コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.68 )
- 日時: 2013/07/04 21:49
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)
夜の風に髪をなびかせながら、昴はぼんやりと夜空を見上げていた。
椎葉すみれに戻って部屋に帰る——という手もあるが、今はそうしたくない。こうして空を見上げていたい。
先ほどまで、いつもはムカつく女顔死神と共に話をしていたが、喧嘩する気にはならなかった。何かそういう気も失せた。いつもは顔を見ただけでムカつくからとりあえずぶっ殺そうと思っていたけれど。
だけど、だけど。
あの声を聞いた瞬間から、
東翔を殺すという事が、どうでもよく感じてしまったのだ。
そっと自分の耳たぶに触れて、顔をしかめる。
あの時ほど吐き気はしない。声もしない。けれど、得体の知れない自分に——翔以上の吐き気と嫌悪を感じる。
「……あーぁ、うるさい。うるせーなぁ……」
こうなれば施設から少し離れたところで力の発散でもしてこようか。幸い、ここには海がある。海を殴りつけて渦でも起こして眠ろう、と思って屋上から去ろうとした。
今一度言おう。去ったのではない、去ろうとした。ここで察した読者の皆様は頭がよろしい。
ザッバァァァァ! と。
なんか、海から頭が飛び出した。
「…………」
のっぺりとした何かが、月の浮かんだ黒い海から頭を「こんにちは」させた。いや、今の時間帯だと「こんばんは」か。そんな事はさておいて。
何だよあののっぺりとした巨人みたいなの。目がぐりぐり動いているよ気持ち悪い。口はなさそうだが、何か横から生えた短い手が、ばちゃばちゃと海水を掻く。
何あれ? 新手の妖怪?
「……なるほど。海坊主か」
なーんて納得している場合ではない!! 何でこんな真夜中に海坊主が出てくるこの馬鹿野郎!! せっかく寝ようと思っていたのに! 男子高校生ならぬ女装男子高校生にとって睡眠は死活問題だ。
せっかくの睡眠を邪魔した奴は許すまじ。女顔死神でも少しは常識ぐらいあるわ。寝ようとした時に襲撃してきたなんて1度もないわ。
「この野郎……! 俺が何をしたって言うんだよ……!! 何だよ俺が何をしたんだよ!」
頭を掻きむしって、昴は怒鳴った。
あぁ、最悪だ。どうしてこうもついてない。
のっぺりとした海坊主ののっぺりとした顔の下の部分が引き裂かれ、白い歯が見えた。笑った。あれ笑った。あんな気持ち悪い笑み、初めて見た。
————殺せ。
————憎いのなら、あれを殺せばいい。
「あぁ、そうしてやる……何が何でも、殺してヤル……」
その瞬間。
ありとあらゆる——世界の音が、昴の周りから消えた。
***** ***** *****
あのしんみりしたいつものヒーローじゃないポンコツと別れた翔は、出雲を探して施設内をうろついていた。
この野郎。あいつ逃げやがって。ヒーローだったからよかったものの、あそこ一般人に見られていたら記憶を消し飛ばしたと思う。多分生まれる前までに。
とにかく、出雲を見つけ次第あいつは地獄の業火で火あぶりの刑に処してやる。さすがに自分が有する炎でやってしまうとそのまま消滅しかねないので、せめて萌えない程度の炎にしよう。
腕を組みながら静かな廊下をドスドス歩いている時だった。
遠くから轟音と、悲鳴が聞こえた。
絹を裂くような悲鳴だった。
「……何だ?」
こんな時に事件か? まったく眠いと言うのに、と翔は口の中でつぶやいて窓の向こうを見やる。
窓の外に広がっていたのは、真っ黒な海だった。昼間であれば真っ青な海が広がっているのであろうが、今は夜なので暗い。青白い月がぽっかりと浮かんでいるぐらいだ。
その海に波紋が現れ、次いでバッシャァァァ!! と海面が割れる。何かが飛び出したと思ったら、のっぺりした巨大なものだった。
「……巨人?」
ふと頭に「駆逐」という言葉が浮かんだのは、作者の気のせいにしておきたい。
頭のいい翔は、海でばしゃばしゃと暴れているのが海坊主だと気づいた。3秒もかからなかった。
「何で暴れて、」
いるんだ、とつなげる事はできなかった。
暴れる海坊主に飛びかかる1つの影。小さな腕を振り上げて、海坊主に殴りかかる。黒い何かが飛び散った。
再び海坊主が悲鳴を上げる。ていうかあれは海坊主の悲鳴だったのか、納得した。
「あれ、は」
窓を開けて、施設を飛び出す。
死神の脚力を以て砂浜に飛び込んだが、決着はすでについていたようだった。
勝者は当然のように昴だった。ただし、様子がおかしい。海にぷかぷかと浮かぶ海坊主(気絶済み)を眺めて、足をゆらりと上げる。気絶しているのに、さらに追い打ちをかけるとでも言うのか。
「おい、ポンコツヒーロー。その怪物はすでに気絶している、追い打ちをかけんでも海にかえ————」
こちらを振り返ったヒーロー、椎名昴は拳を振り下ろした。ズドン! と大砲が撃たれたような音がして、砂浜がへこむ。
瞬時に鎌を取り出したが、昴はビビる事なく追撃を仕掛けてくる。風を切る音がこんなにも怖いとは思わなかった。
翔は昴から距離を取って、睨みつけた。そして息を飲んだ。
「……おい、椎名昴……?」
珍しく、本当に珍しく翔は昴の名前を呼んだ。
ゆらりと立つ昴の瞳には、光はなかった。ただ黒い闇だけが、そこに広がっていた。