名昴君だね!! よくきた。さあ、こっちへ。君の症状はすぐに治るよ」
「本当ですか」
「もちろんだとも。風邪の初期症状だ。大丈夫だよ、すぐによくなる。眠って二時間もすれば、ね」
やはり病院にきてよかった。風邪を長引かせたくない昴にとって、二時間も眠っていれば完治できるなど願ってもいないことである。
ニコニコと笑っている白衣の男に案内されて、昴は怪しげな施設の中に足を踏み入れた。
——いや、踏み入れてしまったとでも言う方が正しいのだろう。
***** ***** *****
「——処分されるだァ?」
素っ頓狂な声を上げたのは、銀髪碧眼の処刑人——ユフィーリア・エイクトベルだった。
その言葉に頷いたグローリアは、訳を説明し始める。
「最近、昴は風邪を引いていたけどそれは風邪じゃなかったんだ。崩壊の合図。あのままにしておくと、細胞組織が崩れて液体みたいになって死んじゃう。無自覚だけど、昴はそうしない為に『病院』へ行ったんだ」
「奴には保険証という御大層なものなど持っていないだろう。病院へ行こうにも、ただでさえ財布のひもが固い貧乏人だ。自費で病院に行く訳がない」
翔が昴を貶しつつも、グローリアの言葉を否定する。
それに、訳が分からなかった。
崩壊の合図? 全てを燃やし尽くして灰さえも残らないと言われている、翔の炎を食らっても平然としている彼が、そんな簡単に死ぬのか? それはそれで悔しい。
「白鷺市の外れに白い建物があるでしょ。なんだか危ない感じの」
「あははははは!! よく見るよ、なんかあそこだけ年中無休で曇ってんだよね!!」
ケタケタと楽しそうに笑いながら雫が言った。あそこは年がら年中曇天である。何をしているのか分からないが。
「あそこって研究施設なんだよね。僕と昴が生まれた場所。僕よりも先に昴が生まれてたんだけど」
「研究施設? 生まれた? 人体実験でもされてたのかよ」
ユフィーリアが訝しげに眉を寄せた。グローリアは笑いながら彼女の言葉を肯定する。
「そうだね、人体実験されてた。でもね、僕や昴がどうやって生まれたのかは分からないんだ。あそこの人は何も教えてくれなかった——ッと、ついたみたいだね。ここがその『病院』だよ」
グローリア、翔、ユフィーリア、雫の前には巨大な白い建物が鎮座していた。
確かに言葉通り、建物の上空は曇り空で覆われている。行く途中までは快晴だったのに、ここだけ妙に薄暗い。建物の窓ガラスは割れてるか閉ざされているかのどちらか。庭先は雑草がボウボウ生えていて、足の踏み場もない。踏み込むことを躊躇ってしまうような建物だ。
翔とユフィーリアと雫の三人はうええと顔を顰めたが、グローリアだけがザックザックと雑草が生えた庭先を踏み越えていく。何の躊躇いもなく足を踏み入れていった彼の背中を追うようにして、三人も庭先へ侵入した。
「ユフィーリア、悪いけど扉を斬ってくれる?」
「いいけど……開けたらこんにちはって展開はねえよなァ?」
「ないよ。大丈夫」
閉ざされたガラス戸の前に渋々立ったユフィーリアは、空華を構えて神速の居合を放つ。薄暗い中に青い剣閃が奔り、見事に扉を切断した。鮮やかな手つきである。
倒れた扉を乱暴に踏み台にして、グローリアは先陣を切って土足で建物の中に侵入を果たす。
建物の中はやはり薄暗く、明かりの一つもついていなかった。唯一の光源である緑色の非常灯が、何とも恐ろしい。
「ねえ、グローリア。ここって本当に研究施設か病院なの? すごい埃っぽいんだけど」
「碌なことをしてないからね」
転がったベンチを蹴飛ばして、一本道の先には白くて巨大なホールが四人を出迎えた。闘技場、あるいは実験場のようにも見える。
高い天井には煌々と照明が輝き、壁や床は純白。平衡感覚がなくなってきそうだが、四人はそもそも人間ではないので平気だった。少し顔を上げたところにはガラスが埋め込まれていて、おそらくホール全体を見下ろせる形となっているだろう。
「ここは、一体——」
ぐるりと翔が周囲を見渡すと、バンッ!! という荒々しい音が聞こえてきた。
四人が入ってきた方向とは真逆にあった扉が、けたたましい音を奏でて開かれる。暗がりからフラフラと覚束ない足取りでやってきたのは、
「……なんだ、クソヒーローではないか」
茶色の髪の毛。白い入院患者が着るような服。そして。
うつろな黒曜石の如き双眼と、なくなったヘッドフォン。
四人の血の気がザッと引いていく。特に翔とユフィーリアは顕著だった。何故なら、あの状態の昴はまずいからだ。
「クソ、どうなっている……ッ!! ヘッドフォンを外されたのか!?」
「外されたんじゃない、最初からないんだよ!! あれは僕たちが知ってる椎名昴じゃない!!」
なにッ!? と三人が反応したと同時に、椎名昴は攻撃を仕掛けてきた。
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.202 )
- 日時: 2017/01/04 22:09
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)
風邪を引いたことは生涯で一度もなかった。
だから、こんなに眠くなるとは思わなかったのだ。
白衣の男に注射器で薬を投与された瞬間に、急激な眠気に襲われた昴の意識は泥の底へずぶずぶと沈んでいった。そんな感覚に襲われた。
わずかに意識が浮上したが、瞳は開けられなかった。
全身が冷たくて、まるで水風呂に頭から浸かっているような感覚が肌を通して伝わってきた。
呼吸は難なくできたが、指先一つ動かせなかった。
(————おれは————)
俺は、誰だ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ自分のことが分からなくなった昴だが、すぐに意識は深淵へと落ちていく。
遠くの方がやけに騒がしかったが、気にも留めなかった。
***** ***** *****
目の前の少年は、間違いなく椎名昴だ。翔の知っている、あの忌々しいヒーローだ。「クソヒーロー」「女顔死神」と互いに罵り合って殴り合うことを日常茶飯事としているあの感情豊かな少年だ。
