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Re: お前なんか大嫌い!!-勘違い男たちの恋- ( No.99 )
日時: 2014/03/20 23:12
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: Qvi/1zTB)

 嘘だ。うそだー。うーそーだー。
 そんな言葉ばかりが、椎名昴の頭の中をぐるぐると巡った。もう何度巡ったかもわからないぐらいに巡った。
 一心不乱に走って走って走りまくって、でもヒーローだから疲れとかそんなの感じないしどうしたらいいのか分からなくなって——白鷺市の果てにきた。
 息を切らせて土手を上り、静かに流れる川を見つめる昴。水面がきらきらと輝いていて美しい。少し落ち着いた。

「な、何なんだよあいつ……いつも通り変だぞ」

 舌打ち交じりにつぶやいて、昴はその場に腰かけた。
 緑色の短い草が、手のひらをくすぐる。服が汚れるぐらいどうってことはない。ゴロリと寝転がって、空を見上げた。
 今日は変だ。
 肩が重いし、色んな人には背中を気にされる。背中には何もいないのに、何もいないと信じているのに、それを覆すかのような発言。怨敵・東翔でさえも、愛用の赤い鎌を構えて「真っ黒に焦げた人間がのしかかっている」と言ったのだ。
 信じるものか。誰が信じてなるものか。

「絶対に何もいないんだ……そうだ、絶対そうだ……」

「何が絶対そうだ、なの?」

「あfjわwkんr;おうぃhくぁおんvじゃ;っひうぇhqun/?!!!」

 声なき悲鳴を上げた昴は、反射的に拳を振り抜いた。寸のところで我に返り、声をかけた相手を第3宇宙速度で殴らずに済んだが。
 声をかけたのは、山本雫だった。いつものように黒いパーカーを着て、フードを被ってその美貌を隠している。フードの下にある顔は、本当に美しいものだ。空のように青い髪と海のような藍色の瞳の相性は抜群である。
 雫は目の前に突き出された昴の拳に臆することなく、彼へ質問を投げかけた。

「一体どうしたの? 何があったの?」

「い、いや……」

「それよりさぁ。後ろにのしかかっている真っ黒焦げの人間は一体誰ぇ?」

 うーそーだー(本日2回目)
 ダッと駆け出そうとしたが、それは叶わなかった。パンッと銃声が聞こえ、昴はその場に膝をつく。
 ガンガンと内側から殴られたような頭痛が襲う。昴は頭を抱えてうずくまる。かすむ視界が捉えたものは、銃口から白煙が立ち上るリボルバーを構えた雫だった。
 傍から見てれば銃刀法違反なのだが、雫の能力は人を物理的に傷つけるのではなくて精神的に傷つけるものだ。ロケットスタートをしようとした昴を、雫は見事その背中を撃ち抜いたのである。外傷はないが。

「……ねえ、昴。逃げない?」

「に、にげない……あたま、どうにか……」

「本当に? 約束できる? 嘘ついたら1万回銃弾撃ち込んで、精神科行きどころか廃人にしてあげるからね?」

「わかった……わかったから……」

 雫は再びリボルバーを構える。今度は苦しむ昴の脳天を狙った。
 白魚のような指が、引き金を引く。

「満月の抱擁」

 歌うように言葉を紡ぎ、銃口からは白い弾丸が吐き出された。それは昴の脳天を見事に撃ち抜く。
 その途端、スッと先ほどまでの頭痛が嘘のように消えた。

「何なんだよ、今日は。3回も『真っ黒焦げの人間が〜』なんて言われてんだぞ俺……」

 頭痛がなくなった頭をさすりながら、昴は服の砂を払って立ち上がる。
 雫は「気づいていないの?」と眉を顰め、パーカーのポケットから板のようなものを取り出した。小さな手鏡のようである。それを昴へ押しつけた。

「鏡は真実を映す。多分映ってるよ、見てみな」

 昴は半信半疑で、雫の鏡を覗き込んだ。
 茶色い髪の毛に童顔。頭にはくせ毛を押さえるかのように装着されたヘッドフォン。どこからどう見ても椎名昴だ。
 その後ろに、黒い影のようなものがいた。いや、正確に言うならばそれは——真っ黒に焦げた人間だ。

「————ピッ」

 電子音のような短い悲鳴を上げて、昴は再び石化した。
 一体、これは、何だ。何を映している。そこには誰もいないはずなのに、何故自分には見えるんだ。

「あれぇ?」

 固まった昴の顔を、雫が覗き込んできた。

「もしかしてさぁ————幽霊とか、嫌いなタイプ?」


 それからの意識はない。