コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.5 )
- 日時: 2012/11/05 00:09
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: GlvB0uzl)
東京の端に白鷺市という町がある。面積は東京都のおよそ5分の1ほどの大きさであり、緑が豊かな平和な町である。
そんな白鷺市には、巨大な私立高がある。
名前は『神崎学園』。この町1番の進学校であり、私立の高校である。成績優秀・スポーツ万能・美男美女がそろうこの学園で、2大美女と呼ばれている少女が高校2年にいた。
「おっはよ! 翔子ちゃん!」
自分の前を歩いていた黒い艶のある髪を腰まで垂らした少女へ抱きついたのは、茶髪の少女だった。
肩まで切りそろえられたボブに首にはヘッドフォンがつけられている。それから伸びたコードは、彼女が羽織っている紺色のブレザーのポケットに刺さっていた。ぱっちりとした瞳の色は、黒曜石のようにキラキラと輝いている。
彼女の名前は椎葉すみれ。2大美女の1人であり——運動神経抜群な少女である。
「おはよう、すみれ。今日も元気だね」
そんなすみれを軽く振り払いながら、艶髪の少女はにっこりとした笑みを浮かべた。
腰まである長いロングヘアは、陽光を受けてキラキラと輝いている。天使の輪まで浮かんで見える。端麗な顔立ちは大和撫子を彷彿させる。くりっとした両目の色は、薄い茶色をしている。
彼女は瀬野翔子。椎葉すみれと同様で2大美女と呼ばれ——頭脳明晰な少女である。学園で1番頭がいい。
そんな彼女ら2人は大の仲良しであり、いつも一緒に行動している事が多いのである。
「そう言えばさ、昨日ね面白いテレビがあったんだけど! 見た?」
「うーん……見てないかな。昨日は寝ちゃった」
「そっか。翔子ちゃんってあんまりテレビを見ないんだね! そーだ、今度雑誌持ってきてあげるよ! 今話題のドラマとかあるからさ!」
「話ぐらいは聞いてみたいな!」
2人で仲良く笑いながら、茶色い煉瓦造りの校門をくぐる。
本日も空は穏やかで、彼女らを見下ろしているのだった。
***** ***** *****
キンコンカンコン、というチャイムが鳴り響き、本日の授業の終わりを告げる。
苦しい学業から解放された生徒達は、ワーッ! と校門を目指して一斉に歩き出す。中には部活に行く者も見受けられる。
すみれと翔子は特定の部活に所属していない。すみれは主に運動部系の助っ人に駆り出され、翔子は文化部全般に手を貸している。今日は特に予定はないので、このまま帰る事にしたのだ。
「それじゃ、また明日ね!」
「うん。また明日」
と、ここで2人は校門を出た瞬間から正反対の方向へ歩き始める。この2人、家が反対にある為、帰れるのはこの校門までと言う事になるのだ。
翔子の背中を見送り、すみれは閑静な住宅街の中を歩く。
人気がだんだんとなくなり、森が見えて来た。確かに自然が多いし、森もある。町の端に行けば馬鹿みたいに大きな公園があったような気がする。そこまで来て、すみれはピタリと足を止めた。
辺りを不審そうにきょろきょろ見回して、森の中へ飛び込む。
「————あー、やっと声が出せる」
腰に手を当てて、すみれはため息をついた。その声は明らかに女性のものではない。男性のものだ。
すみれはボブヘアの自分の髪の毛を掴んで、思い切り引っ張った。ブチブチという音ではなく、ズルリという音が聞こえてもおかしくないような感じで、髪の毛が落ちる。——つまりかつらである。
その下から現れたのは、ぴょこぴょこ跳ねたカニを思わせる癖っ毛の茶髪である。かつらの色をまるっきり同じだ。そのかつらを指で弄びながら、すみれは言う。
「ハァ……何とか無事にばれずに済んだけど……。高い声って言うのも楽じゃないなぁ」
もともとそんな声が高くないし、とぼやきながら、何度も声を出して自分の調子へ戻して行く。
椎葉すみれという美少女は、もともとこの世に存在しない。女装少年である。
彼の名前は椎名昴。
職業は白鷺市の平和を守るヒーローをしている。
もちろん白鷺市だけではなく、地球にやってきたありとあらゆる侵略者から地球人を守るっている。国からの支援金ももらっているので学校なんか通わずむしろ家庭教師でも雇えばいいだけの話なのだが——という現実的な話は置いといて。
昴は学校の鞄からスマートフォンを取り出して、指先で操作する。電話帳を開き、とある1つの番号を呼び出すと、耳に当てた。
「あ、もしもし。俺だけど。今日も無事に終わったよ」
