コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.6 )
- 日時: 2014/04/05 13:53
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
*何よりもただあなたが大切だと
そう告げることを私は許されない
*ハルナとホムラの婚約が決まってからは、周りの者たちも、その本人たちも、
少しずつ何かが変わっていった。
2人が想いあっているのは誰の目にも明らかだったので、
誰もがこの婚約を喜び、影水月の神社の繁栄と若き二人の幸せを願うのだった。
———ただ一人の者を除いて
カエデは一人でため息をついた。
影水月の社を包む森の少し奥。
あの午後の日々を過ごした思い出深い森の中。
ただぼんやりと目の前にある湖を見つめる。
分家の巫女となって1年以上たった。
カエデの言霊の力はいまや、一族の誰よりも強いものとなっていた。
でも、とカエデは思う。
姉のように、ハルナのようにはなれない。
ハルナを超えることができない。
一度だけ見たハルナの神への奉納の舞。
見た者は、誰もが圧倒される美しさ、華やかさ。
そして、空気が震えるほどの霊力。
そのどれもが、自分にはないものばかりで、絶対にこえることのできないものでもあった。
そして、自分の命、存在はすべてこの人のためにあるものだと、
はっきりとわかってしまった。
膝を抱えて顔をそれにうずめる。
あまりにも遠かった。
幸せな午後の日々が。
ハルナの背中が。
ゴツッ
頭に軽い衝撃が走った。
背後に感じる人の気配。
分家とはいえ、巫女であるカエデを殴るのは失礼である。
カエデはしかめた顔だけそちらに向けると、文句を言おうとした。
「なんですか?
私に用があるならちゃんと——ひいいっ!?」
「ひっでえなあ。
久しぶりに会ったっていうのに、
化け物に会ったような声だして」
そこにはカエデが会いたくて、会ってはいけなくて、会いたくないホムラが立っていた。
「なっ、ななななんでホムラ兄様がこんなところに!?」
「おれがいちゃ悪いかよ。
まあ、修行の休みにそこらへん歩いてたら、
お前が今にも死にそうな顔で湖をにらんでいたからな。
とびこみ自殺をされる前に声をかけといたってわけ」
その言葉にカエデは頬を膨らませた。
「私は、まだ死ぬつもりはないもの!
どうせ死ぬならぽっくり死にたいの!」
「なんだよそりゃ」
からからと笑うホムラを見て、不意に思い出した。
——己の立場をわきまえよ
今のホムラと自分は身分が全然違う。
もう、昔のようには話してはならないのだ。
カエデは、急いで膝をつくと、両手を地面に置き、深く頭を下げた。
「お、おい、カエデ?」
カエデの突然の行動にホムラは焦ったように言ったが、
それにかまわず、つとめて平静な声を出すようにした。
「御君がおられましたことに気づかず、申し訳ございません。
数々のご無礼をお許しください」
ハルナとは全てが違う。
彼女と同じように、ホムラと話してはいけない。
「はあ!?おんきみぃ!?
顔見るの、久しぶりすぎて、おれの名前忘れたのかよ!