彼が敵味方関係なく襲いかかってくるという状態に陥った瞬間を見るのは、これで四度目だ。白い床を陥没させた椎名昴は、散り散りに飛び散った四人のうち、最も近かった翔へと狙いを定めてきた。
うつろな黒い双眼で睨みつけられると、手足がすくんでしまう。だが、ここで動かなければ殺されるのは翔の方だ。震えそうになる四肢を叱責し、翔は紅蓮の炎を纏う鎌を構えた。
「クソヒーローめ、せっかく助けにきてやったというのに恩を仇で返すとは!!」
まあいい。これで堂々と殺す口実ができた。
ブルン、と炎を纏った鎌を薙ぐと、広々とした白いホールに熱風が駆け抜ける。パッと赤い花が白い部屋に咲くと、ハラハラと花弁が散る。
拳を構える椎名昴を取り囲むように紅蓮の花が咲き乱れ、花弁が一枚一枚散っては火の玉となって燃える。ボッ、ボッ、と空気を燃やして小爆発を引き起こし、そして。
「今度こそ、くたばれ。ヒーロー」
口の端を吊り上げた翔は、鎌の先端で床を叩いた。カツンという小さな音を引き金として、椎名昴を巻き込んで紅蓮の火柱が立ち上る。背後でグローリアの悲鳴じみた声が聞こえてきたが、翔は清々しい気分だった。ようやく怨敵を倒すことができたのだから。
ところが。
バタンッ、バタンッ。白い部屋の扉が二度開き、今しがた倒したはずの椎名昴が二人現れる。どちらも茶髪、うつろな双眼が特徴だ。
「嘘だろ!? あいつ、影分身でも使うのかよ!!」
ユフィーリアの悲鳴。そして彼女は、二人のうち片方の椎名昴の首を斬り落とした。いともたやすく、呆気なく落ちた首。頭部をなくした胴体は膝から崩れ落ちて、動かなくなる。
翔は再び鎌を構え直すと、先端に紅蓮の炎を灯らせる。炎の熱気を感じながら、椎名昴の体を切り裂いた。歪曲した刃が椎名昴の胴体を袈裟に切り裂き、遺体を骨も残さず燃やす。
倒したはずだ。これで終わりのはず。
なのに。
「どうして……ッ!!」
「クソ……影分身にも程があるだろ……ッ!!」
部屋に入ってきたのは、五人の椎名昴。姿かたちがそっくりというか——同じだ。何もかも。髪色から髪型、服装から顔立ちまで全てが。
各々の武器を構えた四人は、じりじりと距離を詰めてくる五人の椎名昴から距離を取った。
その時だ。
『やあ、そこにいるのはアリスではないか?』
頭上から降ってきた、マイクを通した男の声。その声が聞こえたと同時に、四人へ襲いかかろうとしていた椎名昴の軍団がピタリと足を止めた。
顔を上げると、高みの見物を決めている白衣の男が一人いた。眼鏡を輝かせ、疲れ切った顔立ちをしている。翔が彼の名前を確認すると、彼は『椎名』とあった。奇しくもヒーローと同じ苗字である。
翔と雫とユフィーリアは彼に覚えがなく、また四人の中にもアリスという名前がつく人物はいなかったのだが、グローリアだけが彼の呼びかけに応じた。
「『先生』——昴を、どこへやった!!」
『昴? ——ああ、タナトスのことか。君は随分、あの個体に肩入れするね。あれは私が人類を殲滅する為に開発した兵器だというのに』
先生と呼ばれた男は、グローリアへ嘲笑を贈った。——ってちょっと待て。
「人類の殲滅だと? 奴がか!?」
『そこにいるのは死神の——誰か忘れたな。君も実に興味深い。炎を操ることから君はさしずめ、「フィアンマ」と名付ける方がいいかな?』
粘ついた視線を送ってくる男に、翔は心底ムカついた。ヒーローよりも性質の悪い相手だ。
いや、そうではない。
普段から世界の平和を守り、人類を守っているヒーローの昴が——人類を殲滅する為に生み出された兵器だと? そんな話、とても信じられるものではない。
確かにその剛腕は幾度となく人の命を危険に晒したが、昴は一度だって人を殺そうとか思ったことはない。——翔を除いて。
『これらは全員、私が全て作ったものだ』
先生と呼ばれた男は、意気揚々と語る。
『人造人間タナトス——それがこの兵隊たちだよ』
何が楽しいのか、男は哄笑を上げた。マイクを通して聞こえてくる笑い声が不愉快で、翔は眉根を寄せた。
『一人だけ——そう、一人だけだ。何を思ったのか余計な知識をつけて「自分は人類を守るヒーローになる」とか言って、研究員の一人を誑かしてこの研究施設を飛び出したのさ。以来六年間行方知れずだったが、今日ようやく戻ってきた。最高傑作で、最高のできの兵隊だったのに、余計な記憶も植えつけてしまって……ああ嘆かわしい』
「余計な記憶って何よ。笑えないし」
雫が銀色の狙撃銃を構えるのと同時に、五人の椎名昴が一斉に雫めがけて小石を投擲してきた。五つの小石全てが第三宇宙速度を叩きだして壁に衝突、見事に白い壁を穿った。
その怪力は、四人の知る椎名昴にそっくりだった。いや、そのものだった。
『だが茶番劇も終わりだ。奴の記憶を全て消去し、まずは貴様らを殺させよう。邪魔な奴を排除することによって、私の人類滅亡計画は幕を開けるのだ』
恍惚とした表情で告げた男は、『入ってきたまえ』と呼びかける。
入り口からぞろぞろと椎名昴が大量に入ってきて、五人から十人——百人と膨れ上がる。どこまでいるのだ椎名昴。
ずらりと並んだ同じ顔に、翔は極小の舌打ちをした。面倒なことになった。
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.203 )
- 日時: 2017/01/05 12:08
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
どこまでもどこまでも、深淵が続いている。
だいぶ深いところまで落ちたところで、誰かが昴を呼びかけた。
「君の友達だよ」
——友達なんていたっけ。
はて、と昴は思う。
黒い髪に色鮮やかな紫色の双眼。優しげな笑顔に見覚えがあるのだが、どうしても名前が思い出せない。包み込むように昴の名前を呼んでくれる、彼の名前を。
「お前にゃ借りがあらァ」
——借りって一体なんのこと?
