コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.90 )
- 日時: 2014/02/06 22:35
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: fofSlf5T)
「う、うぅ……」
うめき声を発して、リズ・クライシアは目を覚ました。
目の前に出てきたのは見覚えのある天井——まあ、少しシミがついているが。あぁ、このシミの位置だと確か翔の部屋の——。
「!! 翔様ッ……」
慌てて飛び起きたリズが見たものは——
「————よう」
部屋の隅で片膝立てもう片方の足を投げ出して座っている翔だった。その手には分厚い洋書のようなものがあり、パラリパラリと規則的にページがめくられていった。
あれ、よく考えたら部屋に誰もいない。翔と、そしてリズしかいない。——これはチャンスだ。
リズはアメジスト色の双眸を潤ませたが、すぐにグイッと涙をぬぐう。
泣いている場合ではない、まずは翔に謝らなければ。
いつだって翔は正しいのだ。凛としていて、堂々として、前を向き——そこにリズは惚れたのだ。婚約者としてではなく、1人の女として。決して、翔が地獄の王子であるからとかではない。
「あの、「すまなかった」——え」
リズは耳を疑った。
翔が謝った。傲岸不遜、傍若無人、そして何より俺様な翔が、リズに謝ったのだ。
パタン、と静かな室内に洋書を閉じる音がする。傍らに洋書を置いて、翔はそっと顔を上げた。茶色が混じった赤い瞳が、まっすぐにリズを映し出す。
「女であるテメェに手を上げてしまった。傷ついたことは分かっている。嫌われようと仕方はない。——すまなかった。思う存分、俺を殴れ」
衣擦れの音。それで翔は体をリズの方へ向けた。そして頭を下げる。
こんなことがあり得るだろうか。
あのいつでも俺様態度を変えない翔が、東翔という死神が、頭を下げるなんて。
リズは何が何だか分からないというような表情で、翔を見つめていた。見つめるしかできなかった。だって、本当に目の前にいるのは翔か? 悠太が化けているとか? それとも出雲が?
でも、口調は翔で。頭を下げる前の、あの茶色い瞳は確かに翔のもので。
「……あ、謝らないで……お願い」
「リズ、それだと俺の気が済まん」
「私も悪いんだからッ!! 私も、私も翔様に謝らなきゃいけないのに……殴れる訳ッ……ない、じゃないぃ……!!」
ふぇぇぇ、とアメジスト色の瞳からぽろぽろと大粒の涙をこぼすリズ。
そんなリズを、翔はそっと抱きしめた。肩を揺らし、嗚咽を漏らすリズの背中をさすり、再び謝る。
「すまなかった……リズ」
フルフル、とリズは首を横に振って否定した。こっちも謝らなければいけない身だ、翔にばかり謝らせるのもはばかられる。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになり、なおかつ嗚咽と鼻声でみっともないけれど、精一杯謝罪しよう。
「私も、ごめんなさいぃ……!!!」
わぁぁぁぁ!!! とリズの泣き声は今度こそ部屋の中に響き渡った。
あぁ、きっと苦情がくるな、と思った翔だが、そんなことはいくらでも捻じ曲げればいいので、今は彼女の背中をたださすってやることにした。
***** ***** *****
「あ、リズが泣いた」
出雲が何でもないような口調でぽつりと漏らした。
今はもう深夜。これだと何か苦情がくることは間違いはないだろう。
昴はかすかに聞こえてくる翔の「大丈夫だから、もう泣くな」という不器用な慰めの言葉とリズの泣き声をただ静かに聞き、ため息をついた。
「仕方ねえから、俺が何とかしとく」
「え、でも」
「タダとは言わせないがな」
悠太にビシッと人差し指を突きつけて、昴は言い放った。
「貸し1つだ。いつか返せとあのクソ死神に言っておけ」
じゃーな、俺は寝る、と昴は部屋の中へ戻って行った。
未だに聞こえるリズの声に、やれやれと肩をすくめる。
「————ま、たまにはいいかな」
さて、なんて言い訳しようかな、と昴はこれから起きることに思考を巡らせる。
第5話END