コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.37 )
日時: 2013/01/17 22:55
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)

 その日は学校だった。椎名昴は椎葉すみれへ、東翔は瀬野翔子となってそれぞれ登校する。
 朝、校門の前で会うと、2人は同時に笑顔を浮かべて「おはよう」と言った。日常茶飯事と言えば日常茶飯事である。
 挨拶ぐらい普通するでしょ。

「すみれっちゃーん! あ、翔子さんもおはよー!」

「あ、鈴ちゃん!」

「鈴さん、おはようございます」

 と、そこへ石動鈴が誓と共にやってきた。相変わらず用途不明な水筒が首からぶら下げられている。
 何で水筒が下げられているのか少し興味を持ったが、訊こうとしたら全力で誓に止められたから訊かないで置く事にした。多分水道代の節約かな、とか勝手に思い込む事にする。

「でさぁ! 今日の英語の宿題が分からないんだけど、教えてくれない?」

「それはお願いですから瀬野翔子さんへ。あたしは英語苦手だもん。読んでみようか、教科書」

「すみれのカタコト英語は笑いものだよ」

「Σ」

 翔子に笑いながら言われたのがショックだったのか、すみれはガクリと頭をうなだれた。
 ここで本当の昴はこう思う。

(……やっべー、翔子ちゃんに笑われてるんだ。英語の勉強しようかな)

 一方の本当の翔はこう思う。

(……やっべー、傷つけさせたか? もう少し口調に気をつけるか)

 互いに勘違いをしている男2人は、相手が自分の敵である事を知らないで恋をしているのである。
 昴はその日から少しだけ英語を勉強すると心に決めた。思いを寄せる瀬野翔子に笑われない為に。
 翔はその日から女性に関して若干優しくすると決めた。恋慕を抱く椎葉すみれを落ち込ませない為に。
 それぞれ純情な感情を抱いてはいるが——勘違いしないでもらいたい。この小説はあくまで(←ここ重要)ギャグ小説であり、BLではありません。別館行きだとか言わないでください。

「……それにしても、山本——雫だっけ? フード被っているなんて変だよねー」

 鈴がごくごくと水筒を傾けながら、そう言った。
 実はこの中身、石動家の裏にある井戸の水である。きれいな水を好む鈴——実は宇宙人のリィーン・シルフィナート——だからである。
 その言葉を聞いたすみれは、「あぁそうだね」と答えた。実際、すみれ——否、昴は工事現場で山本雫に会った事がある。

(炎の死神……あの女顔死神を殺せたらすごいと思わない? だと。いや、あいつを殺すのはこの俺だ。絶対に宇宙旅行させてやる)

 知らずと彼女(彼)が拳を握っていた事は、翔子は知らない。
 翔子も鈴の言葉に「視線恐怖症なんじゃない?」と返した。が、頭の中では別の事を考える。

(あいつ……ポンコツヒーローが異様に俺の事を心配していたが、いやいやあれは命乞いじゃないな。絶対に殺す。火葬してやる)

 ギリッと知らずに彼女(彼)の奥歯が鳴った事を、すみれは知らない。
 その時だ。


 ————うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 悲鳴のようなものが、校舎内を揺るがした。
 何事だろうと顔を上げ、それから声のする方向へ走る。どうやら2階からだ。
 階段を2段飛ばしで駆け上り、そして阿鼻叫喚と化している廊下を目の当たりにした。

「あぁ、あぁぁぁ……うぉぉぉおぁぁぁ」

 何やら変な声を上げて、頭を押さえてうずくまっている男子生徒が1人。そして彼と対峙するかのように立っていたのは、

「お、前……」

 んっんんっ! と咳払いしてから、すみれは自分の声を女へ戻した。危ない危ない、危うくばれるところだった。
 まだ若干暗い廊下に、まるで幽霊のように立つ少女。その手には彼女に似つかわしくないハンドガンが握られていて、銃口からは白煙が立ち上っている。顔はフードに隠れている為、見えない。
 山本雫。
 転入生。

「あ、えーと椎葉さんに瀬野さんだっけ? あはは。おはよう」

 フードの下から覗く桜色の唇に笑みを浮かべる雫。

「何が、どうなって……」

「んー? うちが撃ったの。その男子を。だってねぇ? 少しでも事件を起こして——あのヒーローと死神に会いたいじゃない?」

 間違いない、彼女は自分達の事を探している。
 そう確信したすみれと翔子は、互いの顔を見合わせた。

「ど、どうしようすみれ……」

「落ち着いて翔子ちゃん。大丈夫、絶対に助けてあげるから!」

「わ、私も誰か助けを求めて来るね!」

 そう言うなり、おもむろに彼女達は立ち上がった。そしてお互い反対方向へと駆けていく。


 すみれは女子トイレに飛び込んだ。まだ女子生徒がいないトイレだった事が幸いした。
 素早く個室に駆け込み、背負っていた鞄から自分の着替えを取り出した。それからウィッグを取ってヘッドフォンを装着し、「ん、んっ!」と咳払いしてから自分の声の調子を確かめる。
 そして、つぶやく。

「……山本雫。覚悟しやがれ」


 翔子は誰もいない空き教室へ入った。幸いにも、そこには誰もいなかった。
 辺りに人がいない事を確認し、それから指を軽く弾く。炎が翔子を包み込み、いつもの死神ルックへ戻る。黒く艶のある髪を左下で結わき直し、空中から赤い鎌を取り出す。
 そして、吐き捨てる。

「……山本雫。覚悟しやがれ」


 そして、廊下に再び姿を現したのは、この学園の2大美女ではなかった。
 片や茶色い髪を持つヘッドフォンをした少年で、
 片や黒い髪の鎌を持った死神だった。
 雫はこの2人を見た瞬間、破顔する。ようやく、自分の望んだものに会えた。

「「テメェ——覚悟できてんだろうな!!!」」

 ヒーロー、椎名昴と、
 死神、東翔の、
 怒号が校舎を揺らした。