昴は首を傾げる。
透き通るような銀色の髪に、蒼穹を彷彿とさせる碧眼。高級人形のような顔立ちとは裏腹に、ガサツで男のような口調に聞き覚えがある。なのに名前が思い出せない。からかうように昴の名前を呼ぶ、彼女の名前を。
「ウチのこと、助けてくれたよね」
——助けた記憶なんてあったかなぁ?
昴は疑問に思う。
青空に溶け込んでしまいそうなほどに鮮やかな青い髪を持つ、狂ったように笑う少女。ケタケタと狂人のような笑い声に、昴は覚えがある。なのに、どうしても名前だけが思い出せない。楽しそうに昴の名前を呼ぶ、彼女の名前を。
「——いいか。貴様は、この俺様に殺されるのだ」
——何故殺されなきゃいけないんだ?
最後に浮かんだ少年の顔を見た途端、焼けつくような怒りを感じた。
艶のある黒い髪に、紅蓮の炎の如き赤い双眸。少女のような顔立ちをしているにもかかわらず、接する態度は王様のよう。聞いているだけでイライラするその偉そうな口調に、昴は覚えがある。覚えがあるのに、名前だけが思い出せない。忌々しげにスバルの名前を呼ぶ、少年の名前が。
どこまでも深い闇の中に堕ちていく昴にはもう、誰の名前も思い出せない。次々と記憶が消えていく中で、最後の一人が昴をすくい上げる。
「君には為さなければならないことがあるはずだ。
だからこんなところで死んでいられないだろう。
人類を救うんだろう?
人々の笑顔を守るのだろう?
こんなところで立ち止まっていてはいけない。
君には最大にして最高の宿敵がいるじゃないか」
——宿敵? そんなのいたっけ?
問いかける昴に膨大な記憶の波が押し寄せてくる。いい記憶ではない、悪い記憶ばかりだ。
「このクソヒーロー、何故俺様の邪魔ばかりするのだ」
「死ね。二回ぐらい死ね。——いや前言撤回しよう。殺してやる。二度ほど殺してやる」
「貴様は存外馬鹿なのだな。ああ、すまない。脳味噌まで筋肉だから考えつかなかったか、この間抜けめ」
「いつか人類はこの俺様が征服してやるのだ。野望の為にな!!」
「何故朝から貴様の間抜け面を見なければならないのか」
「流れ星よ、どうかこのクソヒーローの頭に落ちてこい!!」
「——お前なんて大嫌いだッ!!」
聞いているだけで苛立ちがフツフツと込み上げてくる。どうしてここまで罵詈雑言が並べ立てられるのだろうか。
傷つく傷つかない云々より先に、ムカついてきた。怒りが増幅し、昴の許容量を突破する。この罵詈雑言を並べ立てた相手に、一言文句を言わなければ気が済まない。いや、もうぶん殴ろう。ぶん殴れば多少は気が晴れるかもしれない。
それこそ本当に、宇宙の彼方までだ。無料で宇宙旅行に連れて行ってやろう。さぞ見ものだ。
「ああ、クソが。俺だってなぁッ!!!!」
深淵を掴んで、力任せにブン投げる。
起きた先にいるだろう、大嫌いな宿敵へ向かって叫んだ。
「————お前なんて、大嫌いだッッッ!!!!!!!!」
ゴボッ!! と気泡が緑色の液体の中に生まれる。瞳を開くと、昴はガラスケースの中に収納されているようだった。
口には酸素マスクがつけられている為、呼吸はできる。ヘルメットや背中からはいくつもの配線が伸び、それらがガラスケースの蓋に繋がっていた。訳が分からない。
両手足は枷によって戒められているが、なんてことはない普通の枷だ。昴の怪力でもってすれば、いとも容易く引きちぎれるだろう。面倒なのでしなかったが。
昴は拳を振り上げると、渾身の力でガラスケースを殴った。ビシッとひびが入る。一度で壊れないガラスケースなど初めてだ。
今度は蹴飛ばしてみる。バリンッ!! とガラスケースは割れて、緑色の液体と共に昴は外へ放り出される。ヘルメットと背中から生えた配線を引きちぎり、濡れた茶色の髪を掻き上げる。
ヘッドフォンはないのに、不思議と音が聞こえていた。いや、もうこの際どうでもいい。早くあの怨敵をぶん殴らなければ。
「ンなろぉ。よっくもボロクソ言ってくれやがって!!」
舌打ちをした昴は濡れた手術衣など気にも留めず、どこかを目指して部屋を飛び出した。
***** ***** *****
本日で何人目かの椎名昴を黒焦げにして、翔は疲れたようにため息を吐いた。
押し寄せてくる椎名昴の大群は、徐々に数を減らしてきてはいるがまだたくさんいる。もう数えるのも面倒になってきた。
「クッソー、これいつまで続くんだよ!!」
ユフィーリアが椎名昴の首を刎ね飛ばしながら悪態を垂れた。最前線で戦い続けている彼女の疲労は、翔でも計り知れないほどだ。さすが最強の処刑人。
グローリアも時たま椎名昴の動きを止めてはどこかへ転移させているが、それも無駄に終わっている。全てこのホールに戻ってきてしまうのだ。
「もう狙うのめんどくさい!! なんで狙撃銃なんだろう!! 機関銃とか使えないの何でだろう!!」
「黙れ、山本雫。気が散る」
「ウチだけかーい!!」
あっははははは!! といつものように狂った笑いを上げる雫。宇宙人とは変人ばかりか。
