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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.71 )
日時: 2013/08/08 21:43
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)

 ぐらりと、昴の体が傾いた。
 今まで翔と相対していたのだが、まるで糸が切れた人形の如く、昴はふらりとその場に崩れる。反射的に、翔は昴の体を抱きとめた(別館ではありません)
 死んだように眠る昴だが、やがて睫毛を震わせてゆっくりと瞳を開く。夜にも負けぬ漆黒の瞳が翔を映した瞬間、強張った。

「……何してんだ、お前」

「…………」

 無言で翔は昴を砂浜の上に叩き落とす。ドシャッ! と頭を砂の上にしたたかに打ちつけた昴は、勢いよく起き上がり翔を睨みつけた。

「何するんだよ! いきなり落とさなくてもいいだろ馬鹿!」

「あぁ、悪い。落とすぞ」

「今更か!」

 ガッ! と砂を掴んで、翔へと投げつける。1粒1粒が第3宇宙速度を叩きだし、翔へと襲いかかった。熱された砂粒は、翔の白い肌に火傷の跡を作る。
 しかし、翔は死神ゆえに、炎熱の作用ですぐさま回復してしまった。この野郎。
 ひそかに舌打ちをした昴は、砂を払って立ち上がる。
 砂浜は大惨事になっていた。クレーターはできているわ、焦げ跡があるわで。これどうにもならないな、修繕費はばっくれよう。

「……テメェ、さっきの奴は何だ?」

「さっきの?」

 翔が低い声で問いかけてくるのに対し、昴は首を傾げた。
 覚えていない。まったく、これっぽっちも覚えていないのだ。何があったっけ? ていうか、何で翔がこんなところにいるんだっけ?
 というか、翔が若干ぼろぼろなのが気になる。あちこち砂埃だらけで、いつもは艶のある黒髪は艶がなくなっている。しかもほつれていたりする。そして表情はどこか疲れているような気がする。

「……何も覚えていないのか?」

「うん、まったく。何かあったのか?」

 だから、昴は問いかけた。
 だが、翔の答えは返ってこなかった。「……そうか」と告げ、ふらふらと宿舎の方へ戻っていく。まるで幽霊だ。
 そんな翔の背中を見送って、昴はぽつりとつぶやいた。


「……馬鹿。嘘に決まってんだろ」


 本当は、全部分かっていた。
 あの時、自分を叩き起こしたのは間違いなく翔だ。そして自分を攻撃したのも翔だ。そんな事、馬鹿でも分かる。
 あの声が聞こえて、身をゆだねた瞬間——世界中の音が消えた。ただ耳元でささやく声だけしか残らなかった。いつもは雑音ばかりが混ざる世界に響く、たった1つの——導く声。

 殺せ。
 奴を殺せ。
 今こそ、奴を殺すのだ。

 そうしなくては、と思った。本当的にそう思った。
 だから、昴は翔へ攻撃を仕掛けた。そこから意識がぷっつりと切れている。そして見たのは、優しい翔のヴィジョンだ。
 あんな野郎が優しいとか、吐き気ものだと昴はひっそりと思った。

「……ま、でも」

 起こしてくれたのは事実。自分を救う為(?)に戦ってくれたのもまた事実。
 昴も人だ。ヒーローであり、奴は因縁の敵である死神だ。だが、礼儀がない訳ではない。

「————サンキュな、東翔」

 ぼそり、と。
 1人しかいない砂浜で、昴の声だけが響く。