『あぁそう。今日もばれなかったんだ。——まぁ、昴の女装は完璧だけどね。学校に行っている時はあの死神も襲ってこないし』
ベキリ、という音が手の中から聞こえた。スマートフォンが軋んだのである。
昴は口元に笑みを保ったまま、電話相手に優しく問いかけた。
「あの死神の事を言うんじゃねぇ。胸糞悪くなる」
『そうだよねぇ。またあいつのせいでバイトを首になったんだ?』
けらけらとからかうような口調の相手にいらだちを覚えながら、昴は口を開いた。
「俺がバイトをしなきゃいけないのも、全部あいつのせいだ……ッ!」
『分かったから帰ってきてね。じゃね』
ピッと電子音がして、通話が切れる。
昴はスマートフォンを握りしめ、舌打ちをしてから空を見上げた。変わらぬ空が、木々の隙間から見え隠れしている。
あの死神のせいで、自分はバイトをしなくてはならなくなったのだ。なのに奴は自分が働いているバイト先で顔を合わせるなりいきなり襲いかかって来るものだから、首になってもおかしくない。
そもそもさっさとくたばってくれれば、収入はがっぽりのはずなのに。
「あぁもう! むかつくあの少女容姿死神め!!」
昴は手近な木を殴りつけた。幹が太く、人間1人じゃ抱えきれないだろうというぐらいに太い木である。そんな木が、一瞬で森の奥まで吹っ飛ばされてしまった。
数本の木々をなぎ倒し、吹っ飛ばされた木は木端微塵となってしまった。
「お前なんか大嫌いだ、東翔ッ!!!」
一方、瀬野翔子はちらりと後ろを振り返り、そしてまた前を見やる。
するとそこには女が立っていた。紺色の瞳に髪。自分と同じく紺色のブレザーに身を包んだ美しい少女であるが、翔子には至らない。
その少女を見た時、翔子は目を細めた。
「お帰りなさい、翔子さん」
「————普通に言ったらどうだ? 悠太」
その口調は、明らかに女性のものではなかった。男性のものだった。ソプラノのようなきれいな声であるのに、口調はまるで王子のそれである。実際に、彼女——否、彼は王子なのだが。
少女はフッと口端に笑みを浮かべて、2、3回ほど咳払いをする。そして口を開いた。
「そうだね。じゃあそうさせてもらうよ——翔様」
「敬うのか呼び捨てなのかいい加減はっきりしてくれ。まぁ、それがいいと思うがな」
黒いロングヘアを紅蓮の髪紐で左サイドへ結び直す。灰色のニット帽子をかぶり、そして指を鳴らした。
パチンと音がした瞬間、翔子の体が炎に包まれる。数秒して炎が晴れた時には、翔子の姿は変わっていた。
闇夜に溶けるような漆黒のロングコートに、禍々しい雰囲気を放つ巨大な鎌を背負っている。顔立ちは翔子のそれであるが、完璧にまとったオーラが死神である。
彼の名前は東翔。
白鷺市に住まう死神である。
何故死神である彼がこんな場所にいるかと言うと、彼の父が治めている地獄が自殺者の魂によって乱れてきた為、人類を統制し『死』を統制してやろうという魂胆からである。
翔は隣にいる少女——本来は男性なのだが——瀬戸悠太へ命令した。
「疲れた。テメェは先に帰れ。俺は仕事をする」
「ほどほどにしてくださいよ? ——またあのヒーローを探すんですか?」
悠太がそう言うと、翔は悠太の事をぎろりと睨みつけた。女みたいな顔をしているが、睨まれると怖い。
「今度こそあの馬鹿を見つけて叩きつぶすんだよ。そうじゃなきゃ、俺の気持ちが収まらねぇ……ッ!」
「何だかいつにもまして憎悪の念があるんですけど……まだ死亡予定じゃないでしょ? 殺しちゃっていいの?」
「俺が許す。あいつに生半可な力は効かない。全力で叩きつぶしてやらないとダメだ」
翔は背中に収められた紅蓮の鎌を引き抜き、構えた。それに呼応するかのように、鎌が赤く燃え上がる。
悠太は苦笑いを浮かべて、「本当にほどほどにしてくださいよー」と言ってから姿を消す。
あの馬鹿ヒーローのせいで自分はいつまで経っても人類の支配が終わらず、自殺者が増え、地獄が荒れるのだ。その時が永遠に続き、子、孫、ひ孫までやられたらたまったものじゃない。早急に根絶やしにするしかない。
そもそも死神の力が効かないので殺しようがないが、さっさと死んでくれれば帰れるのだ。
「くっそ、むかつくあの馬鹿ヒーロー!!」
翔は絶叫した。高い女みたいな声で、青空を振り仰ぎ。
「テメェなんか大嫌いだ、椎名昴!!」
皆さん、お気づきだろうか。
あの2大美女で仲が良い事で有名な椎葉すみれと瀬野翔子。
実はお互いを忌み嫌っているヒーロー・椎名昴と死神・東翔だった。
そして彼らは、お互いが共に忌み嫌っている存在と言う事を知らず、「本当の女」だと信じてしまって。
恋に堕ちたのだった。