相も変わらずいやらしい笑みを浮かべた男は、高みの見物を決めている。翔はまず先にあの男を狙うべきかと考えたが、それよりも先に椎名昴が襲いかかってくるのだから行動に起こせない。
「クソ、これでは自滅するぞ!!」
「オイ、翔!! 戦略的撤退も考えておいた方がいいぞ!!」
ユフィーリアの言葉に、翔はそれしかないと判断した。ここはひとまず引いて、体制を立て直すしかないだろう。
その時だ。
ドゴンバガンッ!! という轟音が聞こえてきて、椎名昴が溢れている扉が——何故か吹き飛んだ。
「「「「!?」」」」
これ以上なにかいるのか、と四人は身構えた。
扉を破壊して現れたのは、同じ椎名昴である。茶色の髪、ヘッドフォンはしていない、手術でもするかのような薄い布切れ一枚を纏った少年。ただしその全身は、まるで雨にでも打たれたかのように濡れている。
『ああ、最高のできである個体がようやく蘇った』
男の恍惚とした台詞に、四人の顔から血の気が引く。
椎名昴が人造人間タナトスの状態に戻っているのだとしたら、とんでもなくやばい。この集団を相手にするより遥かにまずい。
全身を濡らした椎名昴は、自分自身をポイポイと無造作に投げ飛ばしながら迷わず翔のもとまで歩み寄ってくる。
それから。
言った。
「お前のせいで気分が悪いんだどうしてくれんだこの女顔死神ィィィィイイイ!!!!」
握りしめた拳で殴りかかってきた。
慌てて回避したが、翔はその罵詈雑言に聞き覚えがあった。間違いない、ヒーローだ。正真正銘の。
帰ってきた最大の宿敵に笑みを送った翔は、お返しに罵倒をプレゼントする。
「貴様のせいで苦労させられたのだ覚悟しろクソヒーロー!!!!」
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.204 )
- 日時: 2017/01/06 12:01
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
「寝起きにお前の罵詈雑言で起こされるとか、どんだけ胸糞悪い目覚ましだよ!! 死んで詫びろ、俺に!!」
「ふざけるな。貴様に詫びたところで、俺様に何の得もないだろう。むしろここまで迎えにきてやったことに感謝してほしいぐらいだ」
「ハァァ!? お前に感謝するぐらいなら野良猫に土下座して感謝した方がまだましだわ!!」
昴の拳が炸裂し、翔の火炎が空を横切る。ドガンバカンヒュンヒュンブワッキラーンッ!! と訳の分からないカオスな戦場と化していた。
ユフィーリアと雫、グローリアはせめてもの巻き込まれないようにと白いホールの隅に縮こまっているだけだった。
訳も分からず巻き込まれた椎名昴の軍隊は、昴自身にぶん殴られて壁と衝突したり天井に頭から突っ込んだり、翔に燃やされたり、燃やされたりと着々と人数を減らされていった。なんだか全力で可哀想である。
周囲の椎名昴が人数を減らしていっていることにも気づかず、昴と翔の馬鹿二人は激しい喧嘩を続けている。
「大体なぁ!! 何で助けになんだ!? 別に病院にきただけだっつーのに、何をそんなに心配してんだお前は!?」
「俺様にではなくグローリアに言え!! 玄関先で脅されてここまで引きずられてきたって言うのに、感謝の『か』の字もないではないか!! あとここを病院だと勘違いする馬鹿は貴様しかいない!!」
「どっからどう見たって闇医者の病院だろ!? 保険証持ってねえもん俺、仕方ねえじゃん!!」
「国民健康保険に入れ!!」
「高いから嫌だ!!」
互いに最後の一撃と称して昴は拳を突き出し、翔は炎の鎌を薙ぐ。そして二人は一時的に距離を取った。
肩で息をしながら、昴と翔はようやく気付く。
周囲の人数が、何故か減っているということを。
ぐるりと辺りを見回してみると、椎名昴の軍隊が壁や天井にめり込み、消し炭になっていたりしていた。惨憺たる状況に、昴が悲鳴を上げる。
「きゃぁぁぁああああああああああ!?!! 俺!? 俺!? どうなってんの俺ェ!?」
「なんだ貴様、随分と語彙力が低下したな」
「ッせーな女顔死神。余計なことを言ってんじゃねえよ殺すぞ!? そうじゃねえよ、何で俺が俺でおれおれおれ——あれ、俺ってなんだっけ?」
「やはり馬鹿だ」
すでに俺のゲシュタルト崩壊を起こして混乱している昴へ、翔が一発ぶん殴った。死神の力は昴ほど強くないので、前のめりになる程度で被害は収まった。
全てを唖然と見ていた白衣の男は、震える声で言う。
『な、なんということだ……全員、倒されてしまった……』
「あ、先生だ」
昴は呆然とした様子の白衣の男へ手を振った。
「なんかガラスケースの中で寝てたら本当に治ったわ!! ありがとー、診療代っていくらですかー!?」
「貴様、殺されかけたというのに能天気な奴だな」
「ハ? 俺が? 殺される? お前が殺せねえのに?」
余計な一言を言ったおかげで、昴の頬を火球が掠めた。翔が言っていたことは事実で、昴は記憶を消し飛ばされそうになったのだが、翔のおかげで生きながらえたことを昴は知らない。
