コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.88 )
- 日時: 2014/01/16 22:10
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: RXnnEm2G)
巨大な影——いわゆる巨人は、こちらを赤い瞳で見下ろして一声鳴く。
何だ、何だあの巨人。気持ち悪いことこの上ない。昴と翔はそろって嫌悪感を露わにする。
そういえば、リズの悲鳴が聞こえてきたが——まさかあの巨人に食われてはいないだろうか。
「……助ける云々より、あれに食われていたらやばくね?」
昴が苦笑を浮かべて、ぽつりと漏らす。
リズも死神であるが、食われていたら助けるのが難しくなる。少なくとも昴は殴る蹴る系で攻撃するので、リズもろとも飛んでいくだろう。どこかへ。それでh吐き出せばいいのだが。
かといって、翔も危険なのだ。何故か。その炎は世界を一瞬で焦土と化せるぐらいの力を持つ。下手をすればリズごと蒸し焼きだ。
こんな時に巨人が出てくるとは。空気を読め、巨人。
「……おいコラ、女顔。ぽかんとしている暇があるなら攻撃しろ!!」
昴が巨人を見上げてぽかんとしている翔を叱責して、巨人へ向かって飛びかかった。
ズドンッ!! という轟音が夜空を揺るがし、昴の小柄な体は漆黒の空を舞った。拳を振り上げると、巨人の脳天めがけてそれを叩きつけた。
風が吹き荒れ、巨人の体が後方へ吹っ飛ばされる。赤い瞳が光の軌跡を描いた。
リズは見当たらない。この暗闇からだからか。いや、昴は案外目がいい。しかもあの燃えるような赤い髪は目立つ、見えるかもしれないのだが……。
やはり巨人に食われた線が1番濃いだろうか。まさか死神が簡単に巨人に食われるだろうか。
「……あの、クソ死神はいつまでぽかんとしているつもりだコラァ!!」
身を仰け反らせた巨人が、のっそりと身を起こした。そして裂けた口からフシュゥゥゥゥ……と蒸気を吐き出した。もうこの巨人、気持ち悪い。
昴はそんな巨人を踏み台にして、翔のもとへ弾丸の如く突っ込んだ。
いつもの翔なら避けるが、今は違った。どこかぼう、としているようである。
「おい、テメェ! 何をボーッとしてやがる! リズさん探すんだろうが!」
「あれに食われていたら……」
「あん?」
赤みのかかった茶色い瞳が、少しだけ揺れる。昴を映す時の、自信に満ちた瞳はそこにない。
何なんだ、そんなに婚約者のことが大切だったか。大切かもしれないけれど、こいつはそんな性格じゃないはずだ。
助けたかったら助ける。そこにヒーローである椎名昴が立ちはだかろうとも、燃やしてでも進んでいくはずなのに。
まさか、あの巨人が何かをしているのか。あの赤い瞳が原因か。面倒くさい、この死神本当に面倒くさい。
「……チッ。クソがぁ!!」
昴が盛大に舌打ちをしてから、巨人がいる方向へと駆け出した。
やることはただ1つ。あいつは椎葉すみれに惚れている。だったら何をするべきか。
こんなこと、堂々としていないから昴の正義に反するが仕方がない。状況が状況だ。昴1人だけでも巨人を倒せるかもしれないが、翔を動かせることができれば巨人に致命傷を与えられるだろう。
近くにあった電話ボックスへ駆け込むと、10円を投入してボタンを押す。呼吸を落ち着かせて、高めの声で言葉を紡ぐ。
「あ、もしもし? 瀬戸悠太君、かな? 初めまして、アタシは椎葉すみれ————」
***** ***** *****
忌まわしきヒーローが、舌打ちをしてどこかへ去って行ってしまった。
翔はぼんやりと巨人を見上げて、そのまま動かない。
もしかしたら、リズがあの巨人に飲み込まれているかもしれない。そう考えると、攻撃ができなかった。
——翔の炎は、死神をも傷つける。
どういう訳か昴にだけは効かないのだが、それは置いといて。
死神であるリズを傷つけてしまうかもしれないのだ。それは避けたい。どうしても避けたい。
リズは幼い頃から一緒にいるおかげで、許嫁にされたのだ。こっちは別にどうとも思っていなかったのだが、椎葉すみれに会ってから翔は彼女と結婚するぐらいしか考えていなかった。
リズは大切な奴だ。好きだとか、そういうものではない。両親からの愛を受けて育ってこなかった翔にとって、彼女の愛は心地いいものだ。自分にだけ注がれている愛は、とても嬉しかった。
「……どうすればいい」
どうしようもできない。
その場に膝をつきそうになったところで、悠太が携帯を片手に慌てて翔へと駆け寄ってきた。
「えっと! 翔様! これ! とにかく!!」
悠太は携帯を翔へと押しつけてくる。
のろのろとした動作でスピーカーを耳にあてると、高めの声が翔の鼓膜を刺激した。その声は、聞き覚えのあるものだった。
『もしもし』
もしかしなくても、椎葉すみれだ。
何故彼女の電話番号を知っているのだ、と悠太を睨みつけると、「知りません! 公衆電話からみたいです!」と弁解していた。
『時間がないから簡潔に言うわ。見ていたけれど、アンタには婚約者がいるんでしょ? その子、助けなくていいの?』
「……それは」
『アンタのこと、何度も話は聞くの。気高くて、いつも堂々としていて——まぁ俺様だけど。今のアンタは結構格好悪いんだけど?』
「……」
『婚約者ぐらい救ってよ。死神なんでしょ!!』
シャキッとしろ! と椎葉すみれは電話の向こうで怒鳴りつけると、ガチャンと一方的に切った。
あの椎葉すみれに叱責されるとは。そして婚約者を救うように促されるとは。
あぁ、らしくない。こんなのらしくない。
迷う暇があるのなら鎌を取れ。婚約者ぐらい救えなくてどうする、炎の死神・東翔。
己の頬をぴしゃりと叩いてから、赤い鎌を肩に担いだ。
「————リズ、今助ける」
自分に言い聞かせるように、小さな声でつぶやいた翔。
そんな彼の頭に、衝撃が走った。誰かに殴られたのだ。強くではなく、ポンと促すように。
「————テメェに辛気臭い面は似合わねえよ。バーカ」
珍しく笑みを浮かべた茶髪の少年——椎名昴がそこにいた。
翔も同じく笑みを浮かべると、昴の頬を引っ張った。
「この俺の頭を叩くとは何事だ、この暴力ヒーロー」
「あれ!? 俺が悪いのかよ。上等だコラ! 今までしょぼんぬしてたテメェはどこ行った!!」
「しょぼんぬなんてしてねえ!! 何を言ってやがる馬鹿め!!」
「ムカつく!! 本当にムカつくテメェはよぉぉぉおおお!!」
「うるさいわボケェェェェェェェ!!!」
2人同時に飛ぶと、巨人へ向かってドロップキックを叩き込んだ。
「「お前なんか————大嫌いだぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」