コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.32 )
日時: 2013/01/10 23:12
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)

 翔がパンツを盗まれたという事件のあと、昴は再びバイトへと出かけた。
 行先はあの時、翔と共にコンビニ強盗を撃退したコンビニである。まだバイトを首にはされていないので、今日のシフトを入れたのだ。
 ちなみに今日は日曜日。石動誓もシフトに入っている。

「今日……ちょっと用事ある。だから少し早めに抜けるから」

「あぁ。鈴ちゃんとデート? 楽しみにしていたもんね」

 うん、と誓は頷いた。
 石動誓には、従妹がいる。名前は石動鈴。翡翠色の瞳を持つきれいな少女だ。
 ちなみに、石動鈴とは宇宙人で、母星がかなり昔に滅んで地球に居座りついたのだという。が、その事は昴は知らない。ていうか知ったところでジャンやテリーもいるので「だから?」となる。
 昴は今日の仕事の内容を確認し、品出しをしようと決めた。弁当の品出しをする為に倉庫に積んである段ボールを片手で持ち上げて、店内へと戻った。
 ひんやりとした冷気を伝えてくる台座に弁当を並べ、もうすぐ賞味期限が切れそうなものは回収していく。
 このコンビニオリジナル商品である『とろーりとろろの入ったグラタン』を手にした時、誰かの手と触れ合った。

「あ、ごめんなさい」

「申し訳ありません……あ、」

 反射的に謝った先にいたのは、あでやかな黒髪を持つ少女だった。
 整った顔立ちには驚きの色が出ているが、今の昴には気づかない。そうだ、彼女は、そうだ。自分が女装をして学校に通っている時の友達である——
 瀬野翔子。
 頭のいい彼女が、何故ここに?

「……ぅぁ、あの、すみません。今どきますから!」

「いえ、こちらこそ……すみません」

 慌てて昴は段ボールに入った弁当の品出しを終え、そそくさとバックヤードへ引っ込んでいった。
 ちらりと背後を見やると、呆然と立ち尽くしている翔子の姿が目の端に映る。今日の衣装は黒い薄手のシャツに白いスカート、そして茶色の厚いベルトだった。私服可愛い。
 いいもの見れた!
 昴はバックヤードで段ボールを片付けたと同時に、ガッツポーズをした。
 誓にはそれが奇怪な行動に見えて仕方なかった。何してんだ、あいつ。

***** ***** *****

 うかつだった。以前コンビニを吹っ飛ばしたから、あそこはもう首になっているかと思った。
 グラタンを買って公園で昼食を取ったあとで男に戻り、そのまま死神の仕事をこなそうかと思ったのだ。
 瀬野翔子——否、東翔はチッと舌打ちをしてから、コンビニの袋をがさりと揺らす。多分、こんなものを買ったら悠太に怒られるだろう。
 だがそれでもいい。自分が女装をして通っている学校で、友人の椎葉すみれが食べていたものである。これがおいしいんだよ、と言われて一口もらったのだが、それが本当においしかった。
 また食べたい。そう思ってコンビニに赴いたのだが——まぁ、気分的に女の格好で行くのも悪くないかなとか思っていた自分が馬鹿だった。あそこで喧嘩の1つでも吹っかけてやればよかった。

「……あーいつ、俺の女の姿に恋でもしたか? ハッハッハ、どんな姿でも俺は美しいからな。特に女の姿は称賛される」

 嬉しくない。というか吐き気がしてきた。
 吐き気と言えば、翔は電車という類が苦手である。移動はほとんど空間移動術か鎌を浮かせて箒のようにして移動するという魔女的な手段しかないのだ。
 初めて電車に乗った時は本当に気持ち悪かった。ガタンガタンうるさいし揺れるし。吐きそうになった。
 この白鷺市にも共学の高校はあるのだが、それだとバスという車に乗って通学しなくてはならない。それでも吐く。

「……チッ。何で家の近くには女子校しかないんだ。マジで焼き払ってやろうか」

 誰もいない公園にたどり着いたところで、翔はパチンと指を鳴らして死神のスタイルに戻る。
 炎が自分を包み込み、黒いコートに黒いニット帽という姿になった。髪を左下に結わき、古びたベンチに腰かける。ぎしりと音がした。
 がさがさと袋を漁り弁当を取り出したところで、翔は誰かいる事に気づく。

「……テメェ」

 目の前には、いつの間にか黒い影のようなものがいた。
 影、というか全身真っ黒な奴である。しかし、翔の目はごまかせない。いくら偽名を使おうとも、怪しい者の名前は目を使えば一瞬で分かる。
 山本雫。
 自分のクラスに転入してきた、あの謎の少女。

「……やぁ、炎の死神。こっちでの名前は何だっけ?」

「東翔だ。その名前で呼ばれるのは気に食わない。炎を使うのはあの馬鹿ヒーローの前だけだと考えている」

 スプーンの袋をやぶり、プラスチックのふたを開けてグラタンを口に運ぶ。チーズの味とその下にあるとろろの味がなんか美味い。
 雫は面白そうに翔を観察し、口を開く。

「面白いね。死神が普通に人間のご飯を食べてるよ」

「当たり前だ、神だから霞でも食べているとでも思ったか? あぁ、死神だから魂でも食べているとでも? 甘いな。そんな事はないぞ」

 もぐもぐと咀嚼しながら、雫の言葉に答える。
 雫はくすくすと笑い、

「だって、面白いんだもん。あの世界を一瞬で焦土と化せるような死神さんだよ? そんな死神さんが目の前で弁当、まwwじwwでww」

「食事の邪魔をするのならば許さんぞ、かぐや姫」

 翔は大きな瞳を精一杯細めて、雫を睨みつけた。
 明るい雰囲気から一転、雫は身を強張らせる。

「……どこで」

「知らないとでも? 言っておくが、死神をなめるなよ。宇宙人も狩った事あるぞ」

 自慢じゃないがな、と付け足しておく。
 雫は小さく舌打ちをすると、「覚えておけ」とありきたりな捨て台詞を残して公園から去った。
 誰もいなくなり、静寂が訪れる。

「……うめー」

 1人孤独に、翔はグラタンを食す。