震えていた白衣の男は、目頭を吊り上げるとマイクへ向かって怒声を叩きつけた。そのおかげでハウリングが起こった。
『今に見てろ、貴様らなんぞこの手でつぶしてやる。タナトスなどなくても、私にはその力があるのだ!!』
「なあ、あいつ何言ってんの?」
「さあ?」
昴と翔が揃って首を傾げると同時に、地震が襲ってきた。
震度七を彷彿とさせる地震だ。これはまずいと判断した五人は、慌てて研究施設から飛び出す。昴など全身を濡らしたまま、そして裸足のままだったのだが、構うことなく外へ出た。
しかし、地震が起きているのは研究施設付近だけで、他は何故か揺れていなかった。
「一体、何が」
「オイ、あれを見ろ!!」
ユフィーリアの声に、全員の視線が研究施設へ集中する。
突如として研究施設が二つに割れ、中から巨大な何かが頭を出した。
鋭い眼球。爬虫類のような口。ゴツゴツした岩肌のような皮膚。そうそれは——。
「ゴ〇ラ?」
「恐竜か」
世にも恐ろしい怪獣だった。
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.205 )
- 日時: 2017/01/09 22:28
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)
どんよりとした曇り空のはずが、いつの間にか怪しげな暗雲が立ち込める。ゴロゴロピシャーンッ!! と雷まで落ちた。
二つに割れた研究施設を押しのけて、恐ろしい怪獣が第一歩を踏み出した。そんじょそこらの木の幹よりも太い足が地面に叩きつけられると、ズズンッと地震が発生した。逃げたはずの五人の体が少しだけ宙に浮いた。
爬虫類のような口からぞろりと覗く純白の歯、そしてその向こうにある喉が赤く輝く。——炎でも吐くのだろうか。
「……なんか色々とまずくね?」
ぽかんと怪獣を見上げていた昴は、ポツリと呟いた。
この研究施設は、いくら白鷺市の端にあるとはいえ、この怪獣が二歩以上進めば民家にぶち当たる。そこに住んでいる人は一体どうなる。潰されて死ぬではないか。手軽なミンチの完成である。
それだけはなんとしてでも避けるべきだ。昴は転がっていた小石を拾い上げて、野球選手よろしく大きく振りかぶった。
「とんでけェェェェッッ!!」
第三宇宙速度で放たれた石ころは、小さな隕石となって怪獣の頭へ襲いかかる。
しかし、ギロリと鋭い双眼で小型隕石を睨みつけた怪獣は、飛んでくる隕石の方へ炎を吐き出した。灼熱の炎が石ころを押し戻し、さらに昴へと襲いかからんとする。
まさか押し戻されるとは思っていなかった昴は、予想だにしない展開にしばし唖然としていた。
「昴、ボーッとしちゃダメだよ!!」
「アッツゥ!! 殺す気か!?」
昴の前に黒と銀がよぎる。
同時に、ピタリと炎が止まり、押し戻されて滞空していた石ころと紅蓮の炎が切断される。グローリアとユフィーリアだ。完璧な二人の攻撃である。
我に返った昴は、次の瞬間グローリアに首根っこを掴まれて引きずられていた。とりあえず退却するようだ。
にしてもこの退却の仕方はないだろう。危うく死にかけた。
***** ***** *****
行くあてもなく白鷺市を走りながら、五人は口々に叫ぶ。
「追いかけてきてねえ!? 追いかけてきてねえか大丈夫かあれ!?」
「時間は止めてるから大丈夫だけど、時間を解いたら追いかけてくるかも!! それまでに白鷺市の人を避難させておかないと!!」
「避難誘導は悠太にやらせるとして、問題は奴をどうやって片づけるかだ」
「人間相手なら攻撃が通りそうだけど、さすがに皮膚が硬そうだぜあっはっはっはっは!!」
「し、死ぬ……苦しい……」
若干一名だけ三途の川を眺めている状態なのだが、そんなことも気にせず五人(うち一名は死にかけ)は逃げ回る。
走る馬鹿五人の横を通り過ぎる通行人は、なにごとだろうかと首を傾げるばかりだ。ここからでは怪獣が見えないのだろうか。そんな馬鹿な。
「ぐろー、りあ、そろそろ、放せ……」
「あ、ごめん」
キキッ!! と急停止をしたグローリアは、軽い調子で謝りながらパッと昴の襟首を掴んでいた手を離す。
重力に従って落下した昴は、コンクリートと後頭部を衝突させることとなった。ゴシャッと音がした。痛かった。
「とにかく今はあの怪獣をなんとかせねばなるまい。——一応悠太に連絡する、他は対策を考えろ」
紅蓮の鎌を担いだ翔は、鎌へ向かって話しかけ始めた。はた目から見るとおかしな人である。
「あの怪獣はぶった切れるもんかァ? いや、アタシに斬れねえもんはねえけどよ」
『わあすごい。怪獣を斬ったなんてなったら空さんすごく有名になるね。勇者の剣だね!!』
「怪獣を倒した勇者として祀られるかな。月に帰ったら褒めてくれるかな」
女性陣は女性陣で、なんとものんきなものである。ユフィーリアの手に握られている大太刀の空華は、見当違いなことを考えている。お前はどこまで行っても大太刀のままだ。
