コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.89 )
- 日時: 2014/01/23 22:06
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: fofSlf5T)
山本雫は何かが倒れる音を聞いて目が覚めた。
彼女はあのヒーローと死神が住むアパートからかなり離れたマンションに住んでいる。これでも月から仕送りがあるのである。
スチール製のベッドから転げ落ちて、反射的にアンチマテリアルライフルを構えた。対物ライフル構える美少女ってどうなのだろうか。
「ふわ、一体何? 何ぃ?」
半分寝ぼけているのか、それとも単に驚いただけなのか。口の端から垂れていたよだれを拭って、閉ざされているカーテンを開いた。
普段、雫はカーテンを閉めている。何故かは、彼女は自分の容姿を見られたくないからだ。青い髪に青い瞳なんて、宇宙人だって間違いなく言われる。
まあ、この世界には宇宙人なんて1人いますけど。ジャンさんいますけど。あの人どうなんだろうね。今どこで何をしているのか全くもっての謎だからね。
夜の世界が広がる窓の向こう——それでも白鷺市にところどころ灯ったネオンと街灯によってぼんやりとだが明るい。問題はその向こうにあった。
——でっかい影の巨人が咆哮を上げている。
「……これ夢かな」
ゴシゴシと目をこすって、巨人を確認する。でもそこにいる。あぁ、これは見間違いじゃないか。
ハァ、とため息をつくと、雫はハンガーに引っかけてあった黒いパーカーを紺色のネグリジェの上から羽織り、軍用ブーツをつっかける。面倒なので対物ライフルを持っていく事にしよう。
***** ***** *****
駆ける。
飛ぶ。
殴りつける。
椎名昴の戦い方は、いたってシンプルである。殴る蹴るなどをすればいいのだから。ただし、それでどこかが吹っ飛ぶのだが。
対して東翔の場合は、それなりに気を遣わなければならない戦い方をしているのだった。昴を相手にしているのならばまだしも、ここは白鷺市——人がたくさん住む町だ。
人をそんなホイホイと殺す事ができない死神(徐:椎名昴)なので、燃やさないように力を尽くさなければならないのである。
「オイオイ死神よぉ。なまってんじゃねえの?」
悲鳴を上げている巨人に頭突きを食らわして、昴は嘲った。
目の前をぴょんぴょん飛んで巨人を殴っているこの完全物理系ヒーローに言われたくない。なまっているのではなくて、できないのだ。
チッと舌打ちをしてから、翔は昴を睨みつけた。
「いいから黙って巨人を片づけろ。リズがいるかもしれんだろうが」
「消化されてたらどうする?」
「フン。死神が巨人如きに死ぬか」
そもそも、ゴーレムやその他色々な神様が死ぬシーンは見た事あるぞ、と翔はけろりと言った。あ、そういえば死神だったんだっけ。
その時である。
遠くの方でガァァァン————という銃声が聞こえてきた。
「やっほー、こんばんは。呼ばれてもいないのに山本雫ちゃんのご登場ですー」
白煙が立ち上る対物ライフルを抱えた、黒いパーカーを羽織ったかぐや姫がやってきた。桜色の唇に三日月を描き、にっこりとかぐや姫——雫は笑む。
うわ、面倒なのが出た、と思ったのは2人だけの秘密だ。
「むやみやたら撃つなよ。あの巨人に、この死神の婚約者が食われているかもって話だ」
「もう消化されているんじゃない?」
「同じ事を言わせるな。死神が巨人相手に死ぬ訳がないだろう」
こいつらは思考回路が同じなのか、と翔は大きなため息を、それはもうわざとらしくついてみせた。
雫には意図は通じなかったのか首を傾げていたが、昴には通じたようである。眉を顰め、「何だとコラ」と威嚇してくる。
「でも、その——リズちゃん? 巨人に食われて消化されたら終わりでしょ。炎で燃やしなよ」
「だから、リズごと焼いたらどうするという話だ。察しろ」
「脳みそが足りんものですからー」
問題はそこである。どうしたら消化された(だろう)リズを救出する事ができるのだろうか。
もう物理的に吐き出させよう、そうしよう。腹を殴っていれば、そのうちゲロをぶちまけるだろう。いや、絶対なる。
そう考えると、3人の行動は早かった。昴はいつものように拳、翔は鎌をしまって拳、雫は対物ライフルを近くにいた悠太に預けて拳を握る。3人で拳で攻撃ですか。
地面を蹴って飛び上がる。目指すは巨人の腹部、その中まで届くように拳を叩きつけた。
————ズッッッッドォォォォォオオオオオオオオオオオン!!!!
まるで大砲が放たれたかのような轟音が、夜の白鷺市を揺らした。
3人の拳が巨人の腹を射抜き、中から1人の少女が飛び出してくる。燃えるような赤い髪のツインテールに、本来は開けられているアメジスト色の瞳は閉じられている。夜の蝶を思わせる紫色のドレスは、巨人の胃液でベトベトだった。
翔はその少女——リズを難なく受け止めた。
「……よかったじゃん。消化されてなくて」
雫がぽつりと言う。
翔はそっとリズを抱きしめて、「あぁ……」と答えた。