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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.69 )
日時: 2013/07/18 21:58
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)

 直感で、翔は「こいつはいつもの椎名昴ではない」と読んだ。
 あいつはいつも自分に襲いかかってくるが、瞳はこんなに暗くない。人間らしく、きらきらと輝いていて、こんなにも汚れていない。どこまでも澄んだ瞳だった。
 力に関してもそう。椎名昴の本気に関しては分からないが、こんなにもあいつの拳を怖いと思った事はない。純粋な恐怖が、翔の心をえぐった。
 姿は椎名昴だ。じゃあ、こいつは誰だ?

「おい、ポンコツ。どうなっていやがる。喧嘩を売っているならいつも通り買ってやってもいいが?」

 挑発してやれば、こいつは必ず襲いかかってくる。「何だとコラァァァ!」なんて怒鳴りながら、いつもビルを吹っ飛ばす勢いの拳を自分に向かって振り上げてくる。
 今回もそうだと思っていた。昴は予想通り身構えて、飛びかかってくる。
 だが、その音は大砲が放たれたが如くドォォン!! という轟音だったが。

「……!?」

 高々と宙を舞った昴は、かかと落としを翔へとかます。
 翔は危ないと感じ取ったか、右へステップしてかかと落としをよける。数秒前まで自分がいたところは、見事にクレーターとなっていた。
 本気は大体ビルを吹っ飛ばす、河原を吹っ飛ばす、その他色々吹っ飛ばす——と思っていたが、まさかクレーターができる勢いで蹴るとは思わなかった。
 まさか、と頭のいい翔は1つの仮説を立てる。

「……おい、テメェ。いつも俺相手に手加減していた訳じゃねえよな? そうだとしたら…………気持ち悪い事をしてくれるな!!!!」

 死神人生の中で、1番の怒号を上げた翔。
 確かに自分は地球を一瞬で焦土と化せるほどの力を有する死神だ。だからいつもこいつに対しては弱気——というか本気出したら地球が滅びかねないので出せない——で挑んでいたのだが、こいつがいつもむきになってかかってくるのが楽しかった。
 だが、相手も弱気だったとは。舐められていたとは。俺様・わがまま・傍若無人な東翔という死神にとって、舐められる事は大嫌いなのである。
 ならばこちらも本気でやってやる。地球が滅ぼうがこいつが死のうが知った事か。

「…………地獄業火」

 ぽつりと吐き出した言葉は、低いものだった。自分でも冷え冷えとしている事が分かった。
 鎌に紅蓮の炎が灯る。それが徐々に鎌の刃を包み込み、赤い刃を作った。

「獄炎乱舞!!」

 鎌をフルスイングし、昴を薙ごうとする。
 しかし、昴は攻撃を読み切っていたか、身を捻って翔の攻撃を回避した。が、全てを燃やし尽くす炎は甘くない。爆風が起き、昴の小さな体は吹っ飛ばされる。
 ゴロゴロと砂浜を転がる昴に近づき、翔は追い打ちを仕掛けた。炎が灯りっぱなしの鎌を振り上げて、そのまま首を掻き切ってやろうとする。
 だが、

「————————」

 息が詰まった。
 暗い瞳に薄い膜——椎名昴は涙を浮かべていた。頬を透明な滴が伝う。
 その涙に反して体は動き、弾かれたように飛び起きると炎が灯っている事もいとわずに、昴はハイキックをかましてきた。ビュォ!! という風を切る音が耳朶を打つ。
 翔はブリッジして攻撃をよけると、バック宙を繰り返して昴から距離を取った。

「————泣いている?」

 確かにそれは涙だった。
 死神は、人間の涙を無視する事はできない。死に際の願いも、涙を流されて祈られてしまえば叶えたくなってしまう(そりゃ限度があるが)。
 だから、たとえ相手がいつも争っている相手であっても、それを見て見ぬふりをする事ができなかった。

「クソッ!」

 舌打ちをして、翔は鎌から炎を消す。
 ここで殺す訳にはいかない。こいつにも何か理由があるのだ。それを探し出せ、探せ。探せ!
 翔の思いを知ってか知らずか、昴は再び身構える。

***** ***** *****

 昴は白鷺市にいた。何故かいた。
 あれ? 今海にいて海坊主と対決するんじゃなかったっけ? というか早く寝たいんだけど俺? とか思っていたけど、まぁいいやと思ってしまう。
 何故なら自分はヒーローだから。ちょっと走ればすぐに白鷺市に帰ってこれるだろと思っていた。
 ふと顔を上げると、数メートル先に己が敵とする死神——東翔を見つける。自分に背中を見せるとはあいつも落ちぶれたものだ、ここからドロップキックでもかましてやれ。

「くーそー死神ィィィイイイイ!!」

 助走をつけてからのダッシュ、それから飛んでドロップキック。
 見事に両足は翔の背中に吸い込まれ、ドカッ! と気持ちいい蹴りが入った。翔は前につんのめってしまう。

「ハッハァ! 俺に背中を見せたのが運のつきだったな、女顔死神。ついに頭がいかれたか?」

「頭がいかれただと? 何を言っているのだ、昴」

 背中を軽く払いながら、翔は笑った。わ ら っ た だ と!?
 こいつは何をしている。自分に向かって笑いかけただと? 何の冗談だ、ドッキリか。近くにカメラでも仕掛けてあるのか。悠太か何かがいるのか。
 ふと辺りを見回しても誰もいない。おかしい。昴と翔がそろっているというのに、何も起こらないなんて。いや、起こしているのは自分なんだけど。

「どうした? 具合が悪いなら家まで送るが」

「は、ハァ?! ちょ、お前どうしたんだよ。何があった何が! お前はそんなキャラじゃないだろ、俺に鎌で斬りかかってくるような奴だっただろ!」

 そんな優しそうな翔は翔じゃない! と大変失礼な事をのたまう昴。
 きょとんとした表情を浮かべ、再び微笑を浮かべた翔は、昴の茶髪をポンポンと撫でつけた。

「熱はなさそうだが、様子を見た方がいいな。家に帰ってろ、今日のバイトはコンビニだったな? 俺がバイト先に連絡しておいてやる」

 優しすぎる何これ気持ち悪い。
 ある意味吐き気と悪寒が襲ってきたその時、背後から聞き覚えのある声がエコーで聞こえた。

 ——テメェ!! こんなところで殺させるんじゃねえぞ!
 ——最後の最後までテメェを殺すのはとっておきたいんだ!
 ——椎名昴、いつものへらへらしたポンコツっぷりはどこへ行った!!

 自分を叱る、あの女顔死神の声。
 あぁ、この声だ。確かにこの声、自分が殺したいほど憎み——そしていつも共にある声。

「悪いな、死神さんよ。俺はお前の事が大っ嫌いなんだわ!」

 とびっきりの笑顔でそう言うと、昴は声の聞こえた方へ駆け出した。