昴はヘッドフォンをしなくても音が聞こえていることに気づき、「そういえば補聴器ねえわ」などと呟いていた。どうりで頭が軽い訳だ。
「まあ、やれるだけはやるしかないよね。だって守らなきゃ死んじゃうんだから」
「だよなァ。処刑人の仕事が増えるのは勘弁してほしいぜ」
「銃弾が通ればいいんだけどな」
「フン。この俺様に燃やせんものなどない。——消し炭にしてくれる、ヒーローと一緒にな」
「第三宇宙速度で月までご招待だ。いやその前に火星か。——死神と一緒に飛ばしてやるぜ」
ズズン、という音を聞いた。
いつの間にか周囲には人がいなくなっていた。
遠くの方で「翔様、無理はなさらず!!」とか「ぎゃははははモノホンの怪獣だ!!」とか「あれにチョークスリーパーかけてもいい!?」とか「昴ハン、頑張ッテー」とか「死んだら解剖させてね!!」とかなんかもうカオスな声援も聞こえてきた。
「悪いけど、君に負けるつもりは毛頭ないから」
時計が埋め込まれた鎌を構えて、グローリアが言う。
「ハハハッ!! お前はアタシをどこまで楽しませてくれんだァオイ!?」
狂気じみた笑みを浮かべて、ユフィーリアが叫ぶ。
「生き狂わせてやんぜェ覚悟しろ!!」
藍色の瞳に真剣な光を宿して、雫が宣言する。
「さあ死ね怪獣よ。貴様が存在する世代ではない」
灼熱の炎を吹き出す大鎌を担ぎ、翔が吐き捨てる。
「ヒーロー舐めんな、すぐに倒してやっからな!!」
近くにあった街灯を引っこ抜き、昴が怒鳴る。
そして五人で口を揃えて。
お決まりのあの台詞を。
「「「「「お前なんか——大嫌いだッッ!!!!」」」」」
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.206 )
- 日時: 2017/01/12 11:45
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
ズズン、という地響きのあとにヌッと町へ姿を現した怪獣めがけて、昴は引っこ抜いた街灯を槍投げよろしく投げつける。
ゴッ!! と空気を裂いて飛んでいった街灯は、怪獣の顔面と見事衝突を果たした。ガシャッ!! という破壊音。破片が飛び散り、鉄製の土台は簡単にひしゃげてしまう。怪獣の顔面と熱烈な接吻を果たした街灯は、無残な姿となって道路に転がることとなった。
一見すると効いていないようにも見えるが、どうやら破片が目に入ったらしい怪獣は、ぎゃあぎゃあと喚きながら暴れる。蜥蜴のように長い尻尾が暴れ狂い、家屋や店舗を倒壊させていく。
「まったく、そんなに暴れないでよね!!」
懐中時計が埋め込まれた鎌を掲げたグローリアが、高らかに唱える。
「適用『時間静止』!!」
すると、暴れ狂っていた怪獣が途端に動きを止めた。時間を操る彼だからこそできる芸当である。
その隙を見逃さなかったユフィーリアが、即座に反応する。大太刀の空華を構えると、一直線に怪獣へと突っ込んでいく。
「ハハハハッ!! 呆気ねえ終わりだったなァ!!」
ユフィーリアの切断術があれば、呆気なく——本当に呆気なく怪獣の命が潰える。これで終わりだ。誰もが勝利を確信した。
だが。
突き進むユフィーリアの前に、立ち塞がる相手が一人。茶色の髪に虚ろな黒い瞳、入院患者が着るような薄い服一枚に裸足の少年——椎名昴だ。ヒーローではないから、おそらく研究施設から飛び出してきたタナトスの一人か。
拳を握りしめた椎名昴は、ユフィーリアへ向かって突き出す。慌ててブレーキをかけたユフィーリアは、突き出された拳を半身を捻って避けた。
「嘘でしょ、まだいるの!?」
「ドッペルゲンガー!!」
「ヒーロー、あれは貴様の兄弟だろう。一体何人兄弟なのだ、貴様は」
「俺は生まれてからずっと一人っ子ですゥ!! 多分きっとそう、でも違うよな!? 世界に似てる人は三人ぐらいいるって言うけど、あれは絶対にドッペルゲンガーだって!!」
俺死んだらどうしよう!? などと、もはやどうでもいいことを気にしだすヒーロー・昴。きっと馬鹿なのだろう。
すると、ぞろぞろと怪獣の脇から椎名昴の大群が押し寄せてきた。こうも同じ顔ばかりいると気持ちが悪くなってくる。恐ろしい。
「ひええええ!! グローリア、あれやっぱり俺だよな!? 俺のドッペルゲンガー!?」
「説明するの面倒だからあとでいいかな」
「すげえ見放され方された!?」
友人と宣っていたグローリアから見放され、昴は驚愕した。こいつが説明を面倒くさがることってあるのか。
とにかく相手も一筋縄ではいかせてくれないようである。巨大怪獣に椎名昴の大群、全くあの研究施設にいた草臥れた医者のような男は嫌な敵である。本当に大嫌いだ。
ユフィーリアは目標を変更し、椎名昴の大群から片付けることにしたようだ。バッサバッサと容赦なく大群を切り伏せて、首のない屍の平原を作っていく。グローリアもユフィーリアの援護に入り、じりじりと距離を詰めてくる大群の時間を止めたりしていた。