おれは、ホムラだって!!」
「存じております」
カエデはきつく目をつむった。
さすがに冗談ではないようだと感じたらしいホムラの声も硬くなった。
「なあ・・・何があったんだよ」
「・・・なにもございません」
「嘘つくなって」
「嘘ではございません」
嘘などついていない。
本当のことだ。
何もなかった。
ただ、自分の立場を教えられただけだ。
「・・・顔、上げろよ」
無理だ。
今、歯を食いしばって耐えているのだ。
そんな顔、彼には見せられない。
見せてはいけない。
「・・・カエデ」
肩を優しく、だがあらがえないほどの力でぐいっと押し上げられた。
至近距離で目が合う。
だが、ホムラは視線をそらさなかった。
痛いくらいに真剣な顔でカエデの視線を受け止めた。
「何があったんだ?」
「ですから、何も——」
「親父さんに何か言われたのか?」
「・・・・・・」
何も言わなかったが、答えが顔に出てしまったらしい。
「なるほどな」
納得がいったように、ホムラは息を小さく吐いた。
「どうりでずいぶん長い間、お前を見かけなかったわけだ」
唇をかみしめる。
ホムラがとても勘と頭のいい男だということを、忘れていた。
何一つ、忘れたくなかったのに。
「・・・お手を、お放し下さい」
放さないで。
「御君は、私ごときがそばにいていいようなお方ではありません」
そばにいて。
矛盾した願いが頭の中をぐるぐる回る。
ホムラが眉をひそめたのをみて、カエデは目を伏せた。
「いやだ」
やけにきっぱりとした返事。
「は?」
思わずカエデは視線をホムラに戻してしまった。
今のは聞き間違いだったのだろうか。
見ればホムラは口をきれいなへの字に曲げていた。
「ぜってえ、やだ。
お前がその口調やめるまで放さねえ」
口がぽかんと開いた。
なにを変なことで意地になっているのだこの人は。
一瞬呆然としたカエデだがすぐに顔を引き締めた。
「そういうわけには——」
「そういうわけにはいくっての。
・・・お前だってこんなのいやだろ?」
「いにしえより伝わる慣習です。
私の意志など関係ありません」
「関係あるんだよ!!」
初めてホムラがどなり、カエデはびくりと震えた。
それに気づいてホムラも声の調子を少し穏やかにした。
「なあ。一番大事なのはお前の心だろ」
違う。
違う違う違う。
大事なのは、ほかの何よりも大事なのは自分の心なんかじゃなくて——
「慣習だとかそんなもの・・・関係ねえ」
肩をつかむ手の力が強くなった。
「それでもやめねえっていうなら、お前の親父さんと、
そのいにしえより伝わる慣習とやらについて話し合ってやるよ。
そんなのはおかしいってな」
「そんなのだめ!!」
カエデは首を強く横に振った。
ホムラはこんなことで今の立場を悪くしてはいけない。
日の当たる明るいところで笑ってくれていたらそれでいいのだ。
たとえその隣にいるのがカエデではないとしても、影なんて見なくていい。
「お願い。
お願いだからホムラ兄様・・・」
彼はしばらくカエデの顔を見るとふっと表情をゆるめた。
「わかったよ。
・・・でもな」
ホムラの目が柔らかく細められた。
「ここでは敬語なんてなしな?
ここにはおれとお前ぐらいしか来れねえ。
誰もいねえし、いいだろ?」
唇が震える。
かすかな息が出ただけで声は出なかった。
どうしてこの人は自分が超えられそうにない壁を、あっさりと破壊してしまうのだろうか。
考えるとだんだん腹が立ってきた。
「・・・うつけ」
ぽかりとホムラの胸をこぶしで殴る。
「ホムラ兄様はおおうつけだわ」
頭のすぐ上でホムラが笑う気配がする。
「人間、うつけ者のほうがいい時もあるんだぜ?」
ホムラの大きな手が頭をなでる感触が心地いい。
「泣くなよカエデ」
「なっ、泣いてなんかいないもの!」
「ったく、相変わらず意地っ張りだよなあ・・・」
温かな手が、よしよしというように背中をなでる。
「ここにいる時は、おれはホムラ。
お前はカエデ。
それ以上でもそれ以下でもなんでもねえ」
この優しい手はカエデのものじゃない。
ハルナのものだ。
今は借りているだけ。
「約束、な?」
それでもこの人の優しさに甘えてしまう。
この手にもっと触れてほしいと思ってしまう。
この人のそばにずっと、ずっといたくなってしまう。
止めようにも心は傾きすぎていた。
「・・・神は」
ぽつりと言葉がこぼれた。
「神は私を許さない。
・・・きっと」
はるかな時の流れにさからった自分を。
「許すもなにもねえだろ。
おれらは幼なじみなんだ。
普通に話して何が悪い?」
「そうかな・・・」
あなたがそう言うのなら、きっとそうだわ。
ホムラ兄様。