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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.98 )
日時: 2014/03/13 23:16
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)

 なんか肩が重い。
 椎名昴はぐりぐりと肩を回してみるが、肩の重さは変わらない。それに、何故か体調が悪い気がする。
 生まれてこの方16年。風邪など引いたことない昴だが、まさかこれが風邪か!? と思った。初体験の『風邪』に驚きを隠せない。
 だが、新聞配達のバイトを休む訳にはいかない。借り物の自転車に積まれている新聞は、まだまだたくさんある。それに、そこまで体調が悪い訳ではないので仕事を続行することにした。

「何だろうなぁ……昨日何かしたっけ?」

 そういえば不審者らしき男をブッ飛ばしたけど、あれが原因だろうか?
 いや、相手を殴っただけで筋肉痛もしくは風邪のような症状になるのなら、昴はあの天敵である東翔に喧嘩を売った時点で危ういだろう。毎日喧嘩をしているのだから。

「まあいいや。とにかくこの新聞を配っちまえ————うげ、次はテリーさんちかよ……」

 あの紅茶馬鹿、面倒癖えんだよな……とぼやきながら、昴はペダルを踏んだ。
 ちなみに、怪力である昴は走った方が幾分か早いのだが、走ると新聞がまとめてどこかへ吹っ飛ばされてしまうので、新聞屋から自転車を借りているのである。自転車を買う余裕など、椎名家にはない。
 シャカシャカと自転車を漕ぎ、紅藤の住まうマンションを目指す。紅藤の住まうマンションは、昴がバイトをしている新聞屋の新聞を取っている人が多いのだ。

「きょーは、なんそれーめんそーれ♪」

 訳の分からない即興の歌を高らかに歌いながら、目的地であるマンションへとたどり着いた。
 自転車を駐輪場に止めて、新聞の束を抱える。そして階段を軽快に上って行った。

「やあ、昴君。おはよう」

「どうも、テリーさん。ハイ新聞」

「ありがとう」

 ちょうど家から出てきた紅藤へと新聞を手渡しし、さっさと昴は他の階の人へ新聞を配りに行こうとする。
 が、相思う嘔吐した時。紅藤が昴を呼び止めたのだ。「ちょっといいかな」と言って。

「何ですか?」

 なるべく紅藤にかかわりたくない昴は、それはもう気だるげに振り向いたのだった。
 紅藤は不思議そうな表情を浮かべて、首を傾げている。そして何を思ったのか、昴の背後へ向かって拳を突き出した。紅藤の緩やかなパンチは、昴の頬の横をすり抜けて背後を突く。
 ん? と昴は後ろを振り返ってみるが、何もいなかった。

「何かいた?」

「あぁ、何かすごく真っ黒な人間」

「ハァ?」

 いや、この人本当に訳分からん。いつも以上に。
 これ以上付き合っていたら怒られてしまうので、昴は適当に「そうですか」と返事をして新聞を配りに行ってしまった。
 残された紅藤は、朝刊を広げてため息をつく。

「なんてことだ。昴君が変なものに取り憑かれてしまったよ」

***** ***** *****

(……大体何だったんだぁ? 今朝のあのクソ死神と言い、テリーさんと言い……俺の背中に何がいるってんだよ。黒い……人間?)

 いや、何度振り向いても誰もいないし、鏡を見ても何も映らない。
 見間違いで済ませたいのだが、天敵だけではなくて変人さんからも言われるとは、これはいよいよ何かがあるだろう。
 とはいっても、昴の視界には何も映らないのだからどうしようもない。どうしたものか、これは。

「……うーん。見えないし、触れないし、一体背後に誰がいるんだよ」

 そういえば、霊感というものがある人にはあるようだ。そんな話を昴はふと思い出した。
 霊感。いうなれば、幽霊を見ることができる能力。これはヒーローや死神などではなく、一般人も持っている人がいるという能力だ。なるほど、紅藤にはこれが備わっていたのか。
 ————ていうか、幽霊?

「…………いやいやいやいや、まさか」

 昴は幽霊の存在を信じていない。いや、別に怖い訳ではないのだ。ヒーローに怖いものなどありはしないのだ。そうだ、そうなのである。

「————あ、おい。ポンコツh「ぎゃぁぁぁぁクソがぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!」うぉ!? いきなりポリバケツを投げて来るなこの馬鹿野郎が!!」

 反射的に傍にあったゴミいっぱいのポリバケツをひっつかみ、自分に声をかけてきた怨敵にぶん投げた。
 第3宇宙速度を超えてもはや光の速度を叩きだしたポリバケツは、空中に溶けて消えた。ゴミごと消えた。
 声をかけてきた(きやがった)のは、あの宿敵である東翔だった。きょとんとした表情で立つ翔を、昴は恨みがましく睨みつける。

「……何だよ」

 昴は低い声で問いかけた。

「テメェの後ろに何かいるからな。じっとしていろ、テメェごと燃やさない」

「おい!! 後ろには何もいないだろ!! いないよな、俺には見えないからいねえんだよ!!」

 赤い鎌を構えた翔に、昴は全力で否定した。
 しかし、空気の読めない死神は、その否定を否定した。

「何を言っている。のしかかっているだろう、真っ黒に焦げた人間が」

「————」

 ビキリ、と昴は固まった。
 これをチャンスと見たか、翔が鎌を構えたその瞬間。強風が吹いた。
 原因は昴だった。コンクリートの舗装路を踏み抜く勢いで1歩を踏み出し、全速力で駆けだした。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 その日、ヒーローの情けない悲鳴が白鷺市に響いたという。
 取り残された翔は、炎の灯った鎌を構えたままぽかんとしていた。