「……結局は、俺様たちがあの怪獣の相手をせなばならんという訳か。全く、損な役回りだ」
「本当にな。しかもお前とかよ」
隣同士に並んだ昴と翔は、互いを鋭い目つきで睨み合う。いつもならばここで口喧嘩が始まるのだが、今回だけはそういう雰囲気はない。
「二人とも、援護射撃はしてあげるから怪獣の相手はシクヨロ」
「「分かってる」」
銀色の狙撃銃を構えてまだ壊れていない店の屋上を陣取った雫に、二人は揃って返事をした。
ユフィーリアとグローリアの二人は椎名昴の大群と交戦中、雫は屋根の上を陣取って昴と翔の援護射撃を行う為に準備をしている。
怪獣と対峙する昴と翔は、お互いを見ずに言う。
「俺様は貴様が嫌いだ、クソヒーロー。常に俺の邪魔ばかりをするし、馬鹿で阿呆で間抜けでお人よしでお節介焼きで鬱陶しい貴様など反吐が出る」
「奇遇だなクソ死神。俺もお前が大嫌いだ。俺様で我儘で傲岸不遜で傍若無人で人を人とも思わないようなお前なんて、見ただけでぶん殴りたくなってくる」
口喧嘩が起きてもおかしくはない罵倒の応酬。それでも二人は胸倉を掴み合わない。
喧嘩よりも、やるべきことが目の前にあるのだ。
「協力するのはこれきりだ、椎名昴」
「せいぜい足を引っ張るなよ、東翔」
どちらからともなく突き出された拳を叩きつけ、世界最大級に仲の悪い二人が手を組んだ。
***** ***** *****
マンホールの蓋をフリスビーよろしくブン投げた昴は、そこら辺にあるものを次々と怪獣めがけて投擲していく。
第三宇宙速度で投げられるマンホールその他の間を縫うようにして、翔が怪獣へ接近。炎が噴き出す鎌を振り上げ、怪獣へと叩きつけた。
「焼け焦げろ!!」
翔の怒りが滲んだ声。その声を体現するかのように、火柱が上がる。
空を焦がさんばかりに高く上がった火柱に怪獣が包まれるが、怪獣は体を包み込んでいた火柱を引き裂いてケロッとしている。なんと頑丈な肌なのか。
「なッ——」
焦げ目のついていない頑丈な肌に驚愕する翔。
怪獣は目ざとく翔の姿を見つけると、大きく開いた口から炎を吐き出した。
が、炎を吐く口に自動販売機が突っ込まれて栓をされる。怪獣がもごもごと呻いた。
「椎名昴、さすがだ!!」
「お前の為にやったんじゃねえよ!!」
ツンデレにも受け取れる台詞を、渾身の顰め面で吐き捨てた昴は地面を蹴飛ばした。
空を舞う昴。怪獣の頭突きが振り下ろされようとしたが、背後から飛んできた雫の弾丸が眉間に突き刺さり、怪獣のくぐもった悲鳴が蒼穹に轟く。
翔も昴を追いかけて飛んでいた。鎌を振り上げ、怪獣を狙う。
「「消し飛べェェェェェェェェェェェッェェェェェェエエエエエエ!!!!」」
二つの怒号と共に放たれた拳と鎌の攻撃。昴のアッパーカットと翔のスイングが怪獣の顎に炸裂し、空の彼方へと吹き飛ばした。
ちなみにこの時、人工衛星の一つが怪獣と衝突して破壊されたらしい。
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.207 )
- 日時: 2017/01/12 23:20
- 名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
- 参照: http://From iPad@
こんばんは! 失礼しますm(*_ _)m
まずは最初に……小説大会の金賞おめでとうございます!!!
金賞のところに、山下愁さんの名前があってすごい嬉しくなりました!!←
私の拙いではとても足りないくらいの語彙力……日本語の力で言うのはとても伝わりづらいとは思いますが、ここまで思いっ切りな台詞などが多いのに、安定さを感じられる作品は無いな、と思っています!
もちろん本当にいい意味で、です!!
ちょくちょくとお邪魔させて頂いている者ですが、なかなか読むのが遅くてあまり読めていないのですがこれからも本当に応援しています!
頑張ってください!
本当におめでとうございました!
それでは夜分に失礼しました。
byてるてる522
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.208 )
- 日時: 2017/01/13 03:48
- 名前: 彩 (ID: RU0wTL.b)
山下様、金賞受賞おめでとうございます!
応援していた作品なので自分のことのように嬉しいです。
あまりコメントもできなくて申し訳ないのですが、ずっと追いかけてますよ!もちろん投票もしました!
もうすぐ終わっちゃうのは寂しいですけど、ラストまで応援してます。
新作があるかなーと期待してみたり……でもご無理はなさらないでくださいね。
もし出していただけるのでしたらそちらも全力で追いかけますね!(あれ、これってストーカー?)
とにかく、体調を崩さないように更新頑張って下さいね。なんなら一年でも待ちますよ((
おめでとうございました、では!
