コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.50 )
- 日時: 2013/03/07 22:26
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)
- 参照: テスト爆発しろ
あ、やばい。
月からやってきた姫君、山本雫はそう思った。
月からやってきたとは言っても、4人いる兄のうちの1人が地球で1か月生活するのに困らない程度の仕送りをしてくれているのだ。それが今日という訳である。
え? 月にも銀行があるかって? もちろんありますよ、ちなみに単位はきちんと『円』です。
「今日銀行寄らなきゃ……」
姫君なのに案外真面目なところがある。
じゃないと生活できないからね! 1か月水と草だけで生きていく羽目になってしまう。
姫君だけど自炊はきちんとできる山本雫ちゃんです。
フードを被り直し、雫は神崎学園を1人で下校したのだった。
***** ***** *****
ポーン、という音に迎えられ、雫は銀行の中に足を踏み入れる。そしてATMの前で立ち止まって、キャッシュカードをATMに飲み込ませる。それから暗証番号と通帳を確認して——と作業に移る。
きちんと入金されている事を確認してから、1万円を引き落とした。これで何とか1週間は生きていける。
雫は基本的に間食をしない。常日頃からバランスを重視した食事を心がけているが、肉をあまり好まないだけだ。さっぱりしたものを好むので、余計なところにも脂肪がつきにくい(←
さて帰ろう、と思ってATMから背を向けたら、
「あ」
「お」
白鷺市のポンコツヒーロー、椎名昴にばったりと出くわしてしまった。
フードの下で顔を引きつらせる雫。ここで昴にぶっ飛ばされでもしたらたまったものじゃない。修理はこいつに押しつければいいが、今は一刻も早く帰りたい。
「……何しに来たんだよ、銀行強盗か?」
「そんな事をする為に銀行に来るなら、普通に君のところへ襲撃してるわ」
マジでこいつ撃ち殺してやろうかなって本気で考え始めた雫。銀行強盗するぐらい自分は落ちぶれていないのだ、仮にも姫君だから。
昴はフーン、と適当に頷いて、自前の茶色い髪を掻いた。
「なら別にいいや。俺、女とはあまり戦いたくないし」
「あら紳士。普通にしていればモテるよ、きっと」
「ハハ、嬉しい事を言ってくれるじゃん。ていうかATMの使い方分かったの? この前、どこかの誰かさんがATMを破壊しそうになっていたから心配なんだけど」
「ご心配なく。実家の近くの銀行は、ここと同じ仕組みだから。大体は分かるよ」
どこかの誰かとは一瞬で分かった。あの死神だな、と思った。大方、使い方が分からず鎌をATMに振りかざしたのだろう。
昴は「へぇ」と感心したように頷いた。
「俺はコンビニのバイトの収入を確認しに。事実、俺の家って同居人含めて4人だからさ。引きこもりとロリっ娘と飴大好き娘がねー」
それはまた実に大変な家族だな、と雫は直感した。
雫の家は7人家族と結構多い方だが、兄はきちんとまともである——ような気がする。昔から兄は自分を甘やかしていたので分からないのだが。
「じゃ、そーゆー事で」
「んー。バイト頑張りなよ。過労で倒れるなら、その前にうちが殺してあげるから」
「そうなる前に俺がお前もぶち殺すから」
物騒な言葉を交わして雫は銀行を後にしようとする。が、
突如として、銀行内に銃声が響き渡った。
何かと思って顔を上げると、窓口の女性にピストルを突きつけたマスクの男が立っていた。震える手でピストルを握っているからか、銃口から立ち上る白煙が揺れる。
「か、か、金を、金を出せぇ!!」
完璧にその声は裏返っていた。
雫は眉根を寄せる。銃の使い方がなっていない。あれでは脅すだけではなく、完璧に撃ち殺してしまうではないか。
銃を得物とする雫は、基本的に銃で人を殺す光景を好まない。精神を攻撃する雫にとって、銃とは『心』の道具なのではないかと思っているのである。心を生かすも殺すも自在——という訳で、彼女は神聖なものではないかと思っているぐらいだ。
そんな銃で人を殺す事は、銃に対する冒涜だと思っている。
「あんなの許せないなぁ……」
雫は舌打ちと共に言葉を吐き捨て、袖からピストルを取り出す。男が使っているような自動拳銃ではなく、シリンダーが6つ取りつけられた西部劇で使うようなものである。
チャッと狙いを男の持っている銃へ狙いを定めたら——何か茶色いものが視界の端に映った。
「何してんだよ、お前よぉ」
「ぎゃぁぁぁあ!!」
男の銃を持つ手を捻りあげたのは、ヒーローの昴だった。さすがとでも言うべきか。
男はおびえながらも、昴へ向けて銃の乱射を始める。ガァンガァン! と銃声がけたたましく鳴り響いた。
しかし、昴は死神と戦う正義の味方である。銃如きで倒れる男ではないのだ!
「……だから、そんなに、銃を乱射するのは——気に食わないのよっ!!」
雫はピストルを袖にしまい、代わりにスコープがつけられた狙撃銃を取り出した。寝て撃つわけにもいかないので、平たいスポンジの椅子の上に銃身を置いて、狙いを定める。
男は昴に抵抗する為に暴れている。が、昴はそれでも男を放さない。
——椎名昴を殺すべきなのは、うちじゃない。
——でも、ここで殺されてしまっては元も子もない!!
スコープを除き、昴から狙いが外れ——男が持つピストルへ狙いを定めたところで、雫は引き金を引いた。
「赤い月の咆哮!!!」
銃口が火を噴き、赤い光線が放たれる。
見事赤い線は男が持つピストルを貫いた。
その瞬間を見逃さなかった昴は、一瞬で男を地面に沈めた。物理的に。
***** ***** *****
パトカーが来たのは、それから10分後だった。
「ありがとな、何か助けてもらって」
昴はへらりと笑って、雫へお礼を言った。
雫はそんなへらへらした笑みを浮かべる昴を一瞥してから、小さくため息をつく。こんなのがヒーローで大丈夫か。
「君を殺すのは、あの男じゃないからね」
きょとんとしたような表情を浮かべた昴だが、雫の言っている意味が分かったのか、また笑顔を浮かべて「そうだな」と頷いた。