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.209 )
- 日時: 2017/01/15 17:36
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 5/xKAetg)
てるてる522様>>
久々にお客様だわーい、と思っていたらまさかカキコでよく見かけるお名前でした……。
思わず二度見、三度見してしまったことを土下座で謝らせてください。そして土下座で歓迎します、こんな駄作を閲覧いただきまして誠にありがとうございます。
誤字脱字が多く、梃入れをしてしまった為に路線変更を余儀なくされ、よもや着地点はどこにすればいいのかという本当によく分からないアンチヒーローギャグ小説ですが、ようこそいらっしゃいました。
唯一最初から最後まで変わらないというのが、主人公たち二人の口喧嘩ですかね。罵り合いが酷くなっていってる気がする。
そしてまさかこんなクソみたいな小説が金賞を取れるとは思いもよらず……なんかもう、こんな小説を読んでくださった全ての皆様には足を向けて寝られません。
もうじきこの小説は終わりますが、それでも最後までしっかり書かせていただきたいと思っています。
今度はこちらから小説の方にお邪魔させてもらおうかなって思っています。
このたびはありがとうございました。
彩様>>
お久しぶりでございます。そしてありがとうございます。
今回の小説大賞の欄を見て、思わず画面の前で固まってしまいました。まさかそんな、と思いました。
閲覧してくれているだけでも、私の励みとなります。たびたびスランプを引き起こし、筆が止まることもありましたが、金賞を取れたのも読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました。
もうすぐこの(馬鹿)小説も終わってしまいますが、最後まで頑張らせていただきます。
ちなみにこの馬鹿ヒーローと馬鹿死神の喧嘩が織りなす『お前なんか大嫌い』は終わりますが、ヒーローと死神の登場する大長編をもう一本執筆予定です。
コメントありがとうございました。五体投地で感謝いたします。
- Re: お前なんか大嫌い!! ( No.210 )
- 日時: 2017/01/16 12:08
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: 7WYO6DME)
昴と翔が恐ろしい怪獣を無料で宇宙旅行にご招待してしまったので、白鷺市に降りかかろうとしていた脅威は去った。ユフィーリアとグローリアも奮闘し、椎名昴の大群を退けた。これで研究施設からの刺客はいなくなった。
「あれ、そういえば昴。ヘッドフォンはどうしたの?」
「ん? そういえば頭が異様に軽いと思ったら——」
グローリアに指摘されて、昴は自分の頭に触れてみる。湿った頭には何も乗せられていなくて、それなのに音はしっかりと聞こえている。あのヘッドフォンは補聴器代わりになっていたはずなのに。
まあ、なくても聞こえるようになったことはいいことだが、心配なのであとで研究施設まで取りに行くかと決める。今度はすぐに帰ろう。パッと行って、パッと帰ろう。
すると、背後の方で「……あぁ……」という絶望に満ちた声が聞こえてきた。振り向いた先には、四つん這いになって絶望している白衣の男の姿があった。
「……私の傑作たちが……こんな簡単にやられて……」
椎名昴の大群——タナトスの集団も、あの怪獣も、全てこの白衣の男がやったことらしい。
翔とユフィーリアが、「処刑するか」「首をすっ飛ばすしかねえな」と話し合っているところを制止して、昴が一人で白衣の男に歩み寄る。
ブツブツと訳の分からないことを呟いている白衣の男を見下ろした昴は、努めて優しい声で告げる。
「風邪を治してくれたことには感謝してる。でも、人類を滅ぼそうとするのはさすがに許せない」
だから、と昴は四つん這いになっている白衣の男と視線を合わせた。昴の視線と男の視線がかち合ったところで。
昴はデコピンの用意をする。
あの怪獣を吹き飛ばすほどの怪力を発揮した昴のデコピンなど、威力は想像に容易い。
「そいやっ」
ボグッ!! と聞こえてはいけない——いや、もはやデコピンの音ではない音が男の額から聞こえてきた。頭蓋骨が叩き割られなかっただけまだましだろう。
デコピン一発で脳震盪を起こした男は、うつ伏せの状態でコンクリートの地面に倒れ伏す。グローリアに脈拍を確認してもらい、翔に生きていることを確認してもらってから、昴は男の両足を掴んだ。
「このままちょっと市内一周してくるわ」
「市中引き回しの刑をこんな雑な方法でやるなど、やはり貴様は馬鹿なのか……」
ため息を吐く翔に構うことなく、昴は男を引きずりながら白鷺市の町を残像が見える速度で走った。
終わったあと、男の後頭部を確認すると見事につるっぱげになっていた。髪の毛は摩擦熱で燃えて、抜け落ちてしまったようだった。合掌。
***** ***** *****
男の話に出てきた『誑かされた一人の研究員』というのが、橘理人だったようだ。常にパソコンでエロ動画を見ているしかやっていないのかと思いきや、彼は彼で昴がいない間に昴自身の体調をモニタリングしていたようである。
研究施設からヘッドフォンを無事に強奪した昴は、ヘアバンドのように装着する。髪の毛が半分乾いた状態なので、なんかこう落ち着かない。
「ブフッ、昴の髪の毛が大人しい」
「笑うな雫。不本意だ、不本意」
ていうか大人しいとは一体どういう意味なのだろうか。彼女に問い質したのだが、残念ながら笑いの渦に飲み込まれてしまった雫は、腹を抱えて地面の上にのたうち回っている。ビクンビクン、と痙攣ているところを見ると、命の危機を感じてしまう。
ゲタゲタと下品に笑う雫を止めたのは——いや、気絶させたのはユフィーリアだった。「うるせえ」という辛辣な一言と共に、雫の腹を踏みつぶして気絶させる。死んだかと思った。
「昴、昴。元気になったんなら下剤飲んでくれるよね!? 新しい下剤を開発したから、実験台になってほしいな!!」
「嬉々とした目で見てこないでくれるかな小豆ちゃん!! 完治して三日でトイレの世話になりたくない!!」
えー、と不満そうに唇を尖らせる小豆は今度隣人へ下剤を仕込むように指示をしよう。特に死神の方に。
ふと昴は、珍しく大人しい翔の方へと視線をやる。
町を修復しているグローリアと一緒になって、人の誘導と記憶の操作を行っていた翔は、昴の視線に気づいたようでこちらを睨みつけてきた。視線は物語っている、「貴様のせいで後始末を任されることになったのだぞこのクソヒーロー」と。
いつもならぶん殴って然るべき相手だが、今回ばかりは事情が違う。昴を助けてくれたのだ。
「……ありがとな、翔」
翔に対して礼を言った昴に、翔の反応は。
「気持ち悪い。俺様の名前を気安く呼ぶな、このクソヒーロー」
…………せっかく昴から歩み寄ったというのに、これでは台無しである。全てぶち壊しだ。
昴は土塊をつまみ上げると、翔にスタスタと近づいて目元の辺りで爆散させる。粉塵が目に入ったのか、翔は悲鳴を上げて膝から崩れた。
「貴様ァッ!! 命の恩人に対してなんたる行動だ!!」
「返せ!! 俺の素直な感謝の気持ちを今すぐ耳を揃えて返せェ!!」
「金銭ではないから返せんわボケェ!! 目が、目がァァ!! 失明したら貴様のせいだからなァァァ!!」
「目から炎を噴出させておいて何言ってんだお前!? 愉快なびっくり人間になってんぞ!!」
夕焼け色に染まりつつある蒼穹に、今日も今日とてヒーローと死神の激しい舌戦が響き